02.ハッ! これはチャンス!
誤字修正しました。いつもありがとうございます。(2/25)
きれいになった泉を窓から眺めながら思った。
仕事ってもう終わり? それともここはみんなに泉を快適な空間にするべく匠となって改造を図るべき?
寝室でベッドに横になって考えていると、泉の底の部屋から、ことっと音がした。また何か捨てられたんだろうか。
泉の底の部屋――長いから、底の部屋にしよう――の扉を開けると、赤い石があしらわれた小さなブローチが落ちていた。今まで捨てられていた物とは違い、ずいぶんきれいな状態だ。
はて、と首を傾げると今度はリビングから声が聞こえた。
「あぁっママのブローチが!!」
リビングの窓には、くるくるの茶色の髪をしたかわいい女の子が泣きそうな顔で泉を覗き込んでいた。幼い女の子の声だったので、このブローチはあの女の子の物なんだろう。
「ハッ! これはチャンス!」
大慌てでクローゼットから物を取り出し、「可視化!」と叫んで玄関に向かった。
「ママのブローチ、どうしようぅ……うわぁ~ん!」
徐々に女の子の座り込んで泣いている姿が見えてきた。私が泉から足首まで出てきたところで、女の子はハタとこちらを見た。泣き顔から、呆然とした顔になるのがよく分かって、微笑ましい気持ちになる。
私は努めて優しい声を出した。
「あなたが落としたのは、この金のブローチ?」
「ううん、違う……」
呆然としながらも、差し出した金のブローチを見てしっかり呟いた。
「では、この銀のブローチ?」
「これも違うの……」
「では、この赤い石のブローチ?」
「それ!」
見るからに笑顔になった女の子は、立ち上がってブローチを指差した。
正直でかわいい反応に、思わず笑みを浮かべた。
「とても正直なあなたには、全部のブローチをあげましょう」
3つのブローチが乗った手を出すと、女の子は困ったようにこちらを見上げてくる。
「……いいの?」
「ええ。これからもその正直な気持ちを忘れないでね」
「うん! ありがとう、きれいなお姉さん!」
いい子!!
そのまま私が泉に戻るまで、女の子はブローチを握り締めて、ずっと手を振ってくれていた。あんなにかわいくていい子に金の斧? 銀の斧? できて良かった。
その数日後、リビングの窓に同じ女の子が映る。今度は何かと思って見れば、黄色の花でできた冠を手にしている。そしてそれをおもむろに泉へと投げ入れた。
そうして誰もいない泉に向かってにっこり笑った。
「お姉さんにお礼!」
底の部屋に行くと、黄色の花冠がポンと置いてあった。嬉しくなった私は、その花冠をつけてさっそく彼女へお礼を言おうと思った。しかし女の子はすでに泉の前からいなくなっており、姿は見えない。私はこの部屋と泉周辺しか動けない――と思ったけど、「夢に出る」っていう幽霊染みた能力を貰ったんだった。
あまり気は進まないけど、他にお礼を言う手段がないので、花冠を付けてベッドに横たわってみる。
すると、暗かった視界が段々明るくなり、次第に白くなった。よく見ると、女の子が少し離れたところに後ろを向いて立っている。そちらに近寄ってみると、女の子はすぐにこちらに気が付いて笑顔になった。
「泉にいたきれいなお姉さんだ!」
相変わらずいい子である。
「こんばんは」
「あっお花のかんむりつけてくれてる!」
「お礼を言いに来たの。素敵な冠をありがとう」
えへへ~とはにかむ女の子に癒されていると、白かった周りに靄がかかり始める。もしかしたら、女の子が起きるのかもしれない。
女の子も、もう終わりだと気付いたのか慌てている。
「お姉さん! また会える?」
「あなたがこれからも自然と仲良くしてくれていたら、また会えるよ」
「――うん! 仲良くする!」
両手で大きく手を振る女の子に合わせて、私も手を振った。やがて靄が完全に女の子を覆い、気が付いたらベッドで横になっていた。
泉を汚した人はムカつくけど、ああいういい子とは仲良くなりたいなぁ。
リビングのテーブルに、また紙がある。
『女神力アップ! 神罰の能力を手に入れた! 罰を与えると唱えるとムカつく相手に罰を与えられるよ。罰の重さはイラつきに比例するよ』
人間にとって恐ろしいであろう神罰を、そんな軽く紹介するのはどうかと思う。
またしても数日後、底の部屋から「がごん」と音がした。
何だと思って見てみると、歪んだ鍋と割れた皿が落ちていた。また泉をゴミ箱と勘違いしてるやつがいるのか――というか、今犯人はすぐそこにいるのかっ!
