07.泉の水を飲んで
火だるまの鹿がいる。
次は何をしようかなぁ、とぼんやりソファに座っていたところ、窓に光が映った。
今は夜で、森も砂漠も真っ暗だった。あるのは泉に反射した三日月か、木々の隙間から覗く星だけ。だった空間に、突如強い光が現れる。
何かと思えば、火だるまの鹿。角から足まで全部燃えている。文字通り火だるま状態だ。
でも何故かその鹿の下の草は燃えていない。鹿自身も、自分が燃えていることに問題なさそうな素振りで、泉の近くに寝そべっている。ということは、あれはああいう生き物なんだろう。
ユニコーンやドラゴンがいるくらいなんだから、燃えている鹿がいてもおかしくはないのかな?
いわゆる「モンスター」の存在がいることは知っているけれど、当然どんな生き物のことを「モンスター」としているのか分からない。そもそも私が知っているような牛鳥豚といった動物はいるんだろうか。
この世界のことを勉強し始めたとは言え、まだまだ知らないことが多い。というか、何を知らないのかが分からないから、あんまり進んでいない。
そういえば、今の段階ではこの世界に「魔法」は登場していない。
エレフがオアシスを占拠しようとした男を撃退したのは短剣。
アルトゥリアスというドラゴンも、致命傷になった喉の傷は、ドラゴンキラーによるものだった。ドラゴンキラーがどういう風に作られているかは知らないけど。焦げていた翼は、近くに松明が落ちていたので、それによる火傷の可能性が高い。アルトゥリアス自身は毒での攻撃をしたみたいだけど、ドラゴンだし特有のブレスかもしれない。
ただ、妖精たちはよく分からない。フェアリーサークルや水球を浮かべるのは魔法なのか、ドラゴンのブレスのように固有の技なのか。
それから本を読んで分かったことだけど、この世界には精霊もいるらしい。今のところ確認されているのは風の精霊だとか。
鳥よけの人形……多分かかしのような物が突然喋り、自分が風の精霊・ウェントスだと名乗ったと書かれていた。人形は「もうすぐこの地に大きな嵐が来る」と伝えて二度と喋らなくなったらしいが、本当にその後に大規模な嵐が来たのでそれは本物の精霊だと認知された。
このことから「精霊は実態がない」「風の精霊は人間に友好的」と言った考察が行われたが、真偽は定かではないという結論に至った様子。
私は、人間には姿が見えないのかもしれないと予想する。言葉も物に宿らないと伝えられない、的な。私の可視化に近い。可視化しないと見えないし話せない。
妖精との違いは、姿が見えるかどうかだと思われる。妖精の存在も姿形も本には詳しく書かれていた。小人で、昆虫の羽が生えているのは風、水を纏っているのは水、手足が燃えているのは火、といった感じらしい。私の森の泉にフェアリーサークルを残してくれたのは、風の妖精と言うわけだ。風属性は本当に他種族に友好なのかも。
色々考えていると、燃えている鹿が執拗に後ろ足の付け根を舐めていることに気付く。
毛づくろい? 火づくろい? と首を傾げつつよくよく見ると、鹿の足からは血が出ていた。赤かったから分からなかったが、結構な怪我をしている。
と言うことは、泉の出番だ。そして私の新しい能力お披露目タイムだ。
『泉の水を飲んで』
鹿に向かって強くそう念じると、鹿はハッとしたように立ち上がる。怪我のせいでよたついてしまったが、無事聞こえたようだ。けれど、泉を見つめるだけで動く様子はない。もう一度同じように念じると、恐る恐る泉へと首を伸ばす。
そう、私が得た能力それすなわち念話である。以前ユニコーンやドラゴンが私に対してしてきた会話能力。可視化していなくても、外に出ていなくても使える便利能力! いちいち可視化して動くのが面倒な時に使えそう。
鹿がゆっくりとした動きで水を舐めると、血の付いているあたりに、柔らかな光が纏わりつき始めた。それは数秒瞬くと、溶けるように消えていく。最後の光が消えた時には、そこに傷はなかった。前回も思ったけど、この水の回復効果、結構高いよね。
