19.貴方が落としたのは、どの布袋ですか?
ディーンの村での出来事からしばらく経った。日数で言うと……どれくらいだろうか。寝室とソファとお風呂が拠点なので、残念ながら日付感覚がなく、よく分からない。窓の外は風景だけど、木々と砂漠と岩肌しかなくて、室内もなんもないし……見ててもあんまり変化ないからさ。
とにかく、多少の時間が経ったある日、相変わらずソファでダラダラする私は、オアシスに見た顔の人々が現れたことに気が付いた。男1人、女3人の冒険者――あれ、森の泉で財布を投げたレイジとそのハーレムパーティじゃないか。お久しぶりですこと。
顔ぶれに変化はないが、よく見るとあの時より少しは落ち着いたような雰囲気がある。あの時は女性陣の視線がバッチバチに火花を散らしていたが、今はそうでもないような感じがする。
「あの物語のモデルになったオアシスっていうのはここか」
レイジがそう言った瞬間何のことか理解ができなかったが、サラサラと流れる砂を見て思い出した。そういえばエレフが「このオアシスと僕をモデルにした、王子が女神様に恋をするという内容の物語が出回っている」と言っていた。あれ読んでここに来るって……やっぱり色恋沙汰のトラブルでもあるのだろうか。専門外なんだが?
「……以前訪れた森の泉にも、女神様に纏わる物語が出ていましたね」
「あっ、木の指輪を落とした女の子と、羽の生えた白馬に乗った女神様のやつぅ?」
「そういやあったわね、そんな物語も」
あれ、それなんか聞いたことあるなあ……匿名で泉に放り込まれた本だ。あれ、私なんか物語になりすぎじゃない? さすがに恥ずかしいんだけど、ところで私にも印税は入るのかしら。いつお金を渡してくれてもいいんだけど――いや、使い道もないんだから、必要ないのか。
「……もしかしたら、またあの女神様に会えるかもしれない」
……ん? もしかして、レイジは森の泉に何回か来てたのかな? ごめんよ、私もずっと窓の風景見ながら誰か来ないかなって張り付いたりしてるわけじゃないんだ。ベッドで寝たり、お風呂入ったり温泉に行ったり忙しい時は、各所の様子なんて気にしてないんだ。誰に聞かれているでもないが、何故か言い訳したくなる。いったん落ち着いて、クッキーでも食べようそうしよう。
「最初にお会いした時は、全財産をあの森の泉に入れたら女神様がいらして、財布を全部返してくださったんだが……」
「二度と勝手なことしないでくださいね」
狩人の女性がレイジを見遣る。レイジは気まずそうに顔を背けた。
え、待ってあの時のお金、独断でやったことだったの? 良かった返して……そうじゃなかったら、彼らの旅の資金がなくなるところだった。何も得られなかったのにお金失うの辛すぎるでしょ。
「でも、それ以降は反応なくなっちゃったんでしょ? 女神様に会う条件でもあるのかなぁ」
ないです。
「あの時って、どんな会話をしていたんだっけ?」
「確か、泉の水を飲んだら傷が治ったのよね」
「特別な会話はしていなかったと思いますが……」
「そうだな。それでそのあと、俺が女神様にモーアの情報を聞けないかと思って、財布を投げ入れたんだ」
モーア……?
『……ナール』
今日もまた温泉に行きっぱなしの我が眷属に問いかける。自分の記憶に間違いがないかを。
『ディーンの村で聞いた、村人の噂を覚えていますか?』
『んん? ああ、あの<村の水は全て枯れる>等と言った不敬な人間の話か? もちろん覚えているのだ』
『その旅人、辛気臭い女だと言われていましたよね』
『うむ。フォンテ様の加護する泉が枯れる等、不敬にもほどがあるのだ』
モアとモーア。女性。
情報はこれだけだが、偶然というには出来すぎている。
レイジに情報を渡した方がいいのだろうか? なにせディーンの村で噂を聞いた時から時間が経っている。けれど情報であることには違いない。
クッキー片手にソファに座って考えていると、ふよ、と頭上に気配が動く。いつの間にか温泉から戻ってきたんだ。私がこんなに考えていることが普段ないからね。
ナールに以前のレイジから聞いた「モーア」という女性の話をすると、ナールもどうやら引っ掛かるものがあるようだったが、今の時点では判断が付かないようだ。
今はとりあえず、レイジたちの要件を聞いてみよう。私に会えるかもということは、用事があるのかもしれない。ナールと私は、そのままオアシスの様子を窺った。私はクッキーを齧った。
「レイジ、女神様にモーアのことを聞いた時は、女神様はモーアのことは知らないからと財布を返してくださったんですよね?」
「ああ、間違いない」
狩人の女性は唇に指をあてた状態で数秒考え込むと、確信はない様子で呟いた。
「でしたら、今一度全財産を女神様に捧げてみるのはどうでしょうか?」
「ええ~!! うちらのお金なくなっちゃうじゃん!」
「それはそうですが、あの時は<情報はない>という答えをくださるために、レイジの前にお姿をお見せになった。とても慈悲深い女神様なのでしょう」
「それはそうだ」
「情報があれば私たちのお金は無くなりますが、その時は女神様から啓示をいただけます。それは本来、お金で買えるものではありませんので、ありがたく頂戴しましょう……もし女神様が情報をお持ちでなかった場合でも、またお姿をお見せくださる可能性はあります」
ええ~!! 私がすっごいがめついみたいじゃない?!
