追憶(中編)
黒い肌は神の庇護を得られなかった人間の印、そう熱心に教えられてきた。瘴気に侵された世界のなかで、唯一ヒトが生息できる壁の中から弾かれた人間なのだと。
ヴァンは、自分に問いただす。自分は神の御心に反することはしただろうか。区のために誠心誠意仕え、功績も立てた自分は、道義的に悪人であっただろうか? もしそれが悪事だったとして、全て命じられてしたことだ。メゾン区のためを思ってしたことだ。ならば、道義に反しているのは自分が仕えてきた区そのものということになってしまう。ヴァンはそのおぞましい考えを必死に脳から振り払おうとした。しかし、それは無理なことだった。
何重にも設けられたガラス窓の向こうに、ぼやけてはいるが確かに区章が見える。白衣を着て談笑する人々が見える。
嵌められた、そうも思いたかった。敵対する勢力に消されようとしているのだと。しかし、ヴァンは政治には疎い。システム開発だけに生涯を捧げてきた生粋の科学者であった。それに、彼は主直々に称号を下賜されている。区の功労者を監禁し実験台にするなど、主への反逆も甚だしい。
ヴァンはついに、自分の身の周りで起こっていることの本質に辿りついてしまう。
自分は、区に嵌められたのだ――。そのことに気づいて、ヴァンの心は薄暗い靄に覆われた。
黒く染まった肌を、ヴァンはまじまじと見つめる。そして、かつて父親が言い残したことを思いだす。お前が危機に陥ったならば、家の地下を調べろと、ヴァンの父は言い残した次の日に憲兵に捕らえられた。
なんとかしてここを脱出しないといけない! その想いが、神に通じたのだろうか?
ガラス窓の向こうで、研究員がなにやら慌てている。武装した人間がちらほらと視界を行き来する。何が起こっているのはわからぬままに、ヴァンを閉じ込めていたカプセルの密閉扉が金属の擦りあわされる不快な音とともに開かれた。
「ヴァン・クッシュだな。お父君のオスカー・クッシュから君のことを頼まれている。ついてきてもらうぞ」
有無を言わせぬ口調で、ヴァンを拘束する縄を解くのは指揮官らしき人物。部下には扉から外を、銃の待機をした上で見張らせた上で、ヴァンを解放した。
「研究員には薬を飲ませておいた。お前の研究は失敗し、お前は投棄されたと記憶を改ざんしてある」
「投棄……? 私が?」
「お父君から聞いていないのか。黒肌の民とは投棄されたメストスの子どもだ。見てみろ、お前の肌は白く戻っているだろう。我々が来るのが遅かったら、お前の肌の色は戻らなかっただろうよ」
ハッと気づきヴァンは自分の手を見つめた。黒かった肌は徐々に本来の色を取り戻していた。
「まさか……?」
「お前は瘴気から人類を守るための治療薬の開発に使われた。お前は瘴気をわざと吸わされていたんだ。――長くはここにいられない」
ヴァンはすべて理解した。瘴気はいまも人類の最後の生息域を侵しつつある。なのにわずかながら残された土地で人類は争いを続けている。〝特権階級〟であるはずのメストス階級のなかでも一部の人種だけが、下々の者を騙して、利用して、生き残ろうとしている。もしかしたらこの戦争すら茶番なのかもしれない。
「私のすべきことはなんですか」
自然に、指揮官らしき人物に語りかける自分がいた。





