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06.趣味悪っ

 最近は、この世界のことを知るために本を読んで勉強している。そう、現代社会の勉強だ。正直めんどくさいけれど、色々なことが分かった。

 まず、デジエルト・エロエ。英雄の砂漠、みたいな意味だ。それからエレフの住んでいるであろう国、エーデルシュタイン王国は砂漠の宝石と呼ばれるほど綺麗な国だとか。砂漠の宝石って言うと、「砂漠の薔薇」のイメージしかない。

 エーデルシュタイン国内には結構な貧富の差があるようで、富裕層は毎日お風呂に浸かるなど水を贅沢に使っていて、貧困層は飲み水も節約している、と書かれていた。これがエレフを悩ませる現状問題なのかな。

 ちなみに、最初に配属された森に正式名称はなかった。あの森も泉も砂漠のオアシスも、いつか名前がつくといいなあ。誰かに名前をつけてもらうと、箔がついた気になるよね。


 そんな中、新たに増えた担当場所がある。読書中に置かれたのか何なのか、気が付かなかった。何でレベルがあがったの? 勉強?

 とにかく、新しい場所は「カルム湧水洞」と言う洞窟らしい。らしいと言うのは、私の行ける場所が、水が通っている場所だけなのだ。だから基本的に洞窟内は移動できるが、出入り口付近には水がないようで行けなかった。洞窟内には坂が多いので、水が通る場所が決まっているんだろう。でも、結構な範囲をうろうろできるので、この洞窟は広いに違いない。湧き水が通っていない場所がどれだけあるのか知らないけど。


「わっ、でかい蟹」


 目の前を、マンホールの蓋くらいのサイズの蟹が横切る。この洞窟内には生き物が棲んでいるようだった。

 先ほどの大きな蟹は薄い赤色や色違いの黄緑色の蟹がいたり、棘が生えつつ全身が真っ白で目のない山椒魚っぽいのが天井に張り付いていたり、バスケットボールくらいの薄桃色の金魚が緑色の泡を吹きながら宙を泳いでいたり。どう見ても普通ではないその生き物たちは「モンスター」なんだろう。ユニコーンがいたくらいだし、驚くことでもないのかも。むしろユニコーンの方がレアだよね。明かりがないと進むのが困難であろう洞窟内にいるから、目がなかったり色素が薄めなのかな。

 そういえば私は洞窟内の様子を普通に確認できる。真っ暗なのに。水中も呼吸してられるし、なんなら水上も水底も歩けるし、水中も意のままに動けるみたい。女神の力すごい。よく考えたら泉から出る時は水を足場にしていたのかも。気にしてなかったから分からないけど。


 自分が行ける範囲を把握しようと岩の上や隙間、水上や水底を歩いて探していると、水中に横穴を見つけた。普通の人間なら息が続かなくて行けないような場所なので少しわくわくしながら奥に進むと、そこは行き止まり――ではなく上に続いていた。テニスボールサイズの薄橙色の金魚が丁度上に向かって泳いでいくので、私も後を追った。

 穴は数分後、広い空間へと変わる。水上へと出ると、そこはとても広く、例えるなら広めの運動場くらい? 水面から天井までの距離だって相当ある。陸地や立てる岩場などはない。こんな広めの空間にこれだけ水が溜まるなんて、もしかしてカルム湧水洞って歴史のある洞窟なんだろうか?

 水の上を歩きながら周囲を見学していると、水面が大きく波打ち始めた。


 ――――ゴオオオオオオオオ


 続け様に何とも表現しがたい爆音が頭を揺らす。もはや音ではなく衝撃だ。

 最初の一瞬こそ驚いたが、冷静に聞けばこの爆音は生き物の声のようだった。巨大な生き物が咆哮している、何となくそう分かる。

 無意識の内に足元にある水を見れば、ドバァッと白波を立てて大きなそれが姿を現した。


「ドラゴン……!」


 私の何十倍もある巨躯。蛇とタツノオトシゴを足して割ったみたいな顔。白い鱗に薄紫のヒレや翼。巨木のような足からは、岩でも切り裂いてしまいそうな爪が伸びている。

 イッツアファンタジー。

 間抜けなその言葉が、ドラゴンを生まれて始めて目の当たりにした私の感想である。


『誰か来たのか?』


 ユニコーンのおじさんがイディナロークと名乗った時と同じく、ドラゴンの物と思われる声が脳に響く。

 可視化し、白いドラゴンと向き合った。名乗りつつここに来た理由を述べると、ドラゴンは「なんだ女神か」と鼻を鳴らす。なんだとはなんだ失礼な。


『愚かな人間であったら喰ってやろうと思ってな。洞窟内で人間を見なかったか?』

「人なんて見てませんよ。それよりあなたはどうしてここにいるんですか?」


 ドラゴンって大抵宝を守ってたり、場所守ってたりするんじゃないのか。カルム湧水洞にはドラゴンが守るような大層なものはなさそうだった。ここにいる意味が分からない。


『知らないのか、この洞窟には希少なモンスターが生息している。それらの数を極端に減らす存在、それが人間だ。モンスター目当てに人間がこの洞窟を出入りするのは珍しくない』


 確かに。レベル上げの時とかに、メタリックなゲル状のアレとかを狩ったりするよね。


『人間は自分たちに利益があると分かると狂ったようにそれを乱獲し、自然界のバランスを乱す。それを平常に保つ為にも、俺が少しばかりの人間を減らす。文句を言われる筋合いはない』


