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柚子の夏。  作者: 村林佳高
4/4

1章続き



気温は35度を超える猛暑日。

「ゆーずー!早く準備しなさーい。」

母親っていうのは、本当に急かすのが好きな人種。

「分かってるー」

私も返事だけはする。それもやる気のない返事。だって本当だったら、今年の夏は、世界的に有名なデザイナー、ぺぺの展示会へ行き、専門学校のオープンキャンパスに、瑠美たちと海で遊ぶっていうプランがあったのに。

「電車遅れるでしょー!」

全部おばあちゃんの世話で潰される。別におばあちゃんが嫌いなわけじゃない。ただ、子供には子供の予定があるって言いたいだけ。

「もう少しで行くからー」

私が今何をしているかって?行く準備なら昨日のうちにしてる。今は毎朝恒例の1日oneデザインをしているのだ。朝起きてする事により、脳が活性化され、良いデザインが思いつく。っていう私の持論なんだけどね。

「おい、柚子何してる、開けるぞ」

あーもう、もう少しでいい案が浮かびそうなのに!

「ダメ!」

両親には知られたくない。どうせ喧嘩になる。1年前、私がデザイナーになりたいと言った途端、母は呆れ、父は文句を垂れてきた。2人は私に、弁護士になれと言うのだ。冗談じゃない。大体弁護士になるのとか、ちょーー難しいし、他人の人生救うだとか何とか言うけど、私はそんな器じゃないし。私じゃなくても、なりたい人はいっぱいいるって言うのに。父は弁護士、母は行政書士のせいで、将来を押し付けられられている。自分の子供も弁護士にして法学一家の出来上がり。正直言い合いとか、そういうの大嫌いな私は、「はいはい、なるなる」と適当に返して、今に至っているわけで...。

「9時の電車間に合わないぞ....って、まだそんな事していたのか」

ダメと言ったのに勝手に入ってくる父。

「そんな事ってなに」

「そんな意味のわからない幾何学模様なんか描いていないで、法について勉強しろ」

始まった。父の面倒くさい話。何かについて、「法の勉強、法の勉強」

「この際だからハッキリ言うけど、私弁護士にも、行政書士なんかにもならないから。」

「何をふざけた事を言ってるんだ。」

「ふざけた人間が弁護士なんかになったら、他人の人生の終わりだと思いますけど?よかったですね、なりそうにもなくて」

私のデザインを「そんな事」呼ばわりした仕返しだ。

「なんかとは何だ!」

あーもう、うざい。

「電車遅れるから、いってきます」

「こら待て、柚子!」

父の声を無視して、家を飛び出した。

なんかスッキリしたー。家出した気分。私の家からおばあちゃんの家までは、在来線で約1時間半、そこからバスで50分も行ったド田舎にある。おばあちゃんが若くて元気だった頃は、周りに店も少しはあったみたいだけど、今じゃ何にもなくて正直退屈な場所。それでもって、つい先日おじいちゃんが死んじゃって、さらに活気が無くなっちゃった。さっきは文句ばっか言ってたけど、久しぶりにおばあちゃんに会えるし、田舎にいれば心が癒され、いいデザインが浮かび上がるかも。なーんて考えてます。結局デザイン重視。


そんなことを思っているうちに、バスは駅からどんどん遠ざかり、景色はすっかり田んぼだらけ。一軒だけ真新しいコンビニが、似つかわしくぽつんと建っている。唯一残っている村のスーパー、西尾商店も通り過ぎると、いよいよ何もないド田舎に到着。 バス停で降りて、少し登り坂を歩く。陰るものが無いから、すっごく暑い。街みたいな、人混みとアスファルトからくる熱気とは違う、ジリジリとした暑さ。陰ってくれる建物も、木もない。日傘を持ってこなかった事を悔やむ。怒った勢いで出てきたせいで、ここまで頭が回らなかった。

