18.うーん……なんか引っ掛かるような、そうでもないような
リハビリ
いつも通り、私は部屋でお茶を飲んでのんびりとしていると、ゴツと鈍い音が鳴った。
なんだと見てみると、ディーンの井戸の前に巫女服をきた女性が立っていた。足元には壺が落ちており、先ほどの音はこの壺を落としたものだろう。
女性は壺を拾うとそれを頭上に掲げ、ぎこちない動きで足を動かし始める。……ぎこちなさすぎて分かりにくいが、もしかしてこれは舞っているのではないだろうか。
ギシギシと動くその様子は、見ている者をハラハラさせる効果がある。そういえば、この村では水舞という儀式を行い、水神の加護を得ているんだっけ……やっぱりこれ舞か? 水舞なのか?
「あっ」
女性が突然バランスを崩した。なかなか見ることのない動きで足?体?を捻ったように見えるが、大丈夫だろうか。尻餅をついた彼女は、そのまま倒れて大の字になった……一応ココ井戸の前だけど大丈夫そ?
「うぅぅ~~なんで私って、こんなに運動神経ないのぉ……」
どうやら彼女が「失敗した」と泣いていたのは、舞がうまく出来ないからのようだ。確かに、彼女の舞は見ていてハラハラしたし、「見物客が絶えないほど有名」な水舞でこれを披露するのはなかなか酷だろうな。
『あ、この間のDO・GEZA人ではないか』
「ナールは黙っていましょうね」
『ふむ、フォンテ様はこの人間を助けるつもりなのか?』
それは純粋な質問だった。
助ける? そもそも私は彼女たちが崇める水神ではないと思うんだけど、さてどうしようか。
私としては「泉を汚さない、私物化しないならOK」くらいのスタンスだ。歴代の泉を司る神たちの仕業なのか、はたまたもっと別のなにかの存在のせいなのか分からないけれど、今私がこうやって頭を悩ませることになるのはなんだか理不尽だし。
けれど、懐かしさを覚えるこの場所の人間たちに、手を貸したいと思う気持ちが、全くないわけでもない。聖書――創作かもしれないけど――に登場した神だって、 人間界を徘徊したり、人間に一目惚れしたり、人間にキレたりと大変自由だった……舞のことは分かんないけど、祝福くらいかけてあげたら、多少はマシになるかな。
よっこらしょと腰をあげると、ナールはこう言った。
『さすがフォンテ様。慈悲深い』
まだなにするって言ってませんけど。
井戸の前まで来てみると、女性はまだ立ち直れていないようで、相変わらず寝転がったままだ。残念ながら私の能力で彼女の身体能力をあげることはできない。だからせめて、祝福をしてあげよう。せめて彼女が、水舞のコツを掴めるように。
可視化をしないまま祝福をしてみると、彼女の周囲に光の粒が溶けていく。これでいい。
……次に会う時は、先ほどのブリキの人形のような踊りは卒業していてくれるといいな。
***
寝転がる巫女の女性をそろそろ見納めにしようと思って踵を返そうとした時、外から人々の声がした。ここで彼女以外の人間に会うのは珍しい。どんな人たちなんだろうと祠から顔を出してみる。そこには想像通り、和服によく似た衣装の男女二人が、こちらに向かって歩いてきていた。見たところ、中年あたりだろうか。
「しかし、いつになったら今の巫女さんは水舞をうまく踊れるようになるんかねぇ」
「先代はあんなに美しく舞っていたのにねぇ……嫌な噂もあるし、早く儀式をして、水神様の加護を受けたいもんだよ」
「噂?」
「なんでも、<この村の水も、いつか全て枯れる運命にある>なんて言って回る旅人がいるとかでね……一部の人が不安がってんのさ」
「ああ、だから早く水舞をしろってうるせぇ連中がいんのか」
「あんな辛気臭い……確かモアとか言ったか、あんな女の言うことなんかって思うがねぇ……」
<この村の水も、いつか全て枯れる運命にある>
それはおかしな話だ。何故なら、少なくともこの村の井戸は枯れていない。それに私がいる。物理的に穴を掘ってオアシスや温泉を作った実績があるんだから。いったい何を言っているんだろう。「旅人の辛気臭い女」……心にとどめておいた方が良さそう。
「ナール、源泉ってそんなに簡単に枯れるものでしょうか?」
『うむ……人間が過剰に汲み上げる、地下の構造が何らかの理由で変わって詰まってしまう場合はあるようなのだ。だが、人間一人の力では、自然には叶わぬ。ましてやフォンテ様の泉なのだ、早々には枯れぬであろうな』
やっぱりそうだよね……。 けれど、私のなかの「誰か」が警鐘を鳴らしているような、そんな、妙に嫌な感じが胸の奥に残った。
「……モア、か」
名前を反芻してみるが、やっぱり、はっきりとは思い出せない。
『それが気になるのか?』
「うーん……なんか引っ掛かるような、そうでもないような」
この感覚は一体何なんだろう。