 なんだろう。すごく説得力があるし、若干の罪悪感もある。


『それに、俺に勝てると思い上がっている人間のプライドをへし折ることと、そんな人間が好物なんだ。あの絶望に満ちた顔を一口でいくのが美味くてたまらない』

「趣味悪っ」


 おっと素が出てしまった。

 っていうかこのドラゴンめっちゃ喋るな! 話し相手ができて嬉しいのかな……それは私もか。

 そういえばこのドラゴンって何のドラゴンなんだろうか。ドラゴンって意外と種類があるイメージ。ワイバーンとかリヴァイアサンとか神龍とか……そんなに知らなかったな。あと、総じて気位が高いイメージね。


「あの、あなたは一体――」

『ああ女神、話はここまでだ。俺はあいつらの相手をする』


 あいつらとは誰なのかという質問に返答はなく、ドラゴンは一瞬で姿を消した。あの巨体が一瞬でどこに消えるのか、と思ったが水面に波紋が広がっている。さっきの言葉から察するに、人が来たのかもしれない。ということは、また食べるのかな。どんな流れで人間を食べてるのか知らないけど、私も人間がどれだけ希少なモンスターを狩っているのか把握する必要はある、と思う。




 *****




 迷った。

 洞窟内に響く振動や音を目指しているが、構造を把握していない私は迷子だった。今まではそんな必要なかったから、という言い訳をここに残しておこう。

 迷いなく近くの水たまり――と言っても頭まで完全に入ってしまう深さ――に飛び込み、部屋に戻る。玄関からなら狙った位置に行ける、と謎の確信があった。


 案の定扉の向こうにはドラゴンの姿があったが、先程のような威厳に満ちた様子は見受けられない。白い鱗はところどころ鱗が剥がれていたり、刃物で切り裂かれている。翼は黒く焦げ、ヒレは破れている。焦げた臭いと、血の独特な生臭さが、辺りには充満していた。力なく地に顎をつけるドラゴンの口からはヒューヒューと息が漏れている。顎の下からは血が流れており、他の怪我から血が出ていないことを見ると、あのあたりに大きな傷を負っているんだろう。傍らに落ちている剣には血がついている。

 近付くと、血に混じってツンとした臭いが鼻を掠めた。ドラゴンの周りには、人が数人倒れている。座っている人と、もはや原型を留めておらず立っているのか座っているのか分からない人もいる。人の原型がほとんどないそれからはツンとした臭いがしており、それが毒だと気付いた。毒を全身に浴びて溶けてしまったんだろう。それ以外の人は腕や肩、足など、身体の一部がない。切り口はズタズタで、ドラゴンに引き裂かれたか噛み千切られたか。ドラゴン以外は命は尽きているようだ。


 凄惨。この状況を一言で表すならこれだろう。


「ちょっとあんた神でしょ! ボケッと立ってないで、アルトゥリアス様を助けなさいよっ!」

「ん?」


 足元から、小さな声に怒鳴られる。森の泉にフェアリーサークルを作ってくれた妖精たちに似たサイズの女の子が、そこに立っていた。違うのは羽がなく、代わりに、水球がいくつか彼女の周りを漂っている。


「助けて欲しいんですか?」

「当たり前でしょ!」


 金髪碧眼の小さな彼女は、見た目に反して気が強いらしい。キーキーと高い声を張り上げている。やたら高い声は森で会った妖精と同じだ。


 さて、この小人は助けて欲しいと言っているが、どうしようか。

 倒れている人たちの服装から、彼らが冒険者であることが分かる。複数なのはパーティを組んでいたんだと思う。この洞窟はどこにも通り抜けることができない場所だから、この洞窟に用事があったに違いない。それから、ドラゴンの近くに落ちている剣は、きっと「ドラゴンキラー」という剣だ。ドラゴンを連想させる鱗のようなものが付いたデザインで、本で見た気がする。「ドラゴンキラー」はその名の通り、ドラゴンと戦う際に有効な剣。硬いドラゴンの鱗が切れる特殊な加工がされているらしい。

 それをこの洞窟に装備して来たということは、この人たちの目的はドラゴンだったんだろう。好奇心か正義感か復讐心か知らないが、カルム湧水洞にいるこのドラゴンを退治しにきたのは確か。まあ、自業自得に近いというか。


「アルトゥリアス様は元々、アタシやこの洞窟のモンスターを人間から守る為に戦っていたのよ! ……途中から、食べることが楽しそうになってきたけど、でも、アタシたちを助けてくれたのは本当なのよ!!」


 動かない私に痺れを切らしたのか、妖精が声をあげた。

 そう、ドラゴンが言っていたように、自然を乱すのは大抵人であることは間違ってない。それに彼女の言うことも本当なんだろうな。嘘だったら、こんなに一生懸命――仮にも女神に向かって言っているとは思えない口調で――頼んでこないはず。


 さっき部屋に戻った時、念のためにと思って持ってきた「妖精の恵み」を取り出し、ドラゴンへと振りかける。キラキラした液体は体に染み込んでいき、光が見えなくなった頃には、欠けた鱗は元に戻り、剥がれた箇所もなくなっていた。苦しそうな息遣いも治まったが、意識は戻らないようだ。妖精はドラゴンの顔を覗き込んでいる。


「ところであなたの名前は?」

「アタシはシャナよ……水の妖精シャナ」


 未だにドラゴンを心配そうに見ているシャナに、ニーッコリと笑ってみせる。


「それではシャナ。これは貸し1つです。いつか、()()返してくださいね」

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