05.ダメです
淡様、情報ありがとうございます!
鮮やかな紫に真っ直ぐ射抜かれて、私は反射的に答えた。
「ダメです」
「……――えっ? 何故ですか、フォンテ様!」
一拍間を置いて反応したエレフは、まさに「一瞬何を言われたのか分からない状態」だった。
確かに驚く状況だっただろう。エレフの目は真剣そのものだったし、私も正面からそれを受け止めて微笑み、一旦小さく頷いた後の「ダメです」だから。
そもそもエレフが何故私の眷属になりたいと言い出したのかも不明だ。それに私は、現時点で彼が眷属となることに違和感を覚えている。どうして違和感があるのかは分からない。ただ、釈然としないというか……そう、シンプルに言うなら私の勘が違うと告げている。だから根拠はない。
「あなたは、違うと思ったからです」
「それはどういう――あっ」
追求される前に素早く夢から脱出する。エレフは何か言いたそう、というか何か言ったが気にしない。
しばらくオアシスに近付かないでおこう。
――と、このことで森の泉の底にフェアリーサークルができたことを失念していた。妖精とかオアシスとかイケメンとか、ちょっと濃いめの事件が続いているからかもしれない。
最近しばらく開けていなかった底に繋がる部屋の扉を開けると、視界が透きとおった青い光で埋め尽くされた。
天井には太陽の光が差し込んだような淡い光がきらめく。それは床、つまり水底のところどころに、揺らめく水面の影を作り出している。
――なんて綺麗なんだろう。
もはやその言葉しか出てこない。
一歩部屋に踏み出す。当然そこに水はないが、靴越しに足の裏にほのかに温度を感じた。疑問に思う前に突如床がやんわり光りだす――いや、光りだしたのは床に描かれた模様だ。
薔薇のような、翼のような、はたまた剣のような模様は円形に広がっている。それが薄緑に光った様子と、部屋を埋める透きとおった青のコントラストは、目の前にあるにも関わらず現実とは思えないほどの美しさだ。フェアリーサークルも、あの頭に響く高い声の妖精たちが残したと思えないくらい緻密で綺麗な模様である。
この泉の水を特殊な瓶に水を入れると回復アイテムになるというので、せっかくだから作製しておきたい。
そんなわけで何の躊躇いもなくクローゼットを開けていくつか瓶を取り出す。見たところ何の変哲もない瓶だが、森に出て泉を汲んでみるとあらビックリ。なんと瓶の中の水が輝いている。金粉でも入ったみたいだ。金箔入りの日本酒みたいな。これが「妖精の恵み」なんだろう。惜しいことに知識がないので、これがすごい物なのか普通の物なのか分からないが、とにかく嬉しい。
これはもうぜひあれをやろう。
「タタタターン! 『妖精の恵み』を手に入れた!」
…………。
あたりに静寂が訪れた気がした。もう二度とやらない。
*****
そんな出来事から1ヶ月も経たない内に、オアシスを映す窓にいつか森の泉で見た馬、ではなくユニコーンがいる。水を飲んでいるようだ。彼が妖精たちから聞いてここに訪れた「ユニコーンのおじさん」だろうか。ぜひ会いたいのだが……うーん、今は夜みたいだから大丈夫かなぁ?
