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12. いやおかしいわっ!

 ある日、何とはなしに窓を眺めていたら完成していた温泉が映った。そうだった、若干忘れていた。様子を見に行こうと立ち上がると、水面に何やら違和感。なんだろう、と足を止めてもう一度窓を見つめる。


『~♪』


 どこかから鼻歌が聞こえる。けれど誰も映っていない。いや、よく見ると水面がゆらゆら揺れている場所がある。人の姿も、動物の姿も見えない。ということは、姿の見えないモンスターだろうか。急いで玄関から温泉に向かった。

 窓から見ていた時は見にくかったが、直接見ると温泉の湯気に紛れてなにやら白っぽい靄のようなものが温泉から出ている。靄は半透明な茶色の湯の中にも及んでいる。

 次の瞬間、ザバッという音共に水飛沫が現れた。そして。


『ホントいい湯! 少し貰っていこうかしら』


 その水飛沫が段々形を作り始める。ぎょっとしている間に、お湯は上半身は女性、下半身は魚のような形へ変化する。まるで人魚のような造形だが、お湯なのでなんとなく長い髪や女性の丸みのあるフォルムが分かるだけで、顔があるわけではない。それに透き通っているので、お湯の向こうの岩が揺らめいて見えている。よく見るとお湯の中にはシソに似た薄茶色の葉が漂っている。あの温泉のお湯から作られたであろう人魚の形をしたそれは、宙でくるんと身を翻した……当然のように浮いている。


『うん、いい感じね。また来ようっと』


 よくないです、あたまがいたいきがします。


 一度部屋に戻り、お茶を用意する。一緒にケーキも用意する。

 やれやれ一度落ち着くんだ。我女神ぞ。今までだって不思議な生き物たちに会ってきた。それが今ここで取り乱すなんて、そう、それがお湯が喋って動くなんて意味不明なことが起こったとしてもおかしくない。おかしくない。


「いやおかしいわっ!」


 ケーキに勢いよくフォークを突き立ててしまった。ごめんねケーキ。だって今までは生き物だったんだもの。今回は生き物ですらなかったんだもの。本当、こういう時情報を共有できる存在欲しい! 相談できる存在が欲しい! いくら本読み放題と言えど、こんな状態じゃ調べることもできない。眷属はいいから、相棒みたいな存在できないかなぁ。この世に無知な私に教えてくれる人……いないだろうな。だって私女神だもの。神のことを知っているのは神だけ。私が知っている神はエザフォスだけ。そしてエザフォスとは本当に会えてない。はい終了。

 一人で悩んでいても仕方がないので、またあれが来ていたら頑張って接触してみようと思う。






 イディナロークに会いたい。クルークに会いたい。この世界に来て癒してくれたのは動物やモンスターだけ……あ、あと森の泉で会った女の子もいる。私に花冠をくれた、あのくるくるの茶色の髪をしたかわいい女の子。今頃どうしているだろう。

 さすがに何もないのに夢に出るのは気が引ける為、泉の近くにいない限り会えないが元気だろうか。初めて会ってからどれだけ経ったか分からないが、また会いたいと思う。

 そんなわけで森の泉の窓を注意深く見ていたら、女の子ではなくイディナロークが泉に来ていた。もうどれだけ会話なるものをしたのか覚えていなかった私は、転がるように玄関を出た。


「イディナローク」

『フォンテ様。元気?』


 かわいい。

 可視化した私が泉から出ると、イディナロークは目を細めて顔を差し出した。そっと頬を撫でると、気持ち良さそうに目を瞑る。かわいいので角を避けて頭も撫でる。白銀のタテガミは手触りが良く、このまま撫でていたいほどだ。その気持ちをなんとか抑え、そこそこで切り上げる。そのまま泉の上に座り込むと、イディナロークもその場に座り込んだ。かわいい。

 今まで誰とも話せなかった反動か、私はイディナロークをたくさん撫でたくさん話した。と言っても、主にイロエの温泉の話しかできないけれど。地図上でイロエの位置を確認したが、ここから近いわけではなさそうだ。かと言って森の泉と砂漠のオアシスも決して近くない。この大陸はこの世界で一番大きな大陸で、その広さのあまり大陸の端と端で気候がまるで異なる。砂漠と雪山が同時に存在する大陸だ。私の知る世界とは季節の流れも違うみたいなのでよく分からないが、とにかく壮大な陸地と言うことだ。

