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08.この財布を落としたのは貴方ですね

 窓の向こうがすっかり暗くなった頃、私はベッドに寝転がってクローゼットから取り出した聖書を読んでいた。聖書というからには「天地創造」とか「人類の誕生」とかが書かれているのかと思っていたが、全然違った。

 最初に載っていた話は、最高神であり天空を司る男神・ディアスティマが仕事もせず、好奇心に任せて人間界を徘徊している内容だった。最終的に嫁に怒られて終わる。

 次に載っていた話は、万物の男神・スィンヴァンが人間の女に一目惚れしてから失恋するまでの話。

 次は戦闘の男神・シュラハトが最強の武器を求めて冒険に出る話。

 次は雲の女神・ニュアージュが食べようとしていた木の実を人間に盗られてキレる話。

 次は海の男神・ラメールがお気に入りの入り江で人間が遊んでいてキレる話。

 次は月の女神・カマルが美の女神・シェーネフラウに喧嘩を売った話。

 次は……。

 なんだこれ。聖書っていうからもっと神聖で壮大な物語を想像してたのに、なんだこれ。これ神の名を借りた創作物じゃない?

 聖書ってもっとこう……アダムとイヴ的なやつじゃないの?

 レイジたち、こんなん読んで「神の物を勝手に持ち出すと罰が下る」とか言ってんの?

 意味が分からないし、この神たちと私を一緒にしないで欲しい。

 ――というか、泉の女神は出てくるのか?

 急いで読み進めると、泉に現れる「ライゼンデ」という神が登場した。

 しかし。

 

「男神やないかーい」

 

 しかもライゼンデは、かなりの知恵者であると表現されている。そして自分の仕事を真面目に行い、泉の管理をしている。

 聖書内では、仕事を放棄するとディアスティマに役職――私だったら泉の女神の『泉』の部分――を剥奪されるとあるが、ライゼンデはとてもそうは見えない。別の神に引き継ぐ必要があるような性格には書かれていない。

 聞いた話では「前任の女神が職務を放棄した」だった。けれど聖書に書かれている泉の神は男で、頭が良く真面目な性格。

 情報が一致していない。つまりこの聖書は、人が作った物語に過ぎない。

 

 私が大きな溜息を吐いたと同時に、隣の部屋からジャリッと音がした。リビングに出ると、窓には暗闇の中、泉の前で佇むレイジがいる。

 泉は波紋を広げており、何かを泉に落としたんだと分かる。

 

「女神様」

 

 底部屋に行く前に、彼がハッキリとした口調で話し出す。

 

「それは今の俺の全財産です。どうか俺の願いを叶えてください」

 

 いつの間にここは願いを叶える泉になったんだろう。泉の中心にはスターロッドとか置いてないよ。

 

「モーアという凶悪な女を探しています。俺以外の村人を全員殺し、村を破滅させました。俺がその女を倒したいと考えています。俺にモーアのことを教えてください、お願いします」

 

 ……なるほど。

 底部屋の真ん中に落ちていた小さな布袋を拾い上げる。硬貨が入っている重みのあるそれを持って玄関へ行き、可視化する。

 泉から出るとレイジは驚いた様子でこちらを凝視してくる。本当に女神がいるとは思っていなかったんだろう。けれど、いるのか分からない存在にお金をかけるほどには、そのモーアという女性を探しているんだと思う。藁にも縋る思いとはこのことだろうか。

 

「この財布を落としたのは貴方ですね」

 

 レイジは戸惑いつつもしっかりと頷く。ただ申し訳ないことに、私は財布を彼に返す。

 

「それはお返しします。私は貴方の求めるものを持っていません」

「そう……ですか。ありがとうございます」

 

 復讐が良いことかどうかは分からない。けれど私には止めるつもりはない。泉に被害がなければいいというのが半分本音で、残りは何も知らない私が止めることではないと思っているから。

 けれど肩を落として寝床に戻っていくレイジには少しだけ罪悪感。もし分かったことがあったら、夢にアクセスするからねごめんね。

 それにしても、勇者属性が過ぎるよレイジさん。

 

 

 

 

 