「あーあ、、もう最悪。暑い、あっつーーーーーーーぃ!!」

大声を出したせいで、余計暑くなる。

田舎のいいところは、いきなり道端で大声を出しても、驚いて振り向く人がいないというところだ。しばらくして、道がだんだん平面になってきた。バス停から徒歩10分、やっとおばあちゃんの家が見えてきた。見えたと言って、まだ100メートルぐらい先なんだけど。その道の途中に、小さな神社がある。敷地内に樹齢何年...、たしか1000年ぐらいの大杉があって、小さい頃おじいちゃんとよく来てた。こんな夏の暑い日には、この大杉が作ってくれる木陰がすごく心地いいんだよね。おじいちゃんは、昔話が大好きで、ここでよく色んな話をしてくれた。「別の世界の大杉は、切り倒されているんだよ。」とか、「変わっているが、腕のいい帽子屋と可愛い子供に出会って、美味しい料理を食べたり、不思議なお酒を飲んだ」とか、「昔おじいちゃんは、馬に乗って街を駆け回ったんだよ。」とか、今思うと、全部おかしなはなし。おじいちゃんが若い時代でも、馬に乗って街中駆け回る人なんて、江戸時代じゃ無いんだから、ニューヨークの警察官ぐらいだよ。きっと私を楽しませようとしてくれていたんだなと、嬉しく思う。そう言えば、「いいか柚子、仕事ってのは誰かを思ってするもんだ。そうすれば、自分も人も、みんな幸せになるからな。」とも言ってたなー。きっと私のデザインした何かで、人が幸せになれるってことだよね。そう思うとなんだか気分が良くなった。「ありがとうおじいちゃん。」と手を合わせる。そんな思い出の詰まった神社と、大杉の前を通り過ぎて、数十メートル歩くと、

「つーいたっ」

はい、到着、これが私のおばあちゃん家。でかくてボロくて、あれだ、サツキとメイの家みたいな。未だに風呂は薪で炊くし、料理する火も薪で熾す。何時代だって感じ。小夜ちゃんたちは田舎に来たがるけど、こんな恥ずかしい家見せられないから、いつも断ってる。

「ばーちゃん、来たよー」

私はおばあちゃんの事を「ばーちゃん」って呼ぶ。理由はないけど、小さい頃から何故かそうだった。

「ばーちゃーん!!」

大声で呼んでみる。叫ばないと、どこにいるのか分からない。

「ばーちゃーん。どこー?」

どうやら家の中には居ないみたい。畑に行ってるのかな。裏にあるだだっ広い田んぼと畑へ向かう。

「ばーちゃん、、あっ、いたいた」

10メートル程離れた場所で、作業をしている。こんなに暑いのに、畦の草むしりとは、よくやるなぁ。

「柚子ちゃん、早かったなぁ」

そう言って、私に気がついたばーちゃんは立ち上がった。

「お昼ごろに来るって言ってたでしょー」

「そうやったかね?」

そう言って笑う。このくしゃっと皺の寄った笑顔のばーちゃんが、私のお気に入り。

「もう少しでお昼になるよー。」

「もうそんな時間か。そしたらご飯食べよかね」

しゃがんで草むしりをしていたため、膝についた土を払いながらこちらへ歩いてくる。

「おっきくなったなぁ」

横へ並んだばーちゃんは、私にそう言った。

「この前も同じこと言ってたじゃん、まだ半年も経ってないよー?」

「いんや、柚子ちゃんは日に日に大きくなってるわ。」

そうかな?と思いながら、家へ戻る。

家の中は、外の暑さなんて嘘のように涼しい。クーラーも何もないのに、不思議なほどに涼しかった。

「柚子ちゃん、そうめんしかないけど、いいかね?」

「いいよー、麺つゆにユズ入れてー」

「はいはい、本当におじいちゃんと一緒でユズが好きやなぁ」

私は何にでもユズを入れたがる。お茶にもカレーにも、ヨーグルトにも。それほどユズが大好きなのだ。ちなみに、私の名前をつけたのはおじいちゃん。自分の好物を人の名前につけるって、どうなのよって思うけど、私はこの名前結構気に入ってる。

「いただきまーす」

やっぱ、夏といえば田舎!田舎といえばそうめん!

