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15.どこにあったんですか?

 ナールが眷属になって基礎知識を得ることに成功した。が、当然のことながら一度聞いたくらいでは覚えられない。

「えーと、火がナールで、水がヴァ、ヴァ、ヴァ―ネル、風がウェントス、土がティアラ、光が何とかで闇がダークネス?」

『我とウェントスしか合ってないのだ』

 紙をひっくり返し、名前を確認する。水がヴァッサー、土はティエラ、光はフォスで闇がザラーム。ナールに聞きながら自分で書いたはずなのに記憶がない。土は少し惜しかった。

 私はそっと紙を裏返しにした。今は何が分からないか分からない状態だ、ある程度は分からないことが出てきたらこっそり聞くことにしよう。


『フォンテ様、部屋に落ちてきたのだ』

 部屋中を浮遊していたナールが、ベッドでダラダラしていた私に本を差し出してくる。クローゼットから本を取り出して読むことはあるけれど、途中の物はテーブルに置いておくし、読み終わったらクローゼットに戻している。戻し忘れたのだろうか。最近なんの本を読んだっけ、と上体を起こし本を受け取ると、見覚えのない表紙の本だった。

「どこにあったんですか?」

『底の部屋』

 フェアリーサークルの上で遊んでいたら突然上から降ってきたらしい。「落ちてきた」か。「落ちていた」かと思った。

 ということは、これは森の泉に落とされた物だ。新品そうなこの本を捨てたんだろうか。窓を確認に行ってみたが、水面に波紋だけが残されており、誰がこれを入れたのかは分からなかった。ひき逃げかな? とは言えこの真新しい本を捨てたとは考えにくい。どんな本を捨てたのかと思い、表紙を見てみる。表紙にタイトルがなく、一目では何の本か分からない。今まで読んできた本には表紙のタイトルくらいあったと思うが、そういうパターンもあるだろうか。ナールは本を読んだ事がないので分からないそうだ。まあそうでしょうね。

 表紙を開き、文字に目を通していく。

 ――ある日、元気な女の子が森で遊んでいました。途中きれいな泉を見つけたので近くで休憩していたところ、お気に入りの木の指輪を誤って泉に落としてしまいます。どうしようと元気な女の子が困っていると、泉の中から羽の生えた白馬に乗った女神様が「貴方が落としたのは金の指輪ですか? 銀の指輪ですか? それとも木の指輪ですか?」と尋ねてきました。元気な女の子は正直に「木の指輪」と答えると、女神様はにっこり笑って3つの指輪をくれました。元気な女の子の家は裕福になりました。それを羨ましがった隣の家の意地悪な女の子は、元気な女の子に何があったのか聞き出します。元気な女の子が素直に教えると、意地悪な女の子はさっそく泉に向かいました。意地悪な女の子は家にあった全ての木のスプーンを泉に投げ入れます。すると泉の中から羽の生えた白馬に乗った女神様が「貴方が落としたのは金のスプーンですか? 銀のスプーンですか? それとも木のスプーンですか?」と尋ねてきました。意地悪な女の子が「金のスプーン」と答えると、女神様は怒った顔になり「噓つきには何もあげません」と泉に帰っていきました。それ以降、意地悪な女の子が呼びかけても女神様は出てきてくれません。家に帰った意地悪な女の子は、お母さんにスプーンをどこへやったのか聞かれます。正直に答えた意地悪な女の子でしたが「貴方はまたそんな嘘をついて!」と怒られてしまいました。

 こんな内容の本だった。最後のページに花の冠を付けた女性の絵が描かれている――もしかしてこれ、私かな? そしてこの物語の女神のモデル、私かな? だとすると、羽の生えた白馬はイディナロークかな?

 多分本を泉に落とした人物はあの女の子ではないと思うけど――あの子だったら一声かけるだろうから――、新しい本みたいだし最近出版された本のような気がする。そして物語の制作にあの女の子は関わっていそうだ。

 なんで泉に落としたのかは分からないけれど、有害なものでもなさそうなのでとりあえずもらっておくことにする。

『フォンテ様の物語なのに、我は出てこぬのか』

「ナールはあの子と会ってませんから、仕方ないですね」

 ナールは不満そうにジグザグ動く。人から見ると火の玉なんだよね……勝手に羽の生えた白馬になったイディナロークを考えると、火の玉もそのまま火の玉とは書かれないかもしれない。それはそれでどう改造されるのか逆に気になる。ついでに手がないナールの本の運び方がサイコキネシスだったことも気になる。それ私は出来ないんですが。

 つくづく分からないなぁと思いつつ、一度本をベッドのサイドテーブルに置く。こういう手元に残しておきたいものを置くスペースがない。クローゼットから棚でもだそうかな。そう思い立ちリビングに行くと、テーブルに紙が置いてある。

