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27.私の言っていたこと、覚えていてくれたんですね

 ナールが温泉へと行くと、影は溶けるように消えてしまった。なんだろう、ナールとは会いたくはないのかな。それとも様子を見ているだけだから、接触はしたくない感じ?


『……ジリャオの葉が、枯れているのだ』


 温泉に入れてしまえば、ずっとお湯の中を漂い続けていた「私の」ジリャオの葉。例え魔物が入っても、ヴァッサーが入っても、ナールが入っても変わらなかったのに。……やっぱり、他の神なんだろうな。目的とかは全然分からないけど、好意的でないことだけは分かる。私が何をしたと言うのか。


『はーい、ここがさっき言ってた女神の温泉で――ってなによこれ! ひっどい気配よ?!』


 甲高い声が響き、ヴァッサーが洞窟から入ってきた。同時に肩を震わせ、寒さに耐えるように腕を組んだ。水の精霊がやるとは思えない仕草だ。


「精霊様、待って――ってあれ、眷属様?」


 ヴァッサーの後ろから入ってきたのは、レイジのパーティーにいた盗賊の女性だ。雪山ということもあって、いつもの軽装ではなく、長袖長ズボンにマントを着込み、ずいぶん動きにくそうだ。


「ねえねえみんな――」


 彼女の後ろからレイジたちが顔を出す。彼らもまた着ぶくれをしている。鎧って金属だもんね、こんな場所で着てられないよね。

 レイジたちがナールに驚いている間、ナールはヴァッサーに「この気配」の話をしていた。先ほどまで不穏な気配がここにいた、と。

 ヴァッサーは今まで何回もこの温泉に遊びに来ていたようで、こんな気配には遭ったことはないとのことだった。


『それにジリャオの葉が枯れてるし、何なのよぅ』


 ごめん、それあとで掃除して入れなおしておくね。


『せっかくレイジちゃんたちにおススメの温泉を教えてあげようと思ったのに』


 あ、そういう理由でここに来たんだ。

 それにしても、よくレイジたちはこんな温泉まで来たなぁ。ここ結構人が来れないような場所だと思うけど。


「眷属様、ご報告がございます」


 狩人の女性が言った。

 彼女たちは、モアの情報を探って様々な街、山や川、谷などを巡っていた。しかし、いつも情報が途中で途切れてしまうらしい。

 今回も、モアの特徴に似た女性の話を、雪山の麓にある大きな街で掴んだそうだ。

 噂で、「このイエロの雪山には秘湯がある」「魔物たちが入り浸っている温泉がある」というものがあるらしい。知らなかった。この温泉、絶壁のすみっこにあった裂け目に作ったんだから、遭難者くらいは使えど、よほど人の耳には入らないと思ってたんだけど。まあ、ほかほかしてる魔物がいたら「え?」ってなるか。

 話が逸れた。

 旅人の女性もその噂を聞いてからこの温泉に向かった、と。モアに似た旅人に情報提供をした人から聞いたらしい。レイジたちは、自分たちも温泉に行こうとしたところ、思ったより吹雪がやばくて困ったそうだ。そんな時にヴァッサーに会って助けてもらい、温泉に案内してもらった。

 と思ったらナールに会うし、ヴァッサーは嘆いているし、訳が分からないとのこと。


 ――全然気づきたくなかったんだけど、レイジたちは、「モアの噂」を追ってこの温泉を探していたんだよね。

 でも実際にさっきまでいたのは、あの老人と同じ気配――つまり、詳細不明の不穏な神だったわけだ。もちろん最近はずっと私とナールの二人体制で気配や異常を警戒していたので、モアと思わしき人物が来ていたら分かるはず。でも、それはまだ来ていない。断言できる。

 つまり……モアとあの神の気配に、繋がりがある、ように感じてしまう。

 杞憂? それならどれほどいいことか。胸の中で何かがざわめく。


「気になることがあるんです」


 レイジが続けた。


「俺たちがモアの話を追っていくと、必ずと言っていいほど自然の中で途切れるんです。例えば、山とか川とか湖とか」


 ……水源、回ってるわけじゃ、ないよね……?




 ***




『ご苦労であった、人の子らよ。フォンテ様はそなたたちの消息を喜んでおられる』

「あ、ありがとうございます! 引き続き――」

『いや、これより先の報せは不要。そなたたちはこの場所のことを忘れ、今までの世すぎに戻るが良い』


 ナール……! 私が「レイジたちを巻き込みたくない」って言ってたこと、覚えててくれたんだ。

 本当に本当に当たってほしくない勘なんだけど、私を探しているのであれば、いずれ会うことになるはずだ。それなら、レイジたちに無理をさせる必要はない。


「何故ですか、眷属様! これでは全然――」

『フォンテ様の判断である。心得るが良い』


 ナールはそのまま、対人用の口調で会話を断った。

 レイジたちは、当然ではあるが納得はしていなさそう。でも、仕方がないの。




『フォンテ様~戻ったのだ~』

「おかえりなさいナール。私の言っていたこと、覚えていてくれたんですね」


 ナールは頷いたように体を上下させた。ナールも人間には厳しいと判断したらしい。さっきまでのギャップに、少し笑ってしまう。


「――女神様!」


 温泉では、まだレイジたちが納得できていないと声をあげている。

 もし異変がモアのせいであるなら、自分たちの生活を守るためにもモアの捜索に協力したいと言ってくれている。

 ありがとう。それ自体はとても嬉しいけど、神や精霊だって得体の知れない物に、人が関わるのは危険だと思う。

 私の中では「一緒に戦ってくれたら、心強いだろうな」って気持ちも囁いている。でも、それはできない。何故なら彼らは、私たちとは違うから。

 残った気配だけを感じたヴァッサーですら、決してレイジたちの意見に頷かなかった。きっとあれがレイジたちにとって危険であると分かっているんだろう。ただ「何」なのかの確信が持てない。


『関わるのは、とても危ないわ』

「でも、それって女神様や眷属様にも言えることで――」

『貴方たちは、この温泉に来るのだって苦労する人間でしょう? きっと――あれは、もっと危険なの』

「それでも……!」

『ナールや女神様も、レイジちゃんたちに傷ついてほしくないと思うわ』


 レイジたちは言葉を失った。こうやって会話することができても、自分たちは人間で、種族の壁は超えられない。

 何もできないって、辛いよね。

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