結局ユニコーンに会いたい気持ちに負けて、そっと部屋を出た。
「おぉ……」
窓から見た時とは違い、かなり迫力があった。
馬にしては小柄だが身体は引き締まり、ライオンに似た尾が左右に揺れている。額からは螺旋状に筋の入った角が1本伸びており、そこから続く白銀の立派なタテガミと体毛のせいか、神々しさすら感じる。私より神っぽくないだろうか。いやいやユニコーンは幻獣であって神獣ではない、はず。
一応予習した本には、ユニコーンの角には強力な解毒能力があると書かれていた。性格は獰猛で、人を殺すこともあるらしい……だからゲームでは敵として出てくることもあるのだろうか。見た目はすごく綺麗なんだけどな。っていうか、そんな獰猛な生き物に、どうやって声をかけよう。
「始めまして」は怪しい気がする。「どうも~」も変だし。「こんばんは」――の前に人間の言葉は通じるんですか? いや声をかける前に襲われたらどうする? 神の身だから死んだりはないかもしれないけど、刺さったら絶対痛いと分かるくらい鋭い角だし、どうしよう。
一旦木の陰で可視化してみる。自慢じゃないけど、運動なんて久しくやってない。最近体を動かしたことは、この間オアシスを掘ったことだ。あれ、結構前じゃない?
どうしたら警戒されずに自然にユニコーンに接触できるんだろう。
――ブルブル
私にはこうやって馬語を話すこともできない。クローゼットから食べると言語の壁がなくなるこんにゃくとか、鳴き声を録音して通訳してくれる機械とかないのかな。
……ん? 今、やたら近くから馬の鳴き声が聞こえた気がする。
念の為、そう、念の為にゆーっくり振り返ってみる。
「ぎゃあああっ!」
案の定、すぐ後ろにはユニコーンがいた。とても女神とは思えない色気のない声が口から漏れたが、仕方のないことだと思う。
驚きでひっくり返りそうになった体を何とか止めたが、どうしよう。私戦闘能力ない。可視化を解いて強制回避はできるかもだけど。
何故か襲われることを前提に動き出す思考とは裏腹に、ユニコーンはそこに立っているだけだった。改めてユニコーンを目前にすると、恐怖を感じない。真っ黒の目を覗いてみると、脳に聞いたことのない声のような音が響いた。
『イディナローク』
「……イディナ、ローク?」
ユニコーンは首を上下に動かした。頷いているようだ。今のって、テレパシー的なものだろうか。
それはあなたの名前? そう声に出して訊ねると、もう一度頷く。なるほど、ユニコーンには個体名があるんだ。個体名があるのはこのユニコーンだけなのか、個体名をつけなくてはいけないほどユニコーンの数が多いのか。妖精たちが「ユニコーンのおじさん」と言うくらいだから、もしかして長く生きているから名前を付けられたパターンもある。私はこの世界の常識がないから、今後勉強していこうかな。
とりあえず自分も名乗り、森の泉とこのオアシスの女神だと告げると、イディナロークはパタパタと尻尾を振った。心なしか嬉しそうに見える。
え、めっちゃかわいい。妖精が「ユニコーンのおじさん」と呼んでいたから、処女好きの変態中年かと思っていたけど、すごくかわいい。変態とか思ってすみませんでした。
「イディナ――」
ロークは、と続いた言葉は、「ヒィーン!」という鳴き声に掻き消される。どうしたの、と問う前にイディナロークは猛スピードで走り去ってしまった。何なの一体。
「フォンテ様!」
がっしりと二の腕を掴まれる。背後からだから姿は見えないが、私を名前を知る人間はたった1人だ。
「エレフ……もう夜なのに、どうしてここに?」
そう聞くと、エレフは「やはりフォンテ様は、砂漠の事情に明るくないのですね」と苦笑を浮かべた。
エレフ曰く、砂漠での活動時間は陽が落ちてからだそう。じゃないと暑くてとても動けないのだとか。それに砂ばかりの砂漠では、星を目印にしているそう。私から見ればどこが目印になるのかさっぱり分からないが、砂漠に住む人々には雲さえなければ十分な目印だし、月と星の柔らかい光で照らされる砂漠は美しいらしい。なるほど。
