04.そのオアシスは私のものですーっ!
女神様、という声は一旦放置しよう。今の私に必要なものは心の安寧だ。だからリラックスのためにお風呂にでも入ろうと思う。
お風呂に入る為にクローゼットから着替えとタオルを取り出す。シャンプーとかはお風呂場にあったから、まだいらない。夜じゃない時間のお風呂ってちょっとドキドキする、なんか優雅って感じがして。まあ、女神になってから時間なんて窓に映る森や砂漠の景色でしか感じないけど。窓からはキャッキャと子どもが戯れるような声が聞こえてきて、変態――失礼、砂漠の青年の声は聞こえない。森に子どもたちでも遊びにきてるのかな~と考えつつも、目的であるお風呂に向かった。
やっぱりお風呂は良い。時間気にせずのーんびり入れるお風呂はもっと良い。そしてお風呂上りといえばアイス! 普通なら冷凍庫から取り出すはずのアイスだけどそもそも冷蔵庫がないので、自分の好きなアイスを思い浮かべてクローゼットを開ける。クローゼットから当然のように出てきたカップアイスが「少し前に冷凍庫から出したので、今が食べごろですよ」状態で全く不思議。今更そんなこと気にしないけど。そもそもお腹も減らないしね。
味わってカップアイスを頬張っていると、また窓から高い声が楽しそうにしている声が聞こえてくる。お風呂に入ってからまあまあ時間が経った気がしたけど、まだいるのかななんて軽い気持ちで窓を見て驚愕。
そこには蝶やトンボのような羽の生えた小人4体が、泉の上で円になって回っていた。
「え、妖精?!」
もしかして、お風呂入る前の声もそうだったの?!
いかにも「妖精と言えば」みたいなビジュアルの小人たちは、何が楽しいのかキャピキャピと回っている。ユニコーンに引き続きファンタジーな生き物に我慢できなくなった私は、玄関から泉に飛び出す――のを抑えて普通に泉から登場するのに成功した。
私が泉から顔を出した頃には、妖精たちは泉の上で回るのを止めて空をふわふわしていた。
「あーっ! 泉の女神様だ!」
「ユニコーンのおじさんの言うとおりだ!」
「始めまして! 今の泉の女神様は僕たちのこと知ってる?」
「ユニコーンのおじさんが、他の担当があったら教えて欲しいってさ!」
ちょ、目が回るから、喋りながら人の周囲をくるくる囲むのやめてください。
なんとか4人を落ち着かせる。「ごめんごめん、妖精ってみんなこうなんだ」と謝るならもう少しなんとかならないものなのか。
とりあえず興味深いことばかり言っていたので、1つずつ聞いてみることにした。
「ユニコーンのおじさん?」
「うん! ちょっと前にこの泉に来たんだって~」
「ここ泉が綺麗で良かったって言ってたから、僕たちも来てみたんだ」
やっぱりこの前見た馬は、ユニコーンだったんだ。そしてユニコーンっておじさんだったんだ――待って。ユニコーンって清き乙女が好きなんだよね。清き乙女に擦り寄るおじさんってやばいじゃん。見た目が馬で良……くもないけど良かった。この世界の生き物って変態率高いの? 大丈夫?
「ユニコーンのおじさんが好きな水場は、僕たちも好きなんだ。綺麗だからね」
「だからたまに教えてもらうんだ」
「ここの泉はユニコーンのおじさんの言うとおり素敵だったよ」
「泉の女神様は、他の泉も担当してる?」
どうやら妖精は1人が喋りだすとつられて皆喋るようだ。声が高いからとても頭に響く。なんとか最後の質問は聞き取れたので、デジエルト・エロエ(?)のオアシスのことを伝える。あっこれって今度ユニコーン来るのかな。
「あの砂漠に新しくオアシスを作ったんだ! すごいね、泉の女神様!」
「すごーい!!」
「早速みんなに教えてあげようよ」
「ユニコーンのおじさんにもね!」
キンキン響く声にくらくらしながらも、去って行く妖精たちを見送る。と思ったら、一人戻ってくる。まだキンキンからは解放されないようです。
「ごめんね、言うの忘れてた!」
「ん?」
「さっき僕たちがここで踊ったから、底にフェアリーサークルが出来てるはずなんだ」
フェアリーサークルというのは妖精たちが踊った後にできる模様らしい。フェアリーサークルには癒しの力が宿っていて、上に乗ったりすると怪我の治療になるとか。今回妖精たちは泉の上で踊ったから、底にそれが出来ているそう。泉に入ったり、泉の水を飲むとその力が得られる。
つまり、森の泉はゲームで言うと回復ポイントになったってことですね。更に特殊な瓶に詰めると「妖精の恵み」っていう回復アイテムになるんだって――って何それすごくない!? 普通の泉から癒しの泉にランクアップした! しかも特殊な瓶っていうのは普通人間は持ってない物だから、汲んでも普通のおいしい湧き水になるそうで、悪用は難しいみたい。良かった。またあのクソみたいな人間が来て悪用したら困る。
「すごい! ありがとう、妖精さん」
「えへへ~これくらい軽いものさ!」
「でも、これっていつまで持つの? フェアリーサークルが消えたら癒し効果はなくなるよね?」
「泉が枯れない限りはよっぽど大丈夫だよ! だからこの泉を綺麗に保ってね、泉の女神様!」
「もちろん!」
妖精は自慢げにどこかへと飛んでいく。キンキン声はちょっと苦手だけど、いい子しかいなかった。しかも回復ポイントになるなんて、冒険者には嬉しいはず。まあ、ここを冒険者が通るのか知らんけど。でもこんなことになるなんて思ってもみなかったから、嬉しいな。
