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21.久しぶりですね、エレフ

 レイジたちは、真剣な面持ちで私からの依頼を了承した。彼らならそう言ってくれると思っていた私は、用意していた「妖精の恵み」を1つ、彼らに渡した。

 これが「妖精の恵み」だと伝えると、エレフの付き人がひっくり返った。


「こ、こここここれが?! まじ?! えっ……」


 盗賊の女性が、口の端からよだれをこぼして興奮している。他の3人もとても驚いた様子だ。

 ……もしかして、人が持つには過ぎたアイテムなんだろうか。確かに、あの泉の水は特殊な瓶でしか汲めないから「貴重なんだろうな」とは思っていたけど、まさかこんな反応が返ってくるような代物だったの? でも、ナールもこれがめっちゃくちゃ貴重だとは思ってなかったみたいだし、私が知る由はなかったんだ……。

 それに、レイジたちなら悪用しないだろう。


「さすがはフォンテ様」


 そう瞳をキラキラさせているのはエレフだ。大人になったとは思っていたが、視線は以前と変わらない。


「久しぶりですね、エレフ」

「はい。またこのようにお会いできて光栄です」


 エレフが跪き、また膝が汚れる。付き人はひっくり返ったままなので、彼の悲鳴は漏れてない。

 私には、エレフが今どんなことを取り組んで、どんなことに悩んでいるのか分からない。けれど、砂漠の貴重な水源だったオアシスが1つ汚れてしまったというのにこんな顔をしているんだから、きっと、すごく頑張っているんだろう。


「我が国でも、そのモアという人物の情報があればフォンテ様にお伝えいたします」

「協力ありがとうございます、エレフ」


 エレフは、協力の申し出こそすれ、今自分のしていることの報告はしてこなかった。なんなら、ようやく意識を取り戻した付き人に肩を貸してあげている。付き人はフラフラしていて、最初、自分に肩を貸してくれている人物が王子だということに気付いてなかった。そして地面を踏みしめるようになった頃にそれに気付いて、また卒倒しそうになっていた。かわいそかわいい。


「女神様、どうか眷属様にも御礼をお伝えいただけますでしょうか」


 ケルピーと対峙した時のナールはとてもすごかったらしい。本人?はあっさり「ケルピーは倒したのだ」と軽く言ってたので、どのくらいの規模感なのか分からなかった。けれど4人が口々に「一瞬でケルピーを圧倒した」「とてつもない炎を操っていて、言葉を失った」等と褒めるので、やっぱりナールってすごいんだなぁと思った。ナールにとっては何でもないことだったからいちいち私に言わなかったんだと思うけど、めちゃくちゃ褒めたいので教えてほしかった。

 静かに話を聞いていると、突如地面の底から声が響いてきた。


「……眷属様?」


 違った。発声源はエレフだった。

 さっきまでニコニコしていたのに、今はなんだか瞳孔が開いている。


「フォンテ様、僕を第一の眷属にしてくださるんじゃなかったんですか……?」


 いやいやいやいや。そんな約束はしてないよ、本当に!

 だからそのメンヘラ顔やめて! 別に私は浮気してないんだから!


 私は口を閉じて可視化を解除した。




****




 さて、モアに対する情報の依頼をかけたはいいが、いったんやることがなくなった。正確に言うと、いつも通りやることがない。何故なら私は普段、ソファでダラダラお茶を飲んで本を読んでいるか、お風呂に入ってのんびりするくらいしかしていない神だからである。たまに底の部屋を掃除することもあるけど、基本は綺麗なのでちょっと拭くだけで終わる。

 慌ただしいのは嫌だけど、暇すぎるものなぁ。趣味でも見つけるか……?


『フォンテ様、森に人の子らが集まってるのだ』

「え?」


 窓の風景が、井戸から森に切り替わる。

 するとそこには人だかり。

 泉の正面はモーセの十戒のように道が開けられ、左右にはやけに明るい色の服を着た人々がざわめいている。

 突然なんだろうと思って見ていると、道を通って、男女が泉の正面までやってきた。

 男性は、緑色のチュニックに白いタイツ、花の飾られた帽子に、同じく花が飾られた革靴。

 女性は、長めのチュニック型ドレスに黄色のエプロン、その上から細かな刺繍が施されたベスト、整えられた茶髪に、私とお揃いの黄色の花冠、そして胸元には赤い石のブローチが輝いている。あのブローチは、私が女神として初めて会話した女の子がつけていたものだ。


『これは……何をしているのだ?』

「うーん、なんでしょうか」


 首を傾げる私と、窓の前で上下するナール。人の配置的に結婚式のように見えるけど、こんな泉の前でやる?

 女性は、一冊の本を取り出した。爽やかな青色の表紙の本だ。表紙には少し崩した文字で「泉の女神様」と書かれている。ざわざわしていた後ろの人々が静まり返る。


「私はこの泉の女神様の前で、悲しみ深い時も、喜びに満ちた時も、彼を夫として愛し、敬い、共に過ごす事を誓います」


 ――そっか。結婚って、神の前で夫婦になることを誓う儀式なんだ。私の想像していた結婚式は牧師や神父の問いかけに「誓う」と答えるものだけど、彼らを通さず「神」に直接宣誓してもいいのか。

 そして、彼女たちは「私」に誓ったんだ。

 男性も女性と同じように、本を取り出した。こちらは表紙にタイトルもなく、女性の持っている新品の本とは違い、ページの端に癖がついている。


「ねえ、本当にその本にするの?」


 女性が小さな声で男性に尋ねた。男性が持っている本に何か不満があるようだ。


「もちろんだよ……まあ、女神様には一度お渡ししてるんだけどね」

「え?」

「私はこの泉の女神様の前で――」


 女性や私の疑問を遮って、男性は宣誓を始めた。


『フォンテ様』


 いつの間にか、ナールが一冊の本を持ってきていた。宙に浮かんでいるのは、いつの時だったか「泉に落ちてきた」とナールが拾った物だ。本の内容は、元気な女の子が森の泉に指輪を落としてしまい、そこに女神様が現れて……という物語だ。

 私が読んでいる間にどんどんページに癖がついていってしまったその本には、タイトルが書かれていない。


『この本、あの者が持っている本と同じではないか?』

「……本当ですね」


 そういえば、この本は誰が泉に落としたのか分からないままだった。ということは、彼がこの本を?

 男性が泉にむかって跪いた。女性はなんだか腑に落ちない表情で、同じように泉の前でしゃがみ込む。


「……これは私の書いた物語です。良ければ読んでください、()()()()()()()()


 そうして、女性は持っていた本を泉へと落とした。涙が一粒だけ、本とともに降りてくる。それを見守っていた男性も、同じように本を沈めた。

 大きな拍手に包まれながら、二人は立ち上がって周囲を振り返る。


 この大勢の前に姿を現すつもりはないけれど、「彼女の神様」として祝福を贈ろう。

 拍手が続く中、ソファから身を起こして立ち上がる。底の部屋にあるフェアリーサークルの真ん中で、静かに天を仰いだ。

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