機械に対する殺意
メゾン区長専用の執務室で、夜半、衝撃音が響いた。
瘴気に支配された世界で、ほんのわずか残されたメストス地域、そこに住む人々にとって、政治とは領土拡大戦争そのもの。
多くの土地を奪いとった区は稲の収穫が盛んになり人口も増え、結果的に福祉もよくなり豊かになる。メゾン区をはじめとする区の権力者は、いかにして戦争に勝つか、で支持を得ているといって過言ではない。
その執務室で、人工知能“ゴウ”は強制的にアンインストールされ、新しい人工知能が生まれた。しかし、これは名実ともに欠陥品であった。老いた区長はそれに憤り、人工知能が入っている機械もろとも破壊してしまったというわけである。
「誰も彼も……信用ならぬ…………ッ」
この世のものとは思えぬほどの血走った瞳は、もはや目の前の光景を見てはいない。彼は昔の、手痛い裏切りを思い出しているかもしれなかった。彼が側近から人間を排し、機械を右腕として戦争を始めたきっかけでもあった。
十年前。ちょうどメゾン区第二空軍が結成された頃、区長は連立していた党の代表を暗殺し、独裁体制を敷いた。身近に信用できる側近ばかりを置き、巨大な権力を手にした。
甘言ばかり囁き、独占的な富の分配を約束して仲間に引き入れた側近の、よりにもよって最も忠実で頭のよい人物が、自分を裏切り続けていたことに、彼は気づけなかった。
『閣下』
その者の肌の色は白い。よって支配階級の出身である。だが、彼は被差別民である黒肌の民に同情的であった。その優しさに、区長は漬け込んだ。
『システムの開発が終わりました。――これでもう“黒肌”を狩らなくて済むのですね』
『その通りだ。戦死した黒肌の肉体と機体を再利用することで、新しく戦闘員は必要なくなるからな。よくやった、ヴァン』
区長は部下を労った。しめしめと思う内心など、暗殺まで手掛けた彼には隠すことは容易だった。
『閣下に、システムの名前を付けていただきたく思います』
膝をついたままの部下を見る。区長は皮肉を思い付いた。
『“ム”とはどうだろう。古代の言葉で“始まり”という意味だ。我々の門出にぴったりではないか?』
大嘘である。“ム”とは無であり、何もないことしか意味しない。部下の努力が全くの無駄であることを、区長にしかわからぬ言い換えで暗に揶揄したのだ。
『流石は区長! 良き名をありがとうございます』
喜ぶ部下は、この二日後より行方不明となった。スラムに行くための防護服一着が、同時期に紛失されていた。
(ヴァンってもしかして
もしかしてあの人では……………………??)