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31.ナール、少し確認が

『この水を汚しているのは――貴様か』


 重音が頭に響く。


『女神様、ナール~! 来たわよ~っ!』


 アルトゥリアスの羽の陰からヴァッサーが顔を覗かせ、そのまま宙を泳ぐように下降すると、私の目の前へと降り立った。

 アルトゥリアスの登場に、レイジもモーアも戦いの手を止めている。


『ナールったら結構ギリギリじゃない? まあ神相手なら上出来なのかしら』


 アルトゥリアスは神にしか興味がないようで、モーアのことなど視界にも入れていない。


「ヴァッサー……! ありがとうございます」

『やだ女神様、これからでしょう? ところで――温泉を破壊したのは誰かしら?』


 ヴァッサーの纏う空気が変わった。

 空気に重さを感じる。温泉を破壊されたから、怒っているみたい。……壊したのは、多分ナールとあの神です。


『アルトゥリアス、そっちは任せたわよ』

『言われずとも』


 アルトゥリアスは、大きな体を軽々と動かし、ナールと共にあの神へと攻撃を開始した。水を侵す毒は避けたのか、熱の塊のようなドラゴンブレスで、あたり一帯の雪を蒸発させている。

 モーアはヴァッサーを警戒しているようで、レイジたちを相手にしていた時のように動いたりはしなかった。


 私はその間に懐に忍ばせておいた、妖精の恵みを取り出した。アルトゥリアスとヴァッサーのおかげで冷静になれた。

 癒しの力が宿ってるんだから、毒の一つや二つ治せるはず、と倒れている2人に飲ませる用、盗賊に手渡す。

 本当は大怪我用に準備しておいたんだけど、結果オーライ。

 この調子で、私に出来ることをしていこう。


「レイジ、あのモーアという者は……」

「……はい、俺の村を破滅させた女に違いありません」


 私が出会ったモーアは、きちんとした言葉を話していない。ディーンの村で聞いた噂でも不吉なことを言っていたらしいけど、先ほどは母音だけを口から零しているだけのようだった。

 レイジたちが攻撃するまでは敵意もなさそうだったし、印象が違い過ぎる。

 本当に彼女が、レイジの復讐相手で、不吉な噂を流して、遺跡に隣接したオアシスを汚した張本人なの?


『ああ、ああああっぁぁぁぁあああ……!』


 モーアの震えた声が空に溶ける。

 振り返ると、ヴァッサーの腕から伸びた透き通った水の管が、モーアの体を締め上げていた。


「やめろ! モーアに何をする!!」


 酷い形相で急降下してくる神に、アルトゥリアスが爪を振るう。


()()……精霊の器を奪ったのね……! 絡まった毒を解いてあげるわ』

「精霊の器……?」


 青い光がモーアを包む。


「やめろぉっ!!」


 アルトゥリアスの爪に触れたにも関わらず無傷のその男は、モーアを抱きしめ、ヴァッサーから伸びた管を腕で断ち切った。急速に光が収縮していく。ヴァッサーが顔を顰めるが、痛そうではない。

 男がモーアを抱きしめる様子は、今までこちらに殺気を向けて来たり、散々ナールと戦っていたとは思えないほど優しいものだった。


『フォンテ様、怪我は!』

「ナール……ありません、大丈夫です」


 声が震えていた。

 でも、目の前で揺れる火の玉を見ると、それだけで少しだけ心が落ち着いた。

 でも、心なしかいつもより小さくなっている。やっぱり神と戦うのはナールと言えど厳しいのかな。ごめんね。


「ああ、モーア……こんなに苦しんで……!」


 ――泣いている。

 ぐったりしているモーアを抱きしめているその男が。


「……貴様のせいで、モーアが苦しんでいるんだ。お前が……お前が現れたからだ……!」


 視線が、私を捕らえている。

 意味が分からない。

 でも、気になることがあった。

 さっきヴァッサーが「精霊の器を奪った」と言っていた。もしかしてモーアは、元々は精霊じゃない存在だったんじゃないだろうか。そうじゃなければ、「奪った」という表現はしないはず。

 だから彼女は、「奪った精霊の器」に入って、「精霊になった」んだ。

 モーアが苦しんでいるのが「私」のせいなの……? いや、私はモーアやこの男との面識はない。

 それに「絡まった毒」……毒って基本「生命の営みに悪影響」を及ぼすものだよね。それが絡まっていることが苦しいということはないかな。

 うーん、根拠がないから断言はできない……でも、やってみる価値はあるだろうか。


「ナール、少し確認が」

『む?』

「ナールの浄化の炎で、毒は浄化できますか?」


 ナールは一拍置いてから、答えてくれた。


『浄化はできるのだ。だが、アレの器に絡まった毒は……我の炎だけで、完全に焼き切れる保証はない』


 ……なるほど、つまり。


「ヴァッサーとなら、いけるってことですね」

『ふふ、さすがは我がフォンテ様』


 口が思わず歪んでしまった。

 笑ってるのか、泣きそうなのか、自分でも分からない。でも……やっと、一歩進めた気がする。


 私は念話を使った。

 みんなが私に視線を送ってくれる。

 ――さあ、始めよう。

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