第四話 銀腕の聖女♂と不細工な扉
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レイルと他愛のない会話をしながら自称、多忙な国王が用意した晩餐を愉しみ終えた頃、彼女は夜空を眺め一人、明日を想っていた。
───明日を迎えるのが怖いのはいつぶりだろうか。
───と。
五年前───まだ彼女が十二歳のとき、正式に彼女は聖女と認められた。世間の認識ではこれは名誉ある事なのだろう。けれど、彼女にとってそれは事実上の死刑宣告であり、彼女はいつ、聖女としての使命を果たさなければならないのかも分からず、ただ明日に怯えていたのだった。
だが、ある日突然、彼───レイルがあの辺境の教会に現れた。死と生の狭間で必死に藻掻く彼を見たとき彼女は───。
───救われた。レイルさんは自分が助けられたと思っているかもですけど、同時に私も救われた。運命に抗おうと思えたから。
「……まあ、こんなこと小っ恥ずかしくて本人には言えませんけどね」
彼女は一人、窓の外に微笑みながら言う。
誰にともない台詞。けれど、彼女には満足するに値した。
「星空の聖女………ですか。遂に役目を果たす日が来ちゃいましたね」
彼女は自分に与えられた名を口にする。
皮肉気に夜空が輝く。それは彼女の名と同じ満点の星空で……。
彼女は暫く呆けていた。星空に目を奪われてなのか、将又、必死に明日を思考の隅に追いやった結果なのか。
「明日なんて来なければ良いのに……」
誰にでも平等に訪れる明日に、今だけは不平を口にして、ベッドに体を沈め意識を手放した。
〇〇〇
薄明。
まだ、街が眠りについている頃。サルバリノ城内に大理石で出来た床を叩く音が二つ。
赤髪に金色の瞳の少女のような青年と、白金の星空を呑み込んだような髪に透き通った青い瞳を持つ少女が居た。
「……早くないですか?」
男の娘───レイルが言う。
確かに、いくら国王とてあまりにも早すぎる。
が───。
「早いに越したことは無いのですよ? 時は金なりと言いますし」
白金髪、青目の少女───星空の聖女がさも当たり前のように言う。
「いや、そういうレベルじゃないですよ!」
彼が窓の外を指差し言う。それにつられ彼女も窓の外を見るが……。
「……夜ですね。もう一度、寝てきます」
暗い外を見て二度寝を決め込み、部屋に戻ろうとする聖女様。直ぐ様、彼が彼女の腕を引っ張る。
「だめでしょ!? 王様に呼ばれてるんだから!」
「いや、でもですね? 早すぎると言ったのはレイルさんですし、私も納得しました。だって、夏季の今、陽の光が微かにしか見えないって………、夜ですよ?」
「そうなんですけど……、王様に呼ばれてる訳で」
「でも、呼びつけておいて謁見は明日だとか言った王様が悪いですよ!」
彼は首を捻り必死に王様は悪くない、と否定しようとするも口から出たのは───
「……そうですよね」
彼女を肯定する言葉だった。
そんなおり、前方、王の間の入り口の如何にもな扉から声が届く。
「いくら星空の聖女とその侍女とて王の悪口は見逃せませんよ」
「ちょっと待って下さい!もしかしてですけど、侍女って俺じゃないですよね!?」
彼は扉から届いた、少し怒気の含んだ声の殆どを無視し、侍女というピンポイントだけを聞き取り彼女に詰め寄る。これには流石の聖女様も苦笑いを溢す。
「……ええ。それは貴方の事ですが、今はそこではないと思いますよ?」
「何がで───」
「星空の聖女様ならまだしも侍女である貴様まで無視するのは一体どんな了見だ!?」
彼の声を遮り、扉の声が一層、怒気を強める。
「うわっ!?……って、これどこから聞こえてるんですか?」
「目の前に居ますよ」
「目の前?………扉しかありませんよ?」
「ですから、先程から『扉の声』といってるでしょ?」
そう言って、彼女が顎で扉へ彼の視線を促す。
「さっきから聖女様が言っていたかどうかは置いておいて………本当ですか?」
「ええ。ほら、扉にお世辞でもイケメンとは言えない微妙な顔がついているでしょう?」