ナールが『フォンテ様はお金が好きなのか?』と聞いてくる。違います。
ところで、懸念点がある。
それは、私が「彼らの願いを叶えられるのか」ということだ。
確かに私にはいくつか能力がある。けれど泉の女神のはずなのに、実は私は「水を操る」能力がない。酸素が必要ないので水の中を移動したり、水の上を歩くことはできる。それから、自分の担当となった場所に水源を作ることができるが、それは「水を操る」能力ではない。しかも、水源からは遠く離れられないという制限付き。リードに繋がれた犬状態なのだ。
ナールに以前水を操れるのかと聞いたら『ん? フォンテ様、我は元々火の精霊。水は操れないのだ。火なら手足の如く操れるぞ』と言っていた。手足ないだろ。
とにかく、私たちは「泉」の女神の要素が少ない。一応、なんでも取り出せるクローゼットはあるけど、それも別に水特化なわけじゃないし。え、私って本当に泉の女神名乗っててもいいの?
クローゼットだって、きっと私の能力の一部だ。そう考えていると、案の定レイジがお金の入った布袋がオアシスへと投げ入れた。底の部屋から、鈍い音が響く。うぅーん、まだ心の準備が出来てないんだけど……あ、そうだ。
私はクローゼットを開けた。
「貴方が落としたのは、どの布袋ですか?」
可視化した状態で、レイジたちの目の前に3つの布袋を並べる。1つは金糸煌めく金襴の袋。1つは銀糸艶めく金襴の袋。1つは普通の布で作られた袋。
この「金の斧? 銀の斧?」をやるのは久しぶりだ。すごく泉の女神っぽい! いや別に「泉の女神とは」って自問自答したせいじゃないからね。たまにはこれやっとかないとなって思っただけだからね。違うからね。
私の問いに、女性陣はひどく驚いたのか固まっている。もしくは、女神が現れたことに驚いているのかもしれない。そういえば、彼女たちに姿を見せるのは今回が初めてだ。
驚きで動けない女性陣とは対照的に、レイジは少しだけ目を見開いている。彼だけは以前接触しているので、そこまで驚くことでもなかったようだ。しかし私からの質問には戸惑っているようで、「普通の布の袋です」と答えながらも首を傾げている。
「正直者の貴方には、すべての布袋を授けましょう」
3つの布袋を差し出すと、レイジは「思わず」と言った様子で受け取った。しかし、すぐに我に返る。
「女神様、どうか俺の話を聞いてください」
狩人がぎょっとした表情でレイジを見ると、素早く彼の後頭部を掴み、頭を下の方へ押し込んだ。
「無礼な態度をどうかお許しください!」
そう言いながらも、彼女の顔も地面を向いている。こんな態度で接されたことないんだけど……。瞬きをしている間に、彼女は盗賊や戦士の女性にも「女神様に失礼ですよ!」と言い、頭を下げさせている。あれかな、「頭が高い!」ってやつかな。
別に全然気にしてないし、なんなら落ち着かないから、普通にしていて欲しい。
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レイジたちの話をまとめるとこうだ。
まず、レイジは災害のあるところに、自身の復讐対象であるモーアがいるのではと思い旅をしている。
そんな旅のさなかに「あるオアシスで休憩した人たちが、こぞって体調不良を訴えている」と話を聞く。今回こそモーアに関わりがあるのではと思い、エーデルシュタイン王国に行くと、想像以上に大きな騒ぎになっていた。
情報を集めると、王国の調査では「遺跡に隣接しているオアシス」に行った人々にその症状が出たこと、その遺跡に驚くほど魔物がいないこと、さらに、調査に向かった隊員たちも体調を崩したことが明らかになったそうだ。現在そのオアシスに人が近づかないように、国が閉鎖しているらしい。
