25.……そのようですね
えー、本日はお日柄も良く、ディーンの村の皆様におかれましては、水舞の儀式開催、誠におめでとうございます。
というわけで、あの時泣いてた巫女の女性がどうなったのかが、楽しみ。
『おぉ~これが祭りというものか!』
元気よく祠の周囲を飛び回るナール。
儀式と言われていたので、てっきり厳かな式なのかと思っていた。けれど実際は、いわゆる縁日という雰囲気だ。
祠の周囲はほぼ水だけど、祠と陸地を繋ぐ唯一の赤い橋のむこうには、人の賑わいが見える。人々の着物が色とりどりで、どこか懐かしい食べ物の匂いが漂ってくる。祠からではあまりよく見えないけれど、周囲の陸地には屋台のようなものがあるみたい。つくづく日本によく似ている。ナールはその楽しそうな雰囲気が好きなようだった。可視化してたら大騒ぎになっただろうな。
祠の前には、黒い飾り台が設置されている。黒く艶があるので、漆塗りだったりするのかな。飾り台の上には白磁の壺と、その左右になんか強そうな植物が飾られている。
この台が設置された時はなんだろうと思ったけど、まさか儀式という名の祭りが始まるなんて……お祭りって、なんかこう、独特の雰囲気がわくわくするよね。私も祠の前に座ってこの光景を楽しんだ。
巫女の姿はまだない。祠の中にもいないので別の場所で準備しているのかな。
なんて考えながら、祠のある島のようなところから周囲を眺めていると、例の巫女が静かな足取りで祠の前までやってきた。
彼女は飾り台の前で一礼し、祈るように目を閉じた。
いつの間にか、あれほど賑わっていた周囲は鎮まり返り、ナールも私のすぐ横に戻ってきている。
巫女はやがて白磁の壺を手に取り、ゆっくり頭上に掲げる。
そして、正面を振り返ってから大きく一呼吸を置くと、右足を一歩踏み出した。
***
全てが終わった時、彼女は拍手喝采に包まれていた。
踊りのことはあまり分からないけれど、彼女の動きは流れていく水のようだった。時折、壺からちゃぷんと零れる水滴が光を集めて、反射した太陽の光も舞を飾る装飾のように思えた。
とてもあのブリキ人形のような動きをしていた人と同じとは思えない。彼女は運動神経を嘆いていたと思ったが、どうやら乗り越えられたらしい。
祭り……儀式の後は、村はいつもの静けさに戻った。ディーンの村ではあの井戸を神聖なものと見なしているようなので、元々祠の辺りは静かだったんだけど、あの賑やかさを知った後だと余計に静かに感じる。
そんな静けさの中、祠の前に置かれた台や壺の片付け、祠の周りの掃き掃除が行われている。掃除助かる。
「今年の舞はなんか動きが違ったけど、あれはあれで良かったな」
片付けをしている男性がそう言い、周囲の人が笑った。
先ほど見た舞は、どうやら少し型式が古いようで、動きがシンプルなものらしい。多分あの巫女の女性、激しい動きができないから、自分ができそうな振り付けまで遡ったんだろうな。古い型式であるなら伝統を変えたわけでもないし、むしろ久しぶりにあの型の舞を見たと喜ぶ老人もいるのだとか。良かったね。
「これであの噂が消えたらいいんだけどねぇ……」
「ああ、モーアだっけか」
「あら、モアじゃなかったかしら」
掃き掃除をしている女性が首を傾げる。
私がここで聞いた話だと、「モア」だったと思ったんだけど……レイジは「モーア」と言っていたんだよね。別人の可能性もあると思っていたんだけど……そういうわけじゃないの?
