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流れゆく空の雲をうつろに眺めながら一日の大半が過ぎていくことに、
麗奈は軽い苛立ちを覚えていた。
父親の雄三と事故に遭ってからすでに一週間が過ぎている。
意識不明ではあったものの、奇跡的に頭部の裂傷ととむち打ち症だけで済んだのは
咄嗟の判断で父が身を挺して自分を守ってくれたお陰だと聞かされた。
しかし一向に事故の真相もわからないまま悪戯に時間は過ぎて行き
ベッドの上でなす術もなく横たわっていることしか出来ない自分に
麗奈は無性に腹が立っていた。
「パパ……」
乳母の松本絹が
「お嬢様、そんなにご自分をお責めになってはいけません」
「だってばあや! 私を庇わなければパパだって」
「旦那様は納得されておりますよ。ご自分の下された判断に」
麗奈の手を取り、嗜めた。
絹にしてみれば主人である雄三が亡くなってしまう以上に
小さな頃から仕えてきた麗奈が心に深い痛手を負っていることが悲しいことだった。
麗奈の母親の幸恵がなくなってから、我が子以上に麗奈に尽くしてきた絹にとって
麗奈がいつまでも悲しみの淵にいるのは耐え難いものなのだ。
「旦那様はとても素晴らしいお方でございました。
その素晴らしい方がこんな形でお亡くなりになるのは、とても悲しゅうございます。
ですが、それ以上に私はお嬢様が助かったことが嬉しゅうございます」
「ばあや……」
しばらくしてドアをノックする音と同時に、中年の男が顔を覗かせた。
「大谷のおじさま!」
やあ、と片手をあげて男が笑顔で病室に足を踏み入れた。
「レイナちゃんのご機嫌はいかがかな」
「ねえ、おじさま。あれから何か詳しいことはわかったのかしら?」
尋ねる麗奈に、頭を掻きながら
「うーん、それがね。ブレーキに細工をされていた事は確かなんだが
今はそれ以上は……」
と大谷は言葉を濁した。
大谷一夫は警視庁の捜査第一課の刑事で、雄三の大学時代からの友人でもあった。
だからこそ麗奈は大谷の訪問にある程度の期待を抱いたのだ。
しかし現実はそう甘くなかったようである。
「そう。今はおじさまにも分らないのね」
「きっと近いうちにレイナちゃんが納得するような報告をするから」
「ええ、期待して待っているわ」
にこりと笑うと、麗奈は俯いた。
「お嬢様、ご気分が」
心配する絹に首を振り、いいえと答えると
「三日後にパパの社葬があるでしょう。ちょっと不安で」
「レイナちゃんも参列するのかい?」
驚く大谷をよそに
「やだ、おじさまったら。私が参列しなくてどうするの」
「いや、しかし……。レイナちゃんもまだ入院しているだろう」
「こんなの。明日にはもう退院します」
さらに驚きを隠せない様子の大谷に絹が冷静な声で、ため息混じりに言った。
「お嬢様は、こうと決めたら必ずやり通すお方ですから……」
その言葉に大谷は、退院を告げられた医師達がどんなに手を焼いたのか
簡単に想像出来たのだった。