「悪いね、おばあちゃんのためにせっかくの夏休みを...」

「えっ、んーん!全然大丈夫!どうせ寝てるだけだったと思うし」

本当はデザイン展の予定があったけどね...。

「それじゃあ、おじいちゃんのアトリエの掃除を一緒に手伝ってくれるかい?」

「いいけど、片付けちゃうの?」

「もう誰も使わないしねぇ。建物自体も古くて、地震でも来たら崩れちゃうだろうし。その前に中だけでも片付けておかないとね。」

「そっかー」

アトリエは、おじいちゃんが若い頃から建っている。土壁と木でできてて、良い言い方をすれば、味がある建物。正直にいえば、ボロい。おじいちゃんはアンティーク調だとか言ってたけど、ただ古いだけのように見える。部屋は二部屋ある。二部屋と言っても、奥は物置だからすごく狭い。もう1つは10畳ぐらいの部屋。おじいちゃんはいつもここで、たくさんの帽子を作っていた。こんなド田舎で作ったって、買ってくれる人なんかいないと思っていた。だけど、実際のところ東京、名古屋、大阪とかの都市に卸していたらしい。それだけ買ってくれる人がいるなんてすごいなと思った。でも最近は街で帽子をかぶってる人を見かけることが殆どない。いても片手で数えられる程度。私自身被らないし、持ってすらない。被ったあととか、静電気で髪の毛グチャってなるし、汗かくし、良いことないなーってね。多分みんなも思ってるんじゃないかな。

「ごちそーさまー」

「置いといてね。柚子ちゃんは休んどき、親が死んでも食休みって言うでしょ。」

「そうなのー?」と返し、お言葉に甘えて横に転がる。食べた後に、すぐ横になると牛になるって誰かが言ったけど、私はなりませーん。

「んぅーー」

盛大に畳の上で伸びをする。やっぱ田舎も悪くない!ゆったりできるって最高〜。

・・・この後私は、この思いを後悔する。



→♡←


「よいっしょっ...。」

「柚子ちゃん、次こっちのもお願いね」

「はーい。」

只今絶賛お掃除中。今片付けているのは帽子の素材の布とか諸々入った箱。すごく重たい...。

「柚子ちゃん、おばあちゃん外の掃除してくるから、何かあったら呼んでね。」

「はいはーい」

ほんと元気だなと思いながら、ばーちゃんの背を見送る。それにしても、

「これ片付くのかな...。」

今日中には無理そうだ。夏休みたっぷりあるし、そのうちに片付けよう。

ていうか、こういうのは奥から片付けていった方が効率いいよね。よし、奥の物置部屋から片付けますかー。

物置の扉を開けると、ギィっという錆び付いた音ともに、大量の埃が降ってくる。

「ゲホッ...ゲホッ、も〜...最悪」

頭と服についた埃を払いながら、物置へ入る。そこに広がっていたのは、

「うわ、、すごい...こんなに」

物置の棚に、所狭しと積まれた帽子。

「でもなんか、作りかけ...ぽい?」

しかしそのほとんどが未完成品。ツバが付いていないキャップ。型だけで終わっているもの、結びかけのリボンがついた帽子、、などなど。

「もったいないなぁ」

私はその1つを手に取ってみる。

「これなんか絶対可愛いのになー」

おそらく元は白色で、上品な赤いリボンがまかれたシルク地の帽子。今は日焼けやらなんやらで黄ばんでいる。

「ん?」

その隣に、これまた随分と汚れた帽子が置いてある。

「あれ..汚れてない...?」

一見汚れているように見えた帽子だったけど、実際に掴んで見ると、不思議なことにチリひとつ付いていない。全体的に茶色で、魔法使いの帽子みたいだけど完全にそうではない、これこそアンティーク調な形に見える。かといって現代で売ってもおそらく売れなさそうな形。そしてこの帽子は、この中で唯一完成している帽子だった。正直私のファッションセンスとはかけ離れてるけど、、

