36.ありがとう
「……その愉快な能力も、なかなかのものだ」
「愉快な能力?」
私の能力って、可視化と夢に出ることと、神罰、祝福、眷属神の指名、よく使う念話、基本使ってない的中(1/3)……くらいかな?
特に愉快って言われるような能力じゃないはずだけど。
「女神になった時、自身が望む力を得ただろう? そなたが――クローゼットと呼ぶ能力だ」
「えっ」
えっ……あ、あれって、私の能力だったの?!
女神になった時って、エザフォスと会った時のことだよね? あの時は確か……。
――泉の女神と言えば、「あなたが落としたのは金の斧ですか? 銀の斧ですか?」じゃないか。そんなの私だってやってみたい。
思った! 確かにそう思った!! めちゃくちゃ安直にそう思いました!!
……待って。それってつまり――自分で創ったってこと!?
私が全然泉の女神っぽい能力増えないなぁって言ってたけど、最初から自分で創った能力持ってたの!?
いやまあそりゃああの部屋は私の部屋で泉の様子は見られるし泉の底と繋がっててるけど……え!?
あのチートクローゼットって、私の能力だったの!?
「異世界の魂を、それも複数使うことに懸念はあったが……女神・フォンテよ。これからも業務に励むが良い」
言い終わるが早いか、ディアスティマの体が宙に溶け込み、その余韻もなく姿を消した。
「あ……」
お礼とか、言えなかったな……。
***
あの後、アルトゥリアスは舌打ちをして去って行った。なんだかんだアルトゥリアスの体は傷がたくさん付いていた。鱗が欠けていたり、しっぽが焦げていたり。
妖精の恵みでの治療を提案したが、『こんなものかすり傷だ』とのたまった後、やはり轟音を立て、舞い降りる雪を吹き飛ばしながら飛んでいった。
けれどナールから『途中、持っていた妖精の恵みを使っていたのだ』という告げ口があり、いくらアルトゥリアスでも神と戦うのはきつかったんだと分かった。
今度、別の形でお礼を持っていかないとね。シャナに文句の1つや2つ、10個や20個言われそうだけど……その時ばかりは甘んじて受け入れるしかないかぁ。
レイジたち4人も、無事に目を覚ました。
毒も抜け、怪我も妖精の恵みで治療すれば――元通りにはならないな。雪山だと言うのに、衣服がボロボロだ。ゴツゴツの岩肌にさらされていれば、そうなるか。
ただ、神々と大きなドラゴンが暴れたからか、今までよりかは寒くなくなった気がする、と戦士が言った。天変地異ってやつかな? それともラグナロク?
「レイジ」
レイジはまだ剣を握ったまま、モーアが消えた場所をじっと見つめていた。
表情は複雑で、怒りと……どこか空虚なもの。
どこまで話すか迷ったけれど、私はモーアのことを――少しだけ、レイジに伝えることにした。
モーアは、スィンヴァンによって愛する者を亡くし、肉体を無くし、魂を弄ばれた……可哀想な女性だったのだと。
スィンヴァンが聞いたらブチぎれそうだけど仕方ない。だって、モーアも神々の傲慢に振り回された被害者だから。
だから、誤解したままでいてほしくなかった。
それに巻き込んだ以上、このまま蚊帳の外に放りっぱなしにしておくのは、彼に対して無責任だと思ったから。
私がモーアの話を終えると、レイジは一度だけ剣を強く握り、やがてその力を緩めた。
レイジは長い間、黙っていた。
「……俺は、村を壊した奴を許せないです」
ようやく聞こえたレイジの声が、かすかに震えている。
「でも……モーアが、俺と同じ被害者だったなら……」
小さな雪の粒が肩を薄っすら染めた頃、レイジは、深々と頭を下げた。
きっと、モーアを許すことは出来ないと思う。でも、乗り越えることが出来るはず。
私は、レイジと――頭を下げる彼の仲間たちを見ながら、そう確信した。
レイジたちは心を落ち着けた後、私に剣と鱗を返してくれた。
鱗はともかく、剣も大活躍してくれて嬉しい。
――さて、この瓦礫に囲まれた、めちゃくちゃになった温泉だったものをどうしようか。
ああ……ため息しか出ない。
ヴァッサーが泣いているので、早めに対処してあげたいけど……そもそも絶壁の隙間だった場所が開放感溢れる空間になっちゃったんだよなぁ。屋根と言う名の岩もどっか行ったし。
ううーん、またいい感じの場所を探した方がいいかなぁ。
『我の温泉……』
ぺちゃんこになった火の玉が、岩の上で嘆いている。
ここにも温泉ロスがいたか。
そうだよね、ナールも温泉大好きだったもんね。
「ナールは、どこに温泉があったらいいと思いますか?」
『むっ!』
ポンッとコミカルな音がつきそうな勢いで、ナールがいつもの形状に戻る。さっきまであんなにかっこよかったのに。ヴァッサーと言い、精霊は温泉大好きでかわいいなあ。
『ねえ女神様? 私、ジリャオは必須だと思うの』
『温泉はあの籠った空間が良いのだ~』
いつ泣き止んだのか、ヴァッサーも好きに希望を出してくる。
「ふふ、じゃあ――イエロで同じような場所を探しましょうか」
『我に任せるのだ!』
ナールが瓦礫の彼方に飛んでいった。ヴァッサーも『私も探しちゃお~っと』と言いながら、地面に潜るようにちゃぷんと消える。
……ヴァッサーって私の眷属じゃないよね? なんか、馴染み方が尋常じゃないんだけど。
「あれ……」
先ほどまで舞っていた雪が、徐々に弱まっていく。
イエロって万年雪山だと思っていたんだけど、もしかしてこれも戦いのせい?
少し待つと、雲の隙間から太陽が覗き、幾重もの光の筋が岩を照らした。あまり強い光ではないから、雪を溶かすまでには至らないだろうな。白い雪も、今だけは光になってイエロの山を照らしている。
優しい日差しが私にも届く。
黄色の花冠はふわりと香り、金色のチェーンは光を集めている。水面のような光を反射する宝石を指でなぞった。
正直、神様の仕事って肉体労働多いし、全然想像してたのと違うんだけど。全然神っぽくない。なんでこんなに肉体労働なん? ディアスティマ様よぉ。
――でも、もう大丈夫。私のなかから声がする。思いが聞こえる。ずっと私を見てくれている、【みんな】の声が。
私は初めて、真正面を向いた。この透き通る膜の向こうにあるその瞳を見つめ、ちょっとだけ意地悪く笑ってみせた。
ずっと見守ってくれて、ありがとう。




