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しめやかな空気が流れる中、社葬は滞りなく進行した。
雄三の好きだったベートーヴェンのピアノ曲『月光』が会場に響き
それがまた麗奈の悲しみと寂しさを新たにする。
遺体の損傷が思いの外、激しかったため麗奈は父の遺体とゆっくり対面することもなく、
雄三の遺体は他の親族の意向によって早々に荼毘にふされていた。
代々続く名家白鳳家は本家を雄三の兄である雄一郎が継ぎ、白鳳家の行事などは
雄一郎が取り仕切っていた。
元々は京都の公家の三男坊だった白鳳雄仁が、明治時代に関東に移り住み
最初は呉服問屋として細々と商いを始めた。
京都から来た元公家の呉服問屋はたいそう珍しがられ、たちまち評判を呼び店は大きくなった。
大正時代になると手広く商いを拡げたのが、今の白鳳家の基礎になったと
麗奈は幼い頃から聞かされていた。
現代では長兄の雄一郎が商事会社を、次男の雄二郎が貿易会社を継ぎ、雄三は外車を主とする
白鳳モータースを受け継いでいた。
しかし雄三は一族の中でも変り種として見られ、本業だけではあきたらずに
自ら探偵事務所まで開いていたのだ。
「実の弟ながら変わった奴だとは思っていたが、大して金にもならん探偵事務所なんか作って
雄三も一体何がしたかったんだか……」
悪びれることなく漏らす雄一郎に多少の嫌悪感を抱きながら
「さあ、パパが何を考えていたのかは私にもよくは分りませんわ」
とだけ麗奈は答えた。
「ああ、気に障ったならすまないね。悪気があったわけじゃないんだよ」
「そんな伯父様、お気になさらないで」
弱々しく笑顔を作る麗奈の横で
「ほら! お兄さんたら、人の気持ちを分らない人だから許してやってちょうだいね」
と叔母の香都子が口を挟んだ。
「人の気持ちが分らないとは何だ」
むっとした顔つきで雄一郎が言い返すと、小さく笑って
「兄さんも香都子もいい加減にした方がいいんじゃないですか。
仮にも今は雄三の葬儀の真っ最中ですよ」
雄二郎が嗜めた。
父雄三の兄弟に囲まれる形で、その輪の中にいる麗奈は居心地の悪さに
つい心の中で
「パパの馬鹿……。こんな居心地の悪い中に私を一人残して死んじゃうなんて」
と呟いた。
「ごめんよ……。麗奈」
雄三の声が聞こえた気がした。
「え?」
麗奈は慌ててキョロキョロと辺りを見渡した。
しかし死んだ雄三の姿が、この場所にいるはずもないと思い返すと
唇を噛みしめて、もう一度
「パパの馬鹿」
と小さく呟いた。
「だから、ごめんよ」
聞こえた声に目を上げると、麗奈の目の前に透き通った雄三が申し訳なさそうに
頭を何度も下げていた。
「やだ! うそ?」
絶叫すると麗奈は、そのまま気を失ってしまった。