上機嫌で部屋に戻ると、久しく見ていなかった紙がテーブルに置かれていた。今度は何なのか。
『女神力アップ! 眷属神を持てるようになったよ! 契約を交わして従者を得よう』
眷属神って何さ、と思いクローゼットから辞書を取り出して調べると、従者・家来といった意味の他に一族や妻子などの意味もあるようだった。この場合は、恐らく前者のことを指している。ただ、「神」とついているってことはきっと神になるってことなんだと思う。契約して眷属にした人や動物は、普通の生き物ではなくなると考えた方が自然……のはず。軽はずみに契約できるものではなさそうだ。
この紙を見るのは久しぶりだから、きっとだいぶ女神力が上がってきて能力獲得までに間隔が開いたんだろう。レベルアップという感じがして面白い。
*****
何だかまた窓の向こうが騒がしい。最近は落ち着いたと思ったんだけど、今度はどうしたことか。見るとオアシスに人が何人かいるようで、どうやら揉めているようだった。
「この子の分だけでいいんです! どうか水を……!」
「駄目だ! ここは俺の物だ。水が欲しければ金を払え」
「違いますけど!! そのオアシスは私のものですーっ!」
反射的に言い返したが、部屋の中からはもちろん可視化してない私の声は届かない。
慌てて玄関からオアシスに行くと、日避けの布がついた馬車(ただし引いているのはラクダ)のような乗り物と、乗っていたであろう人が数人。それから筋肉質の濃い顔の男性と、幼い子どもを抱えた女性。
筋肉質の男は、既にオアシスの一角にテントを張っていた。いやそれはいいんだけど、ここはあなたのオアシスではない。独り占めにするのは頂けない。女性が泉に近づかないよう、短刀を向けるのはもっと頂けない。
他の人も男性に対して困っているようだが、丸腰なのか負けそうなのか筋肉質の男と女性を遠巻きに見ているだけだった。しかし彼らを責めることは出来ない。相手は短刀をかまえている。下手したら女性やその子どもに短刀が振り下ろされる恐れがある。
となれば、私が密かに神罰を与えればいい、かな? さすがに巻き込んだりはしないだろう。
どうしてやろうかと考える一瞬前、場の空気が一変した。
「自分がかわいければ短刀を捨てろ」
気が付くと、男の首に短剣が突きつけられていた。やや湾曲した刃の先端が首に刺さっているらしく、男の首にはほんの少し血が滲んでいる。「ひぃっ」と情けない声をあげた男は呆気なく短刀を地面に落とし、真っ青になって震え出す。
短剣を握る手を目で追うと、そこには先日からオアシスで騒いでいたイケメンが立っていた。しかしその顔はひどく冷たい。私のことをしつこく呼んでいた彼とは同一人物とは思えない鋭い雰囲気を纏っている。
筋肉質の男はされるがままに拘束され、彼が率いてきた別の乗り物に押し込められた。水を容器に汲み上げた彼は、子どもへとそれを差し出す。女性が泣きそうになりながらお礼を言うと、彼は朗らかに笑った。
「ここはとある女神様が守護されている泉です。女神様は大変優しいお方、ぜひみなさんもここで水分を補給していってください」
人々は一瞬不思議そうにした後、やはり喉が渇いていたのか泉へと集まっていく。
彼のおかげで事なきを得た。オアシスを独占する人を退け、みんなへの気遣いも忘れない。それに、ここを血で汚すこともしなかった。変態だと思ってたけど、本当に優しい人だと今日で分かった。
私が言いたい事も全部言ってくれたし、お礼を言わないと。
夜、人が寝静まったであろう時間に私もベッドに潜り込む。夢の先はあの人のところ。
前と同じように視界が白くなった頃、お目当ての人物がぼんやりと立っていた。ただ立っている様子がおかしくて彼の前に回り込んでみると、ぎょっとした後に大きな声で「女神様?!」と叫んだ。やっぱりうるさい。
「オアシスを守ってくれて、ありがとうございました」
「――見て、いたのですか」
何故今恥ずかしそうに頬を染める? もっと恥ずべき発言してましたよね?
ややあって彼は膝をついて私の右手をとった。うん、それのが恥ずかしいです。
「夢で女神様に会えるなんて光栄です。申し遅れましたが、僕の名前はエレフセリア。どうぞエレフとお呼びください」
「エレフ、ですね」
「はい。女神様のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「……フォンテ」
「フォンテ様。美しいお名前ですね」
そう言って手の甲に優しくキスをすると、立ち上がってこちらを見つめてくる。
変態だと言ってあまり視界に入れないようにしていたが、彼の顔はとても整っていた。繊細でありながら、か弱さはない。はっきりとした紫の瞳と淡い金の髪、それに褐色の肌のバランスのせいかもしれない。特に紫の瞳はかなり神秘的だ。初めて見る珍しい瞳の色から目が離せない。
それに、エザフォス以外から初めて名前を呼んでもらった。その響きは私の中にゆっくり落ちていき、自分の名前なのに何か特別な物のように感じた。
「フォンテ様」
「何でしょう?」
エレフは私から一時たりとも目を逸らさず、朗々と言った。
「僕を眷属にしていただけませんか?」