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番外編.精霊様……?

 ナールの朝は早い――ということはない。そもそも精霊や神に時間の概念はなく、その時に思ったことを行動しているだけだ。だからと言って、理性がないわけでもない。そんな複雑な存在だ。さらに、元火の精霊で、今は泉の女神の眷属神をしているナールは、かなり特異な存在と言えるだろう。もちろん、ナール自身は何も気にしていない。

 さて、そんな眷属の今一番ホットな場所は、温泉だ。仕える神・フォンテが創り出したそれには、ジリャオの葉――温泉に放り込んだ植物――が浮かんでおり、大きな穴に湯気の立ち上る水が溜まっている。ジリャオの葉がその狭い空間にふよふよを浮かぶ様子や、こぞって雪山の生き物たちが浸かりにくる様子が面白い。つい先日もクリュスタロス(怪鳥)が温泉へとやってきていた。温泉へと続く岩肌にその巨体をめり込ませてやってくるものだから、たどり着くころには大きな羽が2~3枚抜け落ちている。そこまでして温泉に浸かりたいことを、フォンテが知らないことも、ポイントが高い。


 ナールが温泉へ向かうと、白い馬が優雅にお湯に浸かっていた。珍しい先客がいたものだ。

 赤色の炎を揺らめかせ、自然とその向かいを陣取る。いつもは火の玉状態を解除し、本体になることが多いが、今日は彼がいるので、そのままにする。

 ナールの存在に気が付いたその馬は、1つ首を傾げ『精霊様……?』と零した。そういえば、言葉を交わしたことがなかった。


『否、我は泉の女神フォンテ様の眷属ナールである。其方のことはフォンテ様から聞いているのだ』


 イディナロークの耳としっぽが左右に揺れる。間違いなく喜んでいた。


『フォンテ様の眷属様』

『うむ、そうであるぞ』


 イディナロークの瞳が期待に満ちてキラキラと輝いた。

 それから、1柱と1匹は念話を続けた。話題はもっぱら、フォンテのことだ。たまにかの神が創った森の泉、砂漠のオアシス、そしてこの温泉のことも話題に挙がる。しかし結局はフォンテの話へと収束していく。

 イディナロークとの会話は、存外楽しかった。ナールがフォンテの話をする相手が、本人しかいなかったからだ。イディナロークは、ナールから自身の知らないフォンテの話を聞けて非常に満足しているようで、ナールのことも『ナール様ナール様』と呼び慕っている。 ――自分の主が、他の生き物からもこれほど真っ直ぐに愛されている。その事実は、ナールの炎をいっそう誇らしく燃え上がらせた。

 こんなに慕うものであれば眷属にしたって良いだろうに、ナールの神はそれをしない。彼女は大変慈悲深く、生き物の命を脅かす行為はお気に召さないらしい。フォンテ本人は「慈悲深い」というと微妙な表情で否定するが、「命」ましてや自分より下位の者の存在を気に掛けている時点で、よほど情け深いのだが、気付いていないのか認めたくないのか。


『そろそろ行く。ナール様、ありがとう』

『うむ。こちらこそ有意義な時間であったぞ、イディナローク』


 また会おう、とナールが告げると、イディナロークは尾を揺らして姿を消した。




***




 あくびが止まらない。神なんだから「眠い」なんてないはずなんだけどなぁ。不思議だなぁ。

 腕をまっすぐ上に伸ばして体をほぐしていると、ナールが今日も元気に戻ってきた。


『たっだいまなのだフォンテ様』

「おかえりなさい」


 ふよふよと浮かぶその姿が、なんだかいつもより上機嫌に見える。


「なんだか機嫌がいいですね」

『イディナロークと温泉を楽しんできたのだ』

「えっ」


 嘘でしょ、イディナローク温泉来てたの?! 私も会いたかったのに~~~!

 何で呼んでくれないの――とはさすがに見当違いなので言うことはないが、どうしてもこの残念な気持ちが拭えない。いいなあナール……私も久しぶりのあの素晴らしい毛並みを堪能したかったぜ……。

 というか、イディナロークとの温泉が楽しかったから、こんなに上機嫌なのか。知らないところで二人(?)が仲良しになることはとても良いことだ……そこに私がいなくとも。

 内心残念がる私を見たのか、ナールがピカピカと炎の色を変えていた。

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