23.その村のことを調べたいんです
遺跡に隣接したオアシスの水が汚されてから、私のオアシスに来る人間が増えた。大切なオアシスが減ったんだから、みんな他の水場を使うよね。
使う分には構わないけど、事故で泉に物を落とす人が増えている。例えばスカーフだったり、子どもの靴――しかも片方――だったり、食べていた果物だったり……一人一人に登場するもの面倒なので、基本は底の部屋で回収。なんなら、食べかけの果物はゴミだ。
故意じゃないから許すけど、人の食べかけなんて触りたくないんだよチクショウ。だからと言って囲いでもつけようものなら、動物たちが使えなくなる、それは許さない。物を落とさずに使えぃ。
ゴミ袋に落とし物を入れて縛った時、ナールが底の部屋に入ってきた。
『フォンテ様、水の精霊が温泉に来てるのだ』
あっ! あの水でできた人魚か!
『あら、貴方がここの女神様なのね』
湯船から飛び出ている、頭を模った水が揺れる。彼女の頭の中に浮いているジリャオの葉も、それに合わせてゆらゆらしている。
ナールに頼んでいたおかげで、先に私の情報を知っているようだ。説明めんどいんだ、ありがとうナール。
『うふふ、私この温泉大好きなの♪ ジリャオを入れるなんて、センスあるのね女神様』
効能調べて適当に入れただけなんだけど、喜んでいるのなら何より……。ジリャオの葉って「お茶にして飲むと免疫力の向上。潰して患部に塗ると火傷やけがの治癒を助ける。美白効果がある」なので、精霊には関係なさそうなんだけど……気持ちの問題か?
『そうそう、ナールから聞いたわ。ちょうど私も気になっていたのよ、毒化したオアシスのこと』
えーっ! ナールってば、オアシスのことも聞いておいてくれたの?! 優秀すぎない、私の眷属!
と思いつつも顔には出さず、私は「何か知っていることが?」と続きを促した。
『残念ながら、詳しいことは何も知らないわ。でも……女神様は虹の入り江の村の話を知ってるかしら?』
「虹の入り江? いいえ、知りません」
『あらそうなの。じゃあ教えてあげるわ』
ヴァッサーの話は、少し前に起こった村が一つ壊滅した話だった。
虹の入り江という美しい場所にあった村が、何者かによって一晩で消えたという内容だ。
『それが起こる直前にも、毒を持った特殊個体の魔物が現れたって聞いたのよ。だから、今回の出来事が前兆という可能性があるわ』
それはとても重要な情報ではないですか?!
「それは、どういう魔物ですか? 村にその魔物が現れたということでしょうか?」
『そこまでハッキリとは覚えてないわ、ごめんなさいね』
「そうですか……その話は、どなたから聞いたお話ですか?」
『ウェントスよ。風の精霊なの』
風の精霊……!
ヴァッサーは『私は精霊になってまだ間もないのよね』と続けた。
ちなみに、風は地形関係なく世界中のどこにいられるので、情報がとても速いらしい。
『ウェントスか……あやつに会うのは難しいのだ』
『そうね。とっても気まぐれだものね』
……村壊滅の前兆、か。なんて嫌な話だろう。
虹の入り江について調べた方がいいんだろうけど、ナールも知らないみたいだし、どういう切り口で調べるといいんだろう。結構重要な話だと思うんだけど、具体的にどれくらい前かも分からないし、どうしよう。
誰かにお願いする…? でも、ナール以外で誰か頼めそうな人は、エレフ、アルトゥリアス、シャナくらい。夢に出れば、もう少し頼める範囲は広がるけど、頼みごとができるような関係性の人は全然いない。私のネットワークって狭いな。
私はしばらく黙って、温泉の湯面を見つめた。白い湯気の向こうで、ヴァッサーが興味深そうにこちらを見ている。
……女神を名乗っている割に、頼れる相手が少なすぎる……いや、分かってたけど。分かってたけどさ。
『あら、難しい顔ね女神様。悩みごとかしら?』
正直に言うのもどうかと思ったけれど、ヴァッサーは精霊だ。変な忖度もいらないだろう。
「その村のことを調べたいんです。でも、私は人の世界にあまり干渉できないし、情報網も乏しくて」
『ふぅん、神様って案外不便なのね』
悪かったな、と思いつつも否定はできない。
『そうねぇ……確実とは言えないけど、一応方法はあるわ』
「……ありますか?」
ヴァッサーは湯の中でくるりと一回転してから、軽い調子で言った。
『人に調べさせるんじゃなくて、“人が勝手に集まる場所“を見張るのよ』
「……?」
『人間の噂は人間が生むものでしょう? 以前似たようなことが起こったんだもの、噂が生まれる可能性は高いわ』
「なるほど……」
『ねえ、女神様の知る場所に<人が集まる場所>はないかしら』
――あ。
そうだ、オアシス。
しかも最近、人が増えている。理由は「隣のオアシスが使えなくなったから」。
つまり……。
「オアシスを重点的に見張っていれば、チャンスがある……?」
『そういうこと♪』
ナールが小さく「なるほど」と唸った。
「ヴァッサー。もし同じような異変を感じたら、私を呼んでくれますか?」
『もちろんよ。温泉仲間ですもの』
温泉仲間ってなんだろう。でも心強い。
「ありがとうございます。とても助かりました」
『どういたしまして♪ じゃあ私はもう少し温泉を堪能していくわね』
そう言ってヴァッサーは湯の中へ溶けるように沈んでいった。温泉の楽しみ方が独特だなぁ。
残された私は、ため息を一つ……よし。
「ナール、しばらくは人が集まる場所を中心に動いてください。私も、オアシスをメインに、森の泉・ディーンの井戸を見守ります」
『任せるのだ』
さて、鬼が出るか蛇が出るか。




