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銀腕の聖女♂  作者: えーどっとあい
2/5

第一話 銀腕の聖女♂と鶏肉のスープ



 ───もう、やりたくない。


 彼は今、教会の奥にある台所の隅で縮こまり頭を抱えながらそんなことを胸中に浮かべていた。

 彼がこの教会にやって来て早二年、彼はこの教会の主である本当の聖女様の厚意で住まわせてもらっていた。そして、その宿代替りに聖女様の手伝いをしていたのだが……。


 ───懺悔部屋でしょ!? あんな同姓の歳上に口説かれる場所じゃないでしょ!?!?


 彼は今更ながらに後悔していた。いつからこんな風に狂ったのだろうか、と。原因の日を思い浮かべながら。

 

 ───たしか、あれは……、教会に来て二週間が経ったぐらいの日。


 あの日。彼は初めて礼拝堂に姿を出した。その日までは聖女様が自由に使っていいと言った飽き部屋と懺悔部屋、小さい食堂にしか踏み入ったことが無かったのだが、その日はほんの少しの興味で礼拝堂に姿を表したのだった。そして、そこに居たのは美しい所作で佇む聖女様と祈りを捧げる信者達………、そんな光景に彼は目を奪われていた。そんなおり、信者の一人が彼の姿を捉え、何かを口にすると周りの信者達も祈りを止め、彼に釘付けになっていた。そして一人の信者が口を開いた。


 『女神様がお姿をお現しになった』───


 ───と。それから、噂がどんどん広まり今に至るわけなのだが……。

 実際、彼の容姿を形容するなら可愛いとかだろう。

 腰まで伸ばした艶やかな赤い髪、クリっとした金色の瞳に長い睫毛。体つきも線が細く華奢だ。どう贔屓目に見ても男には見えない。しかも、身に付けているのは聖女様のおさがりで、彼自身本当に男として見られたいのか甚だ疑問であるのだが、彼は男として見られたいらしい。それもこれもきっと彼を救ってくれた聖女様が居るからだろう。そんな心優しい聖女様は今………。


 「ふんっ!! うぐ………っ! この鶏肉、中々切れませんね」


 台所で悪戦苦闘中であった。


 「あの………代わりますか?」


 さっきまで自分のことで手一杯だった彼も見るに見かねて手を差しのべる程度には苦戦していた。


 「あら、レイルさん。もう女々しくなよなよしてなくていいんですか?」


 「そんな顔を真っ赤にしてまで毒づかなくてもいいですよ?」


 「今日は一段と生意気ですけど………。まあ、そんなに代わって欲しいというなら良いですよ?代わってあげても」


 聖女様のツン過ぎる態度に彼はため息を吐きながらも、彼女らから包丁を受け取り鶏肉を指示通りに切った。


 「そんな女々しい体のどこに力があるんですか!?」


 「いや、ただの鶏肉に力なんて必要なくないですか?」


 「むう………っ!」


 彼の質問返しに聖女様は殊更、顔を赤くして彼から奪うように包丁を取り、暫く深呼吸してから何事も無かったように調理を再開した。


 「えっとぉ……鶏肉───」


 「なんですか?」


 「いや、その……。鶏肉の───」


 「五月蝿いですね! 貴方の分も作ってるのですよ?手伝うという言葉は貴方の頭の中には無いんですか!?」


 「あ……はい」


 最早、鶏肉の話は取り合う気が無いらしい。

 そのまま聖女様は黙々と調理を進め、鶏肉との戦いから数十分で仕上げてしまった。どうやら調理時間の殆どが鶏肉との戦いだったらしい。


 「遍く命の源に感謝を」


 「感謝を……」

 

 二人は席に着き食材への祝詞を言ってから食事を始めた。


 ───なんか………豪華じゃね?


 教会とは、その周辺の地域からの寄付金によって成り立っているのだが、卓上に並ぶ料理は寄付金だけでは賄えない程の豪勢な料理が並んでいた。単に聖女様の腕あってのものだが、それだけでは無い。明らかに高級な食材が使われている。


 「あの……聖女様。教会ってこんな豪華な食事って摂れましたっけ?」


 「これはですね。レイルさん目当てで来る信者が落としていくモノで賄ってます」


 「それって………お金ですよね」


 「ええ。そうです」


 聖女様はなんら詫びることもなくさらりと告げた。聖職者とは思えない発言に彼は少し引き気味になっていた。


 「あ、あの………じゃあこれって俺が稼いだお金なんですか?」


 「ええ。そうですが、正確には貴方が体で稼いだお金です。知ってるんですよ?あの懺悔部屋で信者達とあんなコトやこんなコトをしていることを」


 「し、してませんよ!!」


 「うふふ。冗談ですよ?」


 「いや、仮にも聖女様が嘘なんて良くないし、何で疑問形なんですか!?」


 聖女様はなんででしょう、と微笑を浮かべながらカチカチとナイフとフォークを動かしていた。その姿が綺麗で彼は一瞬呆け、見惚れていた。多分、彼はかなり盲目でアホなのだろう。