もし同一人物なんだとしたら、モアはレイジの仇ということになるんだけど……なんだか、酷く寒気がする。温度なんか感じるはずないのに。肌が粟立つ感覚がある、気がする。でも……なんだか頭が痛い。まるで、ここにいてはいけない、誰かからそう言われているような感覚だ。
『フォンテ様、どうしたのだ?』
私と同じように、片付けを見守っていたナールが言った。
そうだ、私は大丈夫。
「いえ……なんでもないですよ」
……まだ早計かもしれない。焦ってはいけない。きちんと情報を集めよう。
***
ソファに思いきり背を預けて肩を伸ばす。
「うぅーん」
ふう、部屋に戻ってきたら落ち着いてきた。ナールにも心配をかけちゃった。
ディーンの村でモアの話を聞いてから、なんだか体調がおかしいことがある……神に体調とかないんだけどなぁ。
自分でもハッキリとは言えないけど、多分<この村の水も、いつか全て枯れる運命にある>という言葉が引っかかってるんだろうな……我ながら曖昧だけど仕方がない。
当然枯れたら困るんだけど、いまいち「枯れる」の実感が湧かないからだ。私が管理してるのに、枯れることなんてあるのかな。
『オアシスに誰かいるのだ』
私を心配してくれていたナールが、膝の上からそう言った。
無意識にナールを撫でていた手を止め、窓の様子を伺うと、よく日に焼けた、おじいちゃんだかおばあちゃんだか分からない容姿の老人たちが、木陰で風を楽しんでいた。老人たちの被っているターバンが、リズムよく揺れている。
「あ~今日も暑いな」
「オアシス一つ減ったの不便よな」
思ったよりファンキーな口調だな。
「なんかオアシスが毒まみれになったって聞いたぞ」
「だなぁ。んで、毒の魔物もいたとか」
老人たちは木から採った果実をむしゃりながら、私が待っていた情報を話し合っている。
「そういやぁ、昔もこんなことあったっけな」
「――あぁ、あのなんとかっちゅう村か?」
「そうそう、あの……なんとかっちゅう村な」
どこの村? 重要よそこ!!
「あの時も確か、毒の魔物が出たんだったなぁ……よく覚えとるよ、なんせわしらもよく知る魔物の――なんじゃったかな」
何がよく覚えとるだ! 嘘をつくな!! 期待しちゃったじゃん!
ナールが膝で『我もよく忘れる』と呟いていたが、精霊の時間間隔が分からないので突っ込むのはやめておいた。
老人たちは自分たちの記憶力にゲラゲラ笑い始めてしまい、肝心の魔物の情報が出てこない。おい頑張れよ!
「ギルマン」
「え?」
「そうだったそうだった! ギルマンだギルマン!」
老人たちは大盛り上がりだ。たった一言「ギルマン」と言った老人は、目をつぶって動かない。寝てる?
「ナール、ギルマンとは有名な魔物ですか?」
『有名? それは分からぬが、数が多く陸でも水でも生きていける魔物である』
「ギルマンも、ケルピーと同じように水辺を住処にしていることもあるんですか?」
『うむ、それは十分あり得るのだ』
膝の上でナールが淡く点滅する。
数が多いのであれば、人間の中でも有名にはなるのかな。人目に触れる機会が多いみたいな。
もしそのギルマンが毒化したのなら、今回のように水からの影響で毒化した話はあり得る。それに両生類みたいな生態なら、虹の入り江の村付近にいてもおかしくない。
「あの時は確か村でギルマンが暴れたんじゃなかった?」
「そうだったか? わしは黒い魔物が乗り込んできたって聞いたぞ」
黒い魔物……?
「わしは紫の魔物の大群って聞いた」
「え、わしは茶色。ギルマンと茶色の魔物、両方のせいで滅んだと聞いたぞ」
誰が何色って?
情報が錯綜している。この辺りはレイジに聞いた方がいいのかな……でも本人に聞くとトラウマ抉ることにならないか?
結局、老人たちはこの話以降は好きなだけ過去の話をして、水を飲んで、帰っていこうとしている。黒い? 紫? 茶色? どれなんだよ、ハッキリさせてから帰ってくれよ。
全く……参考になったような、ならなかったような。
尻や膝の砂を払いながらもおしゃべりを続ける元気な老人たち――その中に、先ほど「ギルマン」とだけ言った老人もいるが、彼は目も口もあまり開いていないようだ。
全員が荷物を持ってさあ帰ろうとしている最中、一人の老人がこちらを振り返った。
そしてその小さな目が開き――。
「?!」
『フォンテ様、我の後ろへ!』
鋭い何かがこちらへ飛んできた――ような気がした。いや、飛んできたんじゃなくて……貫かれた?
ナールが飛び上がり、いつもより大きく炎を揺らめかせている。荒々しく揺れる炎が、今の出来事の異常さを際立たせる。
窓を見ると、すでに老人たちはいなくなっていた。
夢……じゃない。あの貫くような視線は、本物だった。いや、あれは本当に視線だったの? もっと鋭くて、痛いもののように感じた。太ももの震えが収まらない。
「いまのは……」
『……人ならざる気配だったのだ』
あの老人から? あんなに自然に混ざっていたのに?
それに、火の精霊だったナールでさえ気付かないなんて。
『フォンテ様、しばらくはお一人で可視化せぬ方がいいかもしれぬ』
「……そのようですね」
窓を覗くのが、怖い。