「フォンテ様、無礼を承知で申し上げます。あなたは砂漠に詳しくない。だから砂漠に住んでいる僕を眷属にして、この砂漠のことを任せて頂きたいんです。そうすれば、このデジエルト・エロエを、そしてエーデルシュタイン王国を、より豊かにできるはずなんです!」
エーデルシュタインオウコクが何か分からない。が、話の流れ的にエレフの住んでいる国なんだろう。そして砂漠やその国を豊かにしたいと考えている。
なんとなく、エレフを眷族にすることに違和感があった理由が分かった気がした。
「私の眷属になっても、あなたの国を豊かにすることはできませんよ」
「な、何故ですか?!」
「私は、泉の女神です。私はこのオアシスを守る存在であって、人間の国を豊かにする存在ではありません」
見開かれる紫を気の毒に思いながらも、
畳み掛ける。
「私はあなたの国の事情も知りませんから、遠慮なく言わせてもらいます。王国というからには王族がいるのでしょう? 神に頼らなくてはいけないほどに、お飾りの王族なのですか? あなたの国の人達は、そんな王族を咎めもせず敬っているのですか? ――エレフセリア。本当にあなたにできることは、もう他にないのですか?」
俯いたまま動かなくなってしまったエレフを置いて、私は水辺へと移動した。そこではクルークがのんびりと主人の帰りを待っていた。ごめんね、彼は今停止してるんだ。私のせいだけど。
多少言い過ぎた気もするが、私は人の発展にあまり携わってはいけないと思う。エレフの住む国が大きくなれば、他の生き物が住む場所が減るのだ。私が大切にするべきはオアシスであり、自然である。自然を汚す人間は滅びろ、なんて極端なことは思わないから、いい距離感で共存して欲しいなぁなんて。
エレフは砂漠の活動時間は夜だと言ったけど、もうけっこう夜が更けてきた。本当に今から帰るのかな。星は見えてるから、大丈夫なのかもしれないけど、私には分からない感覚だから、一応少し心配だ。クルークの首を一撫でし、「エレフをよろしく」と頼んだ。
クルークに寄り添って待つこと何分だったか。エレフが木の陰から飛び出してきた。そのまま土下座のような格好をとる。
「先ほどは大変失礼しました!」
フォンテ様の仰った通り、確かに僕がエーデルシュタイン王国の民として、できることはたくさんある気がしています。フォンテ様の眷属になればなどと甘ったれた考えを持っている時点で、僕はあなたの眷属にはふさわしくありませんでした! 自分が恥ずかしいです!
待って待って、勢いが良すぎて一気に処理できない。
怒涛の勢いでそう言いきったエレフは息切れひとつせず、きらきらした瞳を向けてくる。こんな風になるとは思ってなかったなあ。彼ちょっと影響されすぎじゃない? 詐欺とかに引っかからないかお姉さん心配です。
「――ですが、あなたの眷属になりたいという気持ちに嘘偽りはありません」
「エレフ、それは……」
「1年、時間をください。その間に僕は自分にやれること、やるべきことを全てやりきります」
流れるような動作だったので気にならなかったが、彼はいつの間にか跪き、私の手をとっていた。加えて乞うような声色に、拒否することを阻まれる。
「だから、その時に僕があなたに相応しい人間になれていたら、僕を眷属にしていただきたいのです」
1年は短い。あっという間だ。その時間でエーデルシュタイン王国を今より豊かにするというのは非常に難しいと思う。それでも彼はそれをやると言っている。今ある問題に立ち向かうと言っている。私も、それに応えなくてはならない。
「分かりました」
「っありがとうございます! あの、約束の証にこれを……」
立ち上がったエレフが取り出したのは、金のネックレスだった。細やかな金の装飾と水色の宝石がいくつかあしらわれた豪華なそれは、大層なお値段がしそうである。これ私が貰ったらあかんやつ……って預かるだけか。
「その花冠が負けないように、かつフォンテ様の美しさに添えるようにしてみました」
……預かるんだよね? 約束の証として。
「そのネックレスに誓って、このエレフセリア・ガナフ・デゼルト=エーデルシュタインは、必ずやフォンテ様の眷属になってみせます」
……エレフのフルネームに嫌な予感しかしない。