レイジたちは、自分たちが「災害」に関して独自に調査している旅人だと報告し、なんとか遺跡の中に入れてもらった。遺跡の中には本当に魔物が少なかったのだが、迷路のような遺跡の奥の方へ行くにつれ、頭痛がするほどの異臭と共に、彼らもまた体調に異常を感じ始めた。
これはおかしいと思った時、遺跡に点在する沼から、上半身は馬、下半身は魚のような魔物が現れた。それは明らかにレイジを敵視していたらしく、突進してこようとしていたとのこと。
怪我を負いながらも撤退はできたが、今のままでは解決は厳しい。精霊の力を借りれないかと思っていた際に、「王子が女神様に恋をするという内容の物語が出回っている」話を聞いた。
そんなわけで、精霊ひいては神を探していたんだってさ。
え、説明の意味分かんない? 要するに遺跡調査のために魔物を倒したいってことでしょう。
これに関して、私だけでは恐らく何もできない。
けれど私には優秀な眷属がいる。つまり、一度ナールに意見を聞いてみるのが得策な気がする。
ということで、レイジたちには明日同じ時間にこのオアシスに来るよう伝え、1日時間を貰った。
私の今の考えはこうだ。
「遺跡に隣接しているオアシス」に起きている異変は、その沼もしくは、沼にいたという魔物が原因。
そして人々の体調不良と、頭痛がするほどの異臭という点から、「毒」に近いものだと思う。そして、その沼はもしかして毒の沼なんじゃないだろうか。
それでは何故遺跡に毒が混ざったのかというと、それはハッキリは分からない。ただ……同じ砂漠にある私の掘ったオアシスには異常がないので、そのオアシスの水源そのものに何かがあったはずだ。
何故、このオアシスは、私の管轄じゃないのだろう。まだ私の力が足りず、こちらのオアシスを管理できる権限がない可能性は十分ある。けれど、それなら「誰」の管轄だったの? 管理している神はいたの?
……分からない。
最初、初めて森の泉に来た時、ゴミ等の影響で水は錆で赤く濁り、とてもじゃないけど生き物が使える状態じゃなかった。あの泉はディーンの村の井戸のように、人間の手も入っていない状態だった。
もし、私が掃除をしなかったら、どうなっていた?
「……」
いや、今はこの問題を解決する方が先だ。
私はナールにレイジからの情報や、自分の考えを述べた。するとやはり私の眷属、魔物ことも知っていた。
『それはケルピーという魔物なのだ』
「ケルピー?」
『うむ。主に人間を水中へ引きずり込んで命を奪う、悪趣味な魔物なのだ』
「本当に悪趣味ですね……」
どういう癖?
『ただ、通常、ケルピーが毒の沼を住処にしたというのは考え難い』
「では、毒の沼じゃなかったんでしょうか?」
ナールはソファの上でくるりと回転した。
『住処にしていた水場が毒と化した――これなら十分に考えられるのだ』
先ほどの考えが、頭から離れなくなった。掃除されなかった泉は、どうなる?
『だが、ケルピーを倒すのは簡単なのだ』
「え、本当ですか?」
『うむ。焼き払えばいい』
ん?
「焼き……」
『我の力を持ってすれば、簡単簡単』
「火って、水で消えるのではないですか?」
よくある相性じゃ、水は火に強いはずなのに……?
『半端な火であれば、水に消されるやもしれん。だがフォンテ様、水を蒸発させるのは、火であるぞ』
そう言われればそうだ。
いや、きっとこれはナールが火の精霊だったから言えることなんだ。圧倒的な炎の力を持つ精霊、ナールだからこそ。
ああ、私の眷属はなんて――。
「では……ケルピーを何とか出来ますか、ナール」
私は体をきちんとナールの方へと向け、真剣に告げた。
ナールはいつもの調子で、炎の色を変化させる。
『もちろん――我に任せるのだ』
なんて頼りになるんだろう。




