二人目のピッチャー
翌日から僕は早速、野球部の練習を見に行った。部員は12人。3年生が8人。2年生が4人。甲子園を目指すには頼りない。
「選手の事を教えてくれないか?」
練習を見ながら僕は奈美に尋ねた。
「彼がキャプテンの岸くん。キャッチャーで4番。そして、ピッチャーが彼、宮崎くん…」
奈美から一通り聞いて僕はある事に気が付いた。
「ピッチャーは一人だけなのか?」
「そうよ。誰か見込みのありそうな子は居る?」
「まだ何とも言えないな。いずれにしても、ピッチャーが一人しか居ないんじゃ試合を勝ち抜いて行くのは無理だな」
「そうね」
その日の夜。僕と奈美はあのイタリアンレストランに居た。僕はイタリア風蕎麦を食べながら奈美に聞いた。
「2年の瀬田くんって、今まで試合に出たことがないって言ったよな?」
「そうよ。1年生だったし、夏まではレギュラーのほとんどは卒業した3年生だったから」
「彼は面白い」
「そう思う? 実は私もなの」
「じゃあ、どうして試合に出さなかったんだ?」
「前の監督…。つまり、先輩の前任者が体格で彼を見下したいたところがあったから」
奈美が言う通り、確かに彼は小柄だった。しかし、動きが俊敏で判断力がある。
「彼は化けるかもな」
「で、二人目のピッチャーは見つかった?」
「問題はそこなんだ。今のメンバーでは難しいな…」
「と、言うことは?」
「新一年生に期待しよう」
「そっか…。ところで、それ気に入った?」
「ああ、美味い」
僕はイタリア風蕎麦、つまりパスタをすすりながら部員の顔と名前を思い浮かべた。
新学期が始まった。僕が受け持つ3年3組には野球部員が3人いた。キャプテンの岸とピッチャーの宮崎、そして、外野手の島田だ。そして、このクラスには他の運動部でも主力として活躍している生徒が多いのだということも知った。その中で、サッカー部でゴールキーパーをやっている中野という生徒に興味を持った。
早速、放課後にサッカー部の練習を見に行った。注目すべきは彼の肩の強さだった。大きくて空気抵抗の大きいサッカーボールをスローイングでゴール前からハーフライン付近まで投げられる。
「いいなぁ…」
と、僕が呟いた時、背後から怒鳴り声が聞こえた。
「先輩! そんなところで何サボってるのよ」
奈美だ。僕は慌ててサッカーグランドを後にした。
野球部にも新入部員が3人入って来た。それをほったらかしてサッカー部の練習を見に行っていた僕を奈美が連れ戻しにきたのだった。話を聞くと、3人とも中学で野球をやっていたと言う。その中で特に背の高い生徒に僕は聞いてみた。
「ポジションは?」
「ピッチャーです」
僕はすぐにキャプテンの岸を呼んで彼の球を受けさせた。
奈美が部屋に来ていた。
「たまには家庭の味を味わってもらわないと。それに…」
奈美はそこまで言って口をつぐんだ。独身男の一人暮らしだ。どうせ毎日外食なのだろうと心配して夕食を作りに来てくれたのだ。でも、僕も料理は出来る。
「僕だって料理くらいは出来るよ。それに、それにってなに?」
「だって、仕事が終わっても部活、土・日も部活。デートする暇もないじゃない。先輩と二人っきりになれるのはここしかないんだもの」
「甲子園に行きたいんだろう?」
「そうだけど…。あっ、ところで二人目のピッチャーは見つかった?」
「ああ、見つけた」
「やっぱり、あの新入生の子?」
「いや、彼はもう少し様子を見てみたい」
「じゃあ、誰?」
「まだ、野球部員じゃないんだけどね」
「はあ?」
奈美が作ってくれたのはパスタだった。それもオーソドックスなナポリタン。そして、牛筋肉入りのコンソメスープとアボカドのサラダ。
「このイタリア風蕎麦は美味いな」
「そうでしょう! 先輩、イタリア風のお蕎麦、好きだもんね」
「あのなあ、僕が好きなのは日本蕎麦だから。あと…」
「あと、なあに?」
「デートは甲子園で」
「うん!」
満面の笑みを浮かべて頷く奈美を見ていたら、この子を絶対に甲子園に連れて行ってやりたいと思った。