リビングまで急いで戻ると、案の定心の汚さが体外に出たような男女2名がそこにいた。女はがりがりなのに意地悪そうで、男は筋肉はあるがそれ以上に太っている。
……前の犯人もこいつらじゃないだろうな、と思った瞬間男の方が自白した。
「おい女神とやらよぉ! 前から散々泉に物入れてるのに、ちっとも返さねえじゃねえか!」
「あたしらにも金銀の鍋を寄越しなよ!」
ふざけんな! ゴミいれてるやつらに寄越すものなんて……あっ、あったわ。ひとまずクローゼットから、金と銀の歪んだ鍋と割れた皿のを出して同じように2人の元へ向かった。
可視化して出た瞬間はさすがに呆気にとられていたようだったが、にっこり笑って優しく問いかければ、すぐに調子を取り戻した。
「あなたがたが落としたのは、この金の歪んだ鍋と割れた皿ですか?」
「ちげぇよ! 俺たちが落としたのは普通の金の鍋と普通の金の皿だ!」
「そうさ! もしかしてあんたが歪ませたり、割っちまったのかい!? だとしたら弁償してもらうよ!」
こいつら同情の余地がないくらいのクズだ。どういう経緯でこの泉のことを知ったのかは知らないけど、こんな様子だ。どうせろくでもない方法、例えばあの女の子やその家族から無理矢理聞き出したりしたんだろう。
――もうこの2人に与えるものは、あれしかない。
「……あなたがたはとても強欲で、大変な嘘つきですね。そんなあなたたちには罰を与えましょう!」
私がそう言った時、辺りが暗くなった。この泉は森の中でも木漏れ日の差す場所で、日が落ちない限りは明るい場所だ。そんな場所が夜でもないのに急に暗くなり、女が怯え始める。けどもう遅い。
今ままで無風だったのに、突然の強風が女を襲った。
「ぎゃあああ!!」
一瞬で風が止むと、黒かった女の髪が真っ白になっていた。
「な、あたしの髪が……!!」
「今後、嘘を吐くたびにあなたの髪は一掴みずつ抜け落ちます」
「そ、そんな……!」
男の方を向き直ると、男は逃げ出そうとした。もちろんそれを逃がすわけもなく、再び強風が吹き男を包む。
「うぎゃああああ!!!」
風が吹き止むと男の右腕がズタズタに切り裂かれ、血まみれになっていた。それもつかの間、瞬きの間に傷は塞がってしまった。
男は何が起こったか分からない顔をしていたが、切り裂かれた袖と確かに感じた痛みが現実だと告げている。
「あなたには、嘘をつくたびに腕を切り裂かれる痛みを与えます」
「ひっ、ひぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!」
男女は、転がるようにどこかへ逃げていった。金の歪んだ鍋と割れた皿を置いて。
二度とするな、と夢に出てやりたい気持ちになったが、あんなやつらの顔はもう見たくもなかったのでやめることにした。
*****
何だか疲れてリビングに戻った。お茶も飲まずにソファに体を投げ出していると、また窓に人影が映った。
今度は誰だと見ると、若めの夫婦ともはや顔なじみになった女の子が立っていた。おお、家族総出でいらっしゃるとは。
家族そろってなんだかかわいいなと思っていると、唐突に旦那さんと奥さんが、両膝をついて祈りのポーズを取り始めた。何事。
「女神様、私たちにお恵みを与えていただいて誠に感謝致します! おかげで家族3人、普通の生活がしていけそうです……!」
「ですが、あの2人が無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした!」
「あの2人に女神さまのことが伝わったのは全て私たち夫婦の責任……どうか娘だけはお許しください」
「お姉さん、そんなことしないよ! 優しいもん!」
何となく、想像がついた。
おそらく女の子にあげた金と銀のブローチ、もしくはそれらをお金に換えたところをあの2人に見られて、脅されるなりなんなりしてこの泉のことを話してしまったんだろう。
別にそんなこと気にしてもなかったんだけど、この夫婦は「罰は私たちに!」と言っているし、女の子は「お姉さん優しいもん」と言っている。
収拾がつかないので、可視化して泉へと向かう。
「あっきれいなお姉さん! ね!本当に本当にきれいなお姉さんでしょ!」
「こら、無礼なことを……」
「2人とも。どうか顔をあげて、普通にしてください」
夫婦はゆっくり顔をあげると、同時に眩しいものを見るかのような表情になった。光るってこういうことかしら?
「あの2人のことを言っているのですね。ですが、罰とはなんのことでしょう」
「女神さまのことを教えてしまい……その結果、この泉に汚してしまいました」
「私が教えなければそんなことには――」
さっきと同じような内容が繰り返されそうだったので、内心慌てて遮る。
「あれは2人が愚かだったから与えた罰です。あなたがたのせいではありません。それに、あの2人が改心すれば、あの罰は解かれます」
嘘です。今初めて考えました。どうなるかは知らないです。
夫婦はまた膝をついて「なんと慈悲深い……!!」と泣き始めてしまった。大丈夫か。女の子の方を見ると、なんと女の子もこちらを見ていた。
「お姉さん、かんむりつけてくれてるんだね!」
「この冠、気に入っているの」
「えへへ~。私、お姉さんとの約束、忘れないからね!」
「ええ。自然だけじゃなくて、お父さんとお母さんも大事にしてあげてね」
「うん! パパもママもずっと大好きだよ!」
満面の笑顔を見て、私は泉の中へと戻った。
そうだ。私のいた場所にも、どっちの人もいた。いい人も悪い人も、みんな含めて「私たちの世界」だった。
今、無性に誰かに会いたくなった。でも白い部屋には誰もいない。エザフォスは神は普通他の神と関わらないと言ったけど、なんでだろう。私はエザフォスに会いたいんだけどなぁ。ずっと「女神様」って呼ばれてるから、誰かに「フォンテ」って呼んでほしい。自分の名前と言われてなんの思い入れも親しみもない響きだけど、名前を呼ばれることって大切だ。
エザフォスは、自分の名前を呼んでもらえないのは寂しくないのかな。前任の女神も、こうやって思ってたのかな。
リビングのテーブルにまた紙が置いてある。今度はなんの能力だろう。
『女神力アップ! 担当場所【デシエルト・エロエ】追加。まだまっさらな土地です。ご自由に作製ください』
デシエルト・エロエってどこさ? そもそもこの森もどこなのさ。
気になって窓を覗いてみると、砂しか映ってない。え、泉は? しかもこの風景、見渡す限り砂ではないか。もしかしてデシエルト・エロエって砂漠? まっさらな土地です。ご自由に作製くださいって、1から作れってこと?
どうしよう、泉の女神辞めたい。