 目を離していた隙にカルム湧水洞が散らかっている。

 焚き火の跡、何かを入れていた麻の袋や籠、折れた剣、鎧の破片、溶けて骨が見える腕や足、たまに頭。……体の一部はゴミじゃないけど、溶けてるからね。怖いんだよ。

 カルム湧水洞に来る冒険者は多くはないけど、たまーに来た時に洞窟内に色んなものが散らばる。見た目も臭いも良くないので、出来たら片付けてほしい。まあ殺した本人……本龍が片付けるのもおかしいけどさ。食べるなら全部食べてよ。服も鎧も体も。あと自分の毒で溶けた体残すのやめろ。

 最初の時を含めて、今回で3回目の掃除……をするのはめんどくさかったので、ここはもう女神権限を使わせてもらおう。

 

「そういうわけでシャナ。今後、洞窟内の掃除をお願いします」

「な、なんでアタシが!」

「貴方には一つ貸しがありましたよね?」

 

 水の妖精・シャナはすごく嫌そうだ。いつもはふわふわと彼女の周囲を漂っている水球が、今はぐるんぐるん回っている。

 どんなにシャナが嫌な顔をしても、私は掃除させるつもり満々だ。少なくとも、人間の死体に関しては。

 貴方にとって大切なアルトゥリアス様の命を救ったのは私ですよ、と含ませて笑って見せるとシャナはそれを感じ取ったようで、眉間に皺を刻んだ。

 

『待て女神。元はと言えば、人間がここに来るのが原因だ。何故こちらが処分しなくてはならない?』

「人間だろうが妖精だろうがドラゴンだろうが、綺麗にしてくれるのなら誰でも構いません。むしろこの洞窟を汚すようなら、誰であろうと容赦しませんよ?」

 

 私の攻撃手段は「神罰」しかないけど、脅してみることにした。私、神だし。

 それで出て行かせることが出来るのかは分からないけど、ダメージを与えることはできる。

 汚れは塵も積もれば山となる、だ。普段からこまめに掃除しなければいけない。だらけて放置したら最後。手を付けたくないほどに成長してしまう。

 アルトゥリアスからピリッとした空気が流れてくる。ドラゴンは怖いけど、可視化してない私の前ではどんな攻撃も無意味! だと信じている。

 それに多分、アルトゥリアスにとってもシャナは大切な存在だ。慕ってくれているのが嬉しいのか、はたまた別の感情か知らないが、シャナが纏わりついてもアルトゥリアスはいつものこと、とばかりに何も言わないし、なんなら話し相手にしている。

 シャナのお願いでアルトゥリアスを助けたけど、実際に助かったのはアルトゥリアスだ。私はどっちが返してくれても構わない。そう考えてにっこり笑う私を見たアルトゥリアスは、大きな舌打ちを響かせて、折れた。これからは散らかしたものは2人で片付けてね。



 

 一仕事終えて部屋に戻る。窓を見るとオアシスに2人、人が立っている。エレフかと思ったが、違う。服装は似ているけれど、エレフより肩幅や腕などのパーツが大きく、がっしりしている。もう一人はあまり身長は高くなく、小柄だ。少し違う服を着ている。

 もっとよく見ようと外に出て様子を確認すると、体格のいい方は、エレフに似た顔つきだった。エレフをもっと渋くしたみたいな。髪色は金で、瞳は紫。色まで似ていることを考えると、血縁者か。もう片方は、くびれのないストンとした膝丈ワンピースの下に白いズボンをはいている。

 

「私の名前はイディオ・フィイア。エーデルシュタイン王国の宰相を務めております」

 

 突然名乗りだしたぞ。

 

「こちらは、ベンディシオン・アクル・デゼルト=エーデルシュタイン王」

 

 なるほど国王様だ。……確かエレフの名前にも『デゼルト=エーデルシュタイン』が付いていたはず。エレフによく似た中年男性が王様。なるほど。血縁者疑惑ある色彩。なるほど。

 

「全然反応がないな。本当にここなのか?」

「はい。最近認知されたオアシスは、ここだけでございます」

「しかしエレフの言う女神の姿はないようだな」

「……そのようでございます」

「……本当にここで合っているのだな?」

「はい」

「本当に?」

「間違いございません」

「そうか……」

 

 なんとなくかわいげのある会話を聞いていると、途方に暮れた表情をした2人は、待機させていた屋根付きのラクダ車に乗って去っていった。

 私を探してたんだ。目の前で会話してたから、探されていると思ってなかった。可視化してなかった。無駄足ごめんよ。

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