『女神力アップ! 的中(1/3)の能力を手に入れた!』

 下に能力の説明が長々と書かれている。あまり読む気が起きない。そもそもこの間も新しい担当場所が増えたばかりだ。もしかして、今回のレベルアップは「書物にされた」からだろうか。存在を文字にされたことでレベルが上がった……? 人だって本やテレビに出ると知名度が上がったし、そういうことなのかな。

 能力を簡単に説明すると、1/3を100%当てられるよってことだった。反対に考えると選択肢が0または3つ以上あると当てることが出来ないということ。もっともっと簡単に言うと、1対1のじゃんけんなら負けないけれど、2人以上のじゃんけんは普通に負けるし、明日のお天気を当てることはできませんよということだ。凄い、凄いは凄い。じゃんけんで勝てるのは凄いけど別にじゃんけんしないし、使いどころが限定的な能力だ。夢に出る能力も2回くらいしか使ったことないし、いまいちパッとしない能力もあるんだよね。あって困ってるわけじゃないからいいけど。

 ナールは紙を読みながら「なかなかいい能力だ」と言った。神は他種族からの信仰を得るとプラスアルファのエネルギーに出来るらしい。自分の信仰する神を他者にも信仰するよう勧め、崇める神の力を強くしようとする輩はそれを利用している。ナールはそう言った。宗教勧誘ってその為だったんだ……いやこの世界の話です。もちろん信仰がなくても神は自身の力があるので問題はない。神自身の基礎能力が基本ステータスで、信仰心は装備品で上がるステータスみたいなものか。ナール曰く、うまくこの能力を使えばそれが得られるようになるらしい。神託を求めてやってきた人々が3択以内の選択肢の悩みを抱えているなら解決できるし、そうでないなら「現段階では分からない」と答えればいいそうだ。確かに「私の」現段階「の能力」では分からない……え、ナールさん意外にもあくどいというか何というか。けれど。

「それは必要ありません」

 私には泉を守ることが出来ればいいだけだ。わざわざそんなことをして信仰心を集める必要性を感じない。何かあっても神罰やナールがいるので大丈夫。そう告げるとナールは体(?)全体を大きく震わせ「はははは!」と笑い出した。火が散ってくるのでちょっとやめて欲しい。いくら燃え移ったりしないと分かっていても怖いものは怖い。元ヒトの本能を舐めてもらっては困る。

『フォンテ様は実に愉快。我が身を預けてもなお余る器をお持ちなのだ』

「ん?」

 楽しそうにくるくる回る火の玉。

「ナール。私を揶揄った罰として、しばらくの間は温泉を禁じます」

『そんな殺生な!!』

 頭上で青色に変わった火の玉が∞の字にブンブンしているが、私は視界に入れないことに決めた。






 そろそろ行こうかな、と私はソファから立ち上がる。どれくらい前だったか忘れたが、温泉の後に追加された担当場所【ディーン】を見に行くためだ。いつものあの謎の紙には地名だけが書かれており、砂漠のオアシスや雪山の温泉の時のように「ご自由に作製ください」の一文がなかった。恐らくはすでに泉は湧いていると思う。そう期待しながらナールと一緒に玄関の扉を潜った。

「わぁ……」

 そこは懐かしさを感じる場所だった。剥き出しの土の上に設置された神社に似た木造の赤い建物、サイズ的には祠と言ったほうがいいだろうか。建物内に床はなく、そのまま土が見えている。そしてあるのは四角の井戸。井戸には木の蓋がされており、蓋の上には玉串が置いてある。建物の中にはそれだけしかなかった。

『ここから気配がするのだ。泉はこの中であろうな』

 ナールが井戸の上を飛び回る。私もそんな感じがした。けれどこの井戸、中の水をくみ上げるためのあの設備がない。井戸の上についている歯車とか桶とかそういう設備。これでは水が汲めない。それともこの井戸が枯れそうなので私が確認して復活させよう的なことだろうか。

 祠の外は水で囲まれており、赤いアーチ状の橋が架けられている。祠に来るにはこの橋を渡るしかなさそうだ。祠の周囲にある水もここの泉の水かと思いきや、そんなことはなかった。水が溜まっている堀の部分は石できれいに補強され、意図的に祠の周りに水が来るようにしている。水中には、どこかの水源に繋がる水道管があるだろう。橋の向こうにいくつか建物が見えるが、遠いのでハッキリとは見えない。私は橋から1メートル程までしか進めない。

 でも手入れされているので、人の住む場所に一番近いと思われる。ここではどんなことが起こるのだろう。

『む?』

 トントンと乾いた音がする。ナールが高く飛び上がり「誰か来ている」と教えてくれた。私より視界いいね。なんで私は紐のついた犬状態なの?

『真っ直ぐこちらに来ているのだ』

 橋の真ん中を歩いている人物が、ようやく私の視界に入る。黒い髪。上は赤、下は白の服を着ている。近付けば近付くほど私は驚いた。それは神社で「巫女」と呼ばれる職業の人が来ていたものにそっくりだったからだ。前合せの形がよく似ている。迷いなくとこちらに進んでくるその人物に、私は釘付けになった。

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