 「どうしたんですか? そんなアホ面して。可愛い顔が台無しですよ」


 「いや、可愛いって俺男ですよ? 嬉しくないんですけど……」


 「今時、そんなことを言っているのは貴方ぐらいですよ?王都の方では男の娘が流行ってますから」


 「何ですか、それ?」


 「男の娘は言わずと知れた容姿が女の子にしか見えない男性のことです。つまり、レイルさんのための言葉ですよ」


 「言わずと知れているかどうかは一旦置いておくとして、俺のための言葉って、もう意味不明なんですけど……」


 彼の虚しい嘆きには取り合う気がない様子で聖女様は自分の胸に手を置いた。彼女のその豊満な胸を強調するような仕草に彼は目を奪われた。


 「いいじゃないですか。容姿は女の子で可愛いのに胸がなくて動きやすいし、それに生理が来ることもない。まあ、強いて言えば男性の弱点が股座に付いているぐらいのモノでしょう?」


 「あの、聖女様の発言としてその股座とかって発言はどうかと思うんですけど………」


 「レイルさん。聖女だって人間です。眠たい時だってあるし、空腹の時だってある。そして、股座と言いたい時もあるのです。そうでしょう? それに、レイルさんだって顔は可愛くても、やはり男の子です。さっき貴方が言っていたように格好いいと思われたい」


 「そこまでは言ってないですけど……」


 「それに、そこそこ立派な一物があります。まあ、十七歳でパイパンなのはどうかと思いますけど」


 「!?!? み、みみみ見たんですか!?」


 彼は顔を火が出るほど真っ赤にして股間を両手で隠した。


 「安心してください。パイパンは別に悪いことではありません。むしろ、殿方の間では無いほうが良いと仰る方もいますから」


 「同姓の趣向なんてどうでもいいですし!?!? というかいつ見たんですか!」


 聖女様はただただ微笑を浮かべながら食事を進めた。その硝子細工のように美しい顔が彼には今、悪魔の彫像のように見えていることだろう。それほどまでに知られたくないことを知っている、と暴露され彼は羞恥に無言で喘いでいた。


 「いつまでも私に見られたことに興奮していないで食事をしっかりと摂ってください」


 「これが興奮しているように見えますか?」


 「ええ、それはもう、ザ・興奮……といった感じですね」


 「聖女様は目が悪いんですね……」


 彼はそう思い込むことにした。そうでなくてはやってられないからだ。

 彼のそんな諦観めいた態度に聖女様はつまらなそうにため息を吐いて話題を変える。これは彼女が基本的に幸福主義であるため目の前の恥辱で燃え尽きたような彼の態度が気に入らなかったからだろう。なんとも身勝手な聖女様である。


 「まあ、なんにせよ。左腕の調子は良さそうなので良かったです」


 「……ありがとうございます」 


 彼女の言葉に少し照れたようにレイルは笑った。そして、左腕の銀色の義手を撫でながらもしかして、と。彼は思いついたことを口にする。


 「あの……、もしかして俺の左腕を心配して体を見たんですか……?」


 一瞬の沈黙。そして、口を開いた聖女様の表情を見て彼は血の気が引いていくのを鮮明に感じ取った。


 「ふふん! 違います完全に興味です。だって、気になるでしょう? 同じ屋根の下に居る少女のような顔をした男の子。もしかしたら、神話に出てくる美艶神ノルデイラのように生殖器が男女の物、一つずつ付いているかもしれないと思ったら覗いちゃうでしょ?」


 「………」


 聖女様は何故か嬉々として彼の求めていない答えを出した。これには流石の彼も言葉を喪い呆然とするしか無かった。

 それに、と。彼女は彼の様子になど構いもせず、再び左腕のことを話す。


 「……私の神々から授かった恩寵を二つ程犠牲にして賜った義手です。そう簡単に壊れませんから心配なんてしませんよ」


 物凄く偉そうである。とてもさっきまでの下品な話をしていた人物とは思えないほどに。


 「………そうですか」


 「なんですか?その納得していなさそうな顔は。何か言いたいことがあるならいってください」


 「そうですね。では、言わせて頂きます────、俺ばっかり見られるのはズルいと思います!!!!」


 ………。

 ………………。

 ………………………。


 彼の心からの渇望と反抗に聖女様は………。


 「セクハラです」


 バッサリと切り捨てた。自分の行いには目をつぶり蓋をし棚に上げたうえでバッサリと切り捨てた。

 彼の顔は何故?という文字が視認できそうな程に歪んでいる。


 「聖女様、その───」


 「セクハラです」


 「……………はい」


 聖女様の断固セクハラです発言に彼はただただ頷き、胸中に蟠る悔しさともどかしさを鶏肉のスープで飲み下した。そのスープには先程の本の少しの優越感の味が微かに残っていたのだった。



ここまで読んでくれてありがとうございます!

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