追憶(前編)
隊長のメシアが正体不明の靄に飲まれたのは確か太陽が天頂にあったころだったろうか、そんなことをメゾンは思う。
二回も作戦を中断するわけにはいかず、メゾンは一瞬の迷いの末にメシア抜きでの作戦続行を決断した。
「いいか? 婦女子だろうと容赦はするな! 建物という建物を破壊し尽くしてしまえ!」
少女が足の悪い母親を庇い良心が咎めたのだろう、タタは標的となる家屋を爆撃し損ね、急旋回して家屋を避けた。そしてその勢いで飛行が不安定に。そんなタタにメゾンは発破をかける。すなわち、攻撃に躊躇するな、と。
今、二機は薄暮に飲まれつつあるメゾン区の南東の区都を無差別爆撃していた。赤々とした夕日が血の色をわからなくする。
作戦の目的地であるメゾン区本部は、この区都にある可能性がかなり高い。可能性で論じなければならないのはレジスタンス側としては不本意だったが、メゾン区第一空軍の戦闘機に発している電波を高精度で追跡できたとメゾンは聞いていた。
ハッカー部隊によりほぼ場所が同定されたはずの本部が、破壊されたという確信を、メゾンは持てずにいる。なぜなら、本部機能不全の信号が、どの方位からも検出されないからだ。
「1763Hzの指向性の高い波動はまだ出ないか」
苛立ちが募る。メゾンにとっての、メゾン区を滅ぼさなければならない理由は、“彼自身の贖罪”にあった。
“ム”という名を、自分が開発したシステムに、主人直々に与えられた、その身の裡より泡の粒のような感動に包まれた、その同じ日。名誉騎士の地位を約束された彼は、帰宅途上、ならず者の三人組に囲まれてしまう。
我が家が道路の向こう側に見えるT字路の、大通りに出る一歩手前の、照明がギリギリ歩行者を照らさない薄暗い闇のなかで、前後に敵意を感じ、立ち止まる。――それが、いけなかった。
背後の影が二つに割れ、気配の濃い方に気をとられた彼は口元に布を当てられ、毒薬を嗅がされた。
彼とて騎士に名を列ねてはいるが、彼の戦場は科学であって、武技の修練は積んでいない。彼は持っていた剣に手をかけることもできなかったのである。
目を覚ましてみれば、そこは見知らぬ部屋の中。無機質に露出する壁に四方を囲まれ、その中心に設えられた椅子に後ろ手に縛られていた。
猿ぐつわは、なかった。だからといって助けなど呼べはしない。その部屋は、毒ガスが漏れないよう幾重にも密閉された一番内側の空間だったのである。
「うっ……――ッ?!」
息が詰まる。投薬後の実験動物の反応を見るかのように設置されたカメラには、赤地に三匹の鷹の区章。
仕えていたメゾン区に、裏切られた瞬間。そして、彼は自分の肌が黒くなっていくのを、見開かれた目でまざまざと見届けた。