「………本当だ」
「何が『本当だ』、だ!!」
レイルの台詞に扉が怒鳴る。
「我は偉大なる大賢者───ガスト・クワインが造り給うた、九つの神器が一つ、審判の扉なり!斯様な小者が馴れ馴れしくしてよい相手では無いのだ!」
お世辞でもイケメンとは言えない微妙な顔で、審判の扉が吟うように言う。
「では、王との対面ですから眠たい顔をシャキッとしてくださいね。レイルさん」
しかし、審判の扉の声など聞こえなかったかのように無視し、彼女は扉を開ける。
「ええ!?ちょっと、おい!待って!謝るから、王の伝言だけ聞いて!」
「……?何ですか。早く言ってください」
「えと……、その侍女とやらは入れるな、と王から言われておる。だから、貴様は入れない」
審判の扉の台詞に二人は顔を見合せる。
「何故ですか?」
彼女は突然の条件に当然の質問をする。
「それは知らぬ」
審判の扉の回答に彼女はため息を吐く。
「……神器と言われる割には使えないですね」
「そ、そうは言われてもな我は我を潜るものを選定するのが仕事。通すなと言われればそうするしか無いのだ」
「そうですか………、では、レイルさんは少しここで待っていてください」
彼に微笑みかけながら彼女は言う。けれど、その微笑みとは裏腹に彼女の声には心細さが滲んでいた。そして、それに気づいていたとしても彼に出来ることは頷くことだけだったのだろう。たとえ、彼女が助けを求めるような目をしたとしても、彼女が口に出さない限り、それは何故なのか聞くことも助けることも彼には出来ない。
「………はい」
「では、行ってきます」
彼女がそう言うと、独りでに開いた扉を潜り抜ける。一瞬、彼の方を見やった。その彼女の顔にはなんとも言えない微妙な感情が張り付いていた。けれど、直ぐに閉じた扉の所為で有耶無耶になってしまう。
「……貴様はそこで立って待っているのか?」
「ええ。聖女様がここで待っていろと言ったので」
審判の扉はそうか、と言ってから何か面白くなさそうな顔をした。
「……?どうかしたんですか?そんな不出来な顔をして」
「うるさいわ!顔の事をお前に言われると普通に傷つく……」
「へー。それでどうしたんですか?」
「我に興味が無いのだな………。まあいい、お前はあの小娘について知っているのか?」
そう言われれば、と。彼は首を捻り考える。そして、出した答えは───。
「名前も知りません」
簡潔でどこか切ないニュアンスが汲み取れる答えだった。
「そうか、やはりな……」
審判の扉の一人、納得したような口振りに彼は眉根を寄せる。その様子に気付いて、審判の扉が彼女について、説明を始める。
「彼女の名は王ですら知らぬ。ただ、彼女の授かった恩寵から───星空の聖女と呼ばれてはいるのだが……、彼女は自身の事をその呼称の由来となった恩寵以外の全てを語らないのだ。もしや、貴様なら何か知っているかと思ったが……、やはりな」
「星空の……聖女………」
「なんだ?そんなことも知らないで、侍女なんかやっていたのか」
がっはっはっ、と愉快気に笑う審判の扉に彼は鋭い視線を飛ばす。
「おっと、これは失敬。……まあ、彼女のことを知らんのは仕方のないことさ。なんせ正式には星空の聖女だが、その実、自身の事を何も語らない事から巷では、沈黙の聖女なんて呼ばれているからな」
「沈黙……ですか。そんな風ではないですけどね」
「だが、事実、貴様は彼女の事を何も知らないではないか」
彼は言葉に詰まった。審判の扉の言う通り、彼は彼女の事を何も知らない。むしろ、目の前の態度のでかい扉の方が知っているまである。
「そう………ですね」
自分を救った彼女の事を何も知らない、知ろうとしたかも定かではない。その上で自分は彼女と居る資格があるのか、と彼は自分の不甲斐なさに苦いものを感じた。そして、それは一抹の不安となって扉の前で待つ彼を囃し立てるのだった。
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