 雪山の温泉に来るのは難しいと思うが、もしかしたら何かの縁があるかもしれない。知っておいて損はしないだろう。イディナロークがわざわざ無茶をしてまで温泉に来るようにも思えないし。


『大丈夫。行ける範囲』

「本当? 無理はしないでくださいね」

『大丈夫。近くに行った時に行く』


 イディナロークの行動範囲が分からない。けど本人(?)が大丈夫と言うなら大丈夫だろう。


 ガサリ。

 草のこすれる音がした。

 イディナロークが素早く立ち上がり、音のした方に顔を向ける。それに倣って立ち上がると、ふわふわした茶色の髪の結んだ少女が、木の陰で唖然とした表情で立ち尽くしていた。その少女の胸元には赤い石のついたブローチ。見覚えのある顔立ちは、最後に見た時より明らかに成長していた。少女の傍らには見知らぬ少年も立っている。その姿を確認したイディナロークは、『ごめんね』と言って去って行った。多分人に姿を見られたくなかったんだと思う。前もエレフに会う前に姿を消した気がするし。かくいう私も可視化しているため、姿が丸見えである。しかも可視化の最中は発光している。そしてユニコーンに向かって話しかけていた。独り言と捉えられたらどうしよう。私も今から姿を消そうかな。消したいな。消そう! 少女と一瞬目が合った気がするが、気にせず可視化を解除する。けれど姿を消しただけで部屋には戻らず、二人の動向を窺うことにした。


「私の言った通りだったでしょ!!」


 数秒後、少女が声高らかに叫んだ。目は潤み頬が紅潮した少女は、興奮しているようだ。少年は私のいる泉をまだ口を開けたまま呆然としている。今見た光景が信じられない、そう顔に書いてある。あれ、私もこの間似たような体験をしたなぁ。君の気持ち、私には分かるよ。自分も少年の心に衝撃を与えた一因であるが、少年にそっと同情してみる。


「女神様は本当に存在するのよ!」

「う、うそだ……ほんと、に?」


 少女はぴょこぴょこ飛び跳ね、全身で喜びを表現している。毎日会いたいって祈りを捧げたおかげだわと言っているが、残念ながら私はそれに気付いていなかったのでただの偶然だ。その喜びようは尋常ではなく、きちんと会ってあげれば良かったかな、と少し後悔する。

 少年はまだ正常に脳が動いてないようだが、少しずつ意識を取り戻したらしく、ぽつぽつと少女と会話を始める。

 どうやら二人は幼馴染で、以前から少女の家族の「泉には女神様がいる」という話は信じていなかったようである。その後村で女神様のいる泉の水を飲むと怪我が治る、病気が治るという噂がたった。少年はそれも信じていなかったようで、女神がいると信じた誰かが故意に流したデマだと思っていたようだ。それはともかく先ほど本物の女神、しかも冒険者ですら見る頻度が高くないと言われているらしいユニコーンと一緒にいたなんて。


「言った通り、黄色の花冠をつけていたでしょう? あれ私が作ったのよ」

「……作ったの何年前だよ? 花なら枯れてるはずだろ」

「そうだけど、女神様の物だもん。枯れないかもしれないじゃない。それに私の言った通りの御姿だったでしょ」

「それは、まぁ……」


 ……本当だ。言われてみれば、この花枯れてない。部屋にいる時以外は必ずつけるようにしていたけれど、砂漠に行っても萎んだりもしていない。あの時貰ったままだ。あの時の女の子はこんなにも大きくなったと言うのに。あれから、どれだけの時間が経ったのだろう。少なくとも「幼い女の子」が「少女」になるくらいには時が流れている。神って、どういう存在なんだろう。


「私、ここで叶えたい夢があるの。それまで女神様、ここにいてくださるといいなぁ」


 少女の言う叶えたい夢が何かまでは分からないけれど、次会った時は姿を消さないでおこう。一言でも、言葉を交わせるといい。少年の不思議そうな顔を見ながら、次二人に会えるのはいつだろうな、とぼんやり思った。

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