練習試合
練習試合を組むことにした。相手は10年前に県予選の決勝で敗れた明応高校。今では甲子園の常連校になっている。先般行われた春の選抜大会でもベスト4に入っている。特にピッチャーの杉井はドラフト1位候補だとも言われている。
「いきなり明応ですか?」
岸が言った。
「明応を倒さなければ甲子園には行けないんだぞ」
「そりゃそうだけど…」
「奈美ちゃんを甲子園に連れて行くんじゃないのか?」
それを聞いた途端、岸は表情を引き締めた。
試合前日、僕は先発オーダーを発表した。
1番 セカンド 瀬田 2年
2番 サード 三浦 3年
3番 センター 長岡 3年
4番 キャッチャー 岸 3年
5番 ファースト 中西 3年
6番 レフト 上村 2年
7番 ライト 白石 2年
8番 ショート 島田 3年
9番 ピッチャー 宮崎 3年
1回表。明応の攻撃。打者一巡の攻撃で5点を奪われた。
「やっぱり格が違うな」
ベンチに戻って来たナインがうなだれる。
「何を言っているの?まだ5点差だよ」
奈美が選手たちを激励する。
その裏、明応は杉井がマウンドに立った。
先頭の瀬田がバントヒットで出塁。ニ盗を決めた。三浦が送って一死三塁。長岡はセカンドゴロに打ち取られたけれど、4番のキャプテン岸はセンター前にヒット。1点を返す。続く中西はサードゴロに倒れチェンジ。
3回が終わって1-10。練習試合なので5回まで。残りのイニングは2回。
「負けてるんですか?」
ベンチ裏から声を掛けて来たのはサッカー部の関根だった。野球部のユニフォームを着ている。
「遅かったじゃないか」
「関根?」
クラスメイトの三人が不思議そうにユニフォーム姿の関根を見た。
「夏までのレンタルで野球部に来た」
「マジか!」
「よし、じゃあ、早速、投げてもらおうか。宮崎はライトに入ってくれ。白石、悪いがお前は下がってくれ」
「えーっ、いきなり関根に投げさせるんですか?」
宮崎が驚いて言う。
「ま、練習だ」
関根は4回5回を三者凡退に打ち取った。そのピッチングに奮起して、最終回には二死から1点をもぎ取った。結局試合は2-10で負けた。
「上出来だ。明応の杉井から2点取ったんだから自信を持てよ」
「はい!」
素直に応じる選手たち。そして、飛び入り参加の関根にみんなが駆け寄った。
「お前、野球やったことがあるのか?」
「いや、初めてだけど」
「それにしちゃ、いいピッチングだったな」
「ああ、新学期になってから毎晩あの人とキャッチボールさせられたからな」
関根が僕の方を向く。他の選手たちも一斉に僕を見る。奈美が呆れた顔をして僕に言った。
「いいの? 岡崎先生に怒られるわよ」
岡崎先生とはサッカー部の顧問をしている先生のこと。
「大丈夫。ちゃんと話しは付けてある」
「へー、なんだか怪しいわね…」
次の日の夜、奈美がすごい剣幕で部屋に飛び込んで来た。当然だろう。僕は彼女を取引の道具に使ったのだから。
「先輩っ! どうして私が岡崎先生とデートしなくちゃならないの?」
「いや、岡崎先生にどうしてもと頼まれて、断りきれなくて…」
「そうだとしても、私は先輩のモノではないんですからね」
「ごめん…」
「いや、待って。先輩のモノだわ。そう言うことでしょう!」
「あ、いや…」
「うれしい!」
そう言って奈美が抱きついて来た。
「行こうね。甲子園。そしたら結婚しよう」
明応との練習試合には大敗したけれど、それなりの収穫はあった。いちばんの収穫は瀬田だった。彼の足は魅力的だったけれど、その守備力には更に目を見張るものがあった。関根の加入も大きい。選抜大会の4試合で5失点しかしていない杉井から2点を取ったのも大きな自信につながった。
そして、夏の県予選に向けて猛練習が始まった。それは僕と奈美との夢への挑戦でもあると同時に二人の未来への扉が開かれた瞬間でもあった。