鹿も、不思議そうに怪我のしていた箇所に鼻先を近づけている。分かる。
鹿は朝まで泉の近くで休むと、どこかへ行ってしまった。
夜だと目立つけど、太陽が昇れば日光によって多少眩しいくらいに収まっている……のかなぁ。まあまあ目立つ気がするけど、まあいいか。
それから少し経った日の夕方に、また森の泉にお客さんが来ていた。男1人、女3人の冒険者のようだ。おいおいハーレムパーティーか。
男性はいわゆる剣士と言った装備だ。全身が鎧に覆われているわけではないけれど、首からお腹を守る鎧は、決して軽くはなさそう。
1人目の女性は……と言うよりも少女かな。少女はかなり軽装備。なんなら生足。腰には二本の短剣が付けられている。エレフの短剣とは違い、刃は真っ直ぐのようだ。例えるなら盗賊系かな。
2人目の女性は、女戦士と言う感じ。全体的に重そうな鎧を着けているけれど、お腹や足など、何故か露出が激しい。防御力が高いのか低いのか分からない。
3人目の女性は、大きな弓を持ち、背には矢筒を背負っている。狩人的なやつだきっと。女性でも装備できそうな軽めの鎧を身に着けている。
……ゲームによくある魔法使いとか僧侶がいない。脳筋パーティーなのか、魔法の存在がないのか。
「泉があるなんてついてるわ。今日はこの辺りで休めるわね」
「せっかく近くに村があったのにぃ」
「仕方がありませんよ、ラトロ。宿屋のない村でしたから」
女性陣が話している間、男性はジッと泉を見つめている。何か気になる事でもあるんだろうか。
「どしたのレイジ?」
盗賊系女子が先ほどより高い声で、レイジと呼んだ男性の腕にしがみ付いた。それを見た戦士系女子は、盗賊系女子に鋭い視線を送る。狩人系女子も、目の笑っていない表情で彼を見ている。
えっもしかして皆レイジが好きなの? まさか本当にハーレムパーティーだったの?
「なんかこの泉、不思議な感じがするな」
レイジは泉を見ていて、3人の間に飛び散る火花に気付かない。鈍感系主人公かぁ~そっちかぁ~なるほど~。
「そう? あたしには普通の泉に見えるけどなぁ」
2人を牽制しつつも盗賊が答える。しかしレイジには届いてないようで、レイジはおもむろにしゃがむと、水を手ですくって飲んだ。するとレイジの体中に柔らかな光が瞬く。服を着ているから分かりにくいが、多分傷が治ったみたい。瓶で持ち運ぶ事は出来ないけど、手ですくって飲めば効果あるんだね。直飲みじゃないといけないのかと思っていた。知れて良かった、ナイスレイジ!
その間レイジは籠手を外し、腕の様子を確かめている。
「治った……!」
綺麗な彼の腕を見た女性陣は、「私も!」とこぞって水を飲む。急がなくてもなくなりませんよ。
「すごーいっ! ホントに傷が治ってる!」
「この水持って行くわ! 今後の為に!!」
興奮した女戦士が瓶で水を汲み上げる。でも残念。それはただの水になってしまうのよごめんね。そんなキラキラした目で見てもそれは水なのよ。土壇場で気付く、なんて事態にならないことを祈ってる。
「もしかして、この泉がさっきの村で聞いた泉か?」
「おそらくそうでしょう」
レイジと狩人は冷静に話している。もっと感動してもいいのに。
「2人とも、その水を持っていくのはやめたほうがいいかもしれません」
「ええ~なんでよぉ」
「多分、この泉が村で噂されていた女神様のいる泉です。だから怪我が治ったのでしょう」
違うんだそれ風の妖精のおかげなんだ私じゃないんだ。
「神の物を勝手に持ち出すと罰が下る、聖書によくある話です」
「それはそうだけどぉ……」
「俺も無防備に飲んじまったが、聖書の中には木に生った果実を食べようとした人間が神に命を取られた話もある。むしろここの女神様は寛大な方かもな」
えっそんな神もいるの?! っていうか聖書? それを読めば神のこと分かるのかもしれない。後で読もう。
彼らはそのままそこで一晩を過ごすことにしたようだ。傷を癒せる泉の近くにいれば、戦闘後も安心だよね。更にセーブポイントもあったらレベリングに最適な環境だわ。敵の強さによるけど。