出立
「とりあえず、俺たちレジスタンスの特攻部隊はメゾン区領空を侵犯に一手に注目を引き付ける。なに、制空権なぞハナから目的じゃない。俺たちの目的はメゾン区の中枢を叩くこと。……そうだよな、メゾン」
攻撃対象の区と同じ名を名乗るメゾンが大きくうなずいたのを見て、タエことメシアは空に大きく手を突き出した。それをもう一人のメシアもしかと見つめる。
「あなたはファスト亜区の持つ古代兵器で、地上戦を展開してくれ。勝ちすぎても負けすぎてもいけねぇ。手強い相手だと思わせた上で、できるだけ長い間敵を引き付けてくれ」
「承知した――止めは誰が刺すんです?」
その問いにタエは意味深な笑みをこぼし、同じ名の者の耳元で何やら口ずさむ。耳を貸したメシアは驚いたようにタエを見つめ、しかし、やがて納得したようにまぶたを閉じた。
これから死地に向かうための作成会議にしては豪勢な食べ物を前に、彼らは作戦の情報を共有する。豪勢な食べ物には、誰一人として箸をつけない。武運を祈る縁起のいい食べ物が並んだが、とても腹を満たす気分ではなかったのである。
トラブルにより降り立った地で、ほんの少しでも物見遊山の気分を味わっていたことを、身体の奥に封じ込めていく。戦いの空気が身にまとわりつき、彼らの目は戦士の目に変わっていた。
「腕がなまっていないことを祈ろうじゃないか」
「なに、死ぬ日がちょっと遅れただけだ。やるべきことは変わらん」
「健闘を、祈ります。我々も頑張りますので……!」
各々が決死の言葉を発するなか、メシアは自分の心の変わりように戸惑っていた。
一匹狼として生きることを強いられ、やがてそのことに疑問一つ感じなくなってしまった自分が、あろうことか黒肌の民を救うために動いているなんて、酷く滑稽ではなかろうか。
でも、迷いは―全てとは言えないが―吹っ切れた。俺を拾ったあの人との約束と、この抵抗運動が結び付いた今、俺はこの決戦に命を捧げる。
「……どうした、タエ」
「いいや、俺はもうタエじゃない。俺は、メシア……救世主だッ……!」
口減らしで捨てられ、やがて戦闘蟻として拾われる。そんな無慈悲なメストス階級の傲慢を、裁ける立場になったのだから。
それにどうせ、俺はこの戦争で死ぬ。
タエは自虐に似た薄い笑いを頬に浮かべる。士気高まる友軍たちはそれを不可解に感じているようだった。
「タエ、今さらビビったのか?」
「どうした」
士気が少しだけ萎みかけたのを感じて、タエはただちに顔を作った。それは指揮官の顔、部下に不安を与えない、冷酷ではあるが情のあるそれ。
「いいや、なんでもない。我らレジスタンスに、革命の神の庇護あらんことを」
そう言ってタエは酒を高く持ち上げ、一気に飲み干した。タエの言葉は静かながら、戦場に向かう男たちの血を湧かせるには十分だった。
「応」
「癪だけど、僕はお前を信じる」
「皆に武運あらんことを」
三機は戦闘機にトランスフォームし、国境の広い荒野を滑走する。機械仕掛けの人形にすぎない国境警備のゴーレムたちも、心なしかタエたちの戦闘機に期待を込めているようだった。