「汚れてないみたいだし、被ってみよっと」

そう言って、頭に帽子を乗せた瞬間、一瞬グラッと横揺れを感じる。

「地震..?」

慌てて屈み、目を瞑る。

こんな所で地震なんてきたら、私共々建物がペッチャンコになっちゃう。と思っているうちに、揺れはとっくに収まっていた。

「違ったかな」

恐る恐る目を開ける。何も崩れていないようで一安心。気のせいだったか、でもやっぱなんかズレてる...?

「こんな所に鏡あったっけ」

確かさっきまでは無かったはずの大きな姿見が棚の横に、窮屈そうに収まっていた。今しがた被った帽子が似合うかどうか確かめるため、私は鏡の前に立つ。

「おぉ〜、中々似合うじゃんっ」

やっぱなんでも似合っちゃうなー、私。よし、ばーちゃんに見せよーっと。

「ばーちゃーん、見てー」

再び物置から10畳ある作業場へと出る。

「....?」

おかしい。さっきまではボロボロでガタガタで、ただ古いだけだったはずの作業場。でも今は、

「どこ、ここ...」

思わずそうそう言ってしまった。確かにおじいちゃんのアトリエで、古臭い感じはする。でも、今私が見ているこの部屋は、確かに誰かが使っている。文字通り、現在進行形で誰かが使用している、住んでいるように思えた。作業机の上には飲みかけのコーヒー。作りかけの帽子。そして何より、窓から入る光は、太陽の光ではない。月の光だった。そう、時間まで違うように感じた。

「あの〜...誰かいますか?」

多分誰にも聞こえないような声で問いかける。まずはこのトンデモな現象に驚くべきなんだろうけど、私は驚かない。きっと夢か何かだから。さっきのはやっぱり地震で、きっとどこかに頭をぶつけて夢を見ている。そう思えば不思議でもなんでもないからね。

「もしもーし」

もう一度呼んで見るが、誰からの返事もない。よし、こういう時は夢だから都合よくなるはず!

「誰か応えろ誰か応えろ〜....」

目をつぶって念じてみる。

けど、やっぱ誰もいないみたい。

「なんて都合の悪い夢だ。」と私はブツブツ言いながら、一体何時なのだろうと、近くにあった懐中時計を手に取った瞬間だった。

ー....ウーウーウーーーーー!!!…ー

外から、サイレンの音がけたたましく鳴り響いた。 例えるなら、アメリカの警察車両のサイレンみたいな感じ。...ってわかる人少ないかな。とにかく、サイレンだけが鳴り響いた。

「もう、サイレンじゃなくて、誰か出てこないかって念じたのに。うるさいなー」

月明かりが溢れる窓のカーテンを、そっと開けて外を見る。

「わーぉ....」

ごめんなさい。あまり感情豊かじゃないせいで、こんなうっすい反応しかできてないけど、今結構、すごく驚いてる。

ほら、結構と凄くを同時に使っちゃうくらいには動揺してるんだよ。だって、私の目の前に広がる景色は、おばあちゃんの家の外と全然違う景色。というか私がまだ見たことのない景色。夢って、見たことある風景とか出来事で成り立つって聞いたことあるけど、嘘なんだ。だってこれ、日本の景色じゃない。行ったことはないけど、外国っぽい。でもこの建物はおじいちゃんのアトリエそのもの。

「変な夢」

ー....ウゥーウゥーウーーーーー!!!…ー

また鳴った。なんのサイレンなんだろう。もし、夢の外のサイレンだったら、私はとっくに起きている。いつも携帯の目覚まし、バイブ音で起きちゃうくらい音には敏感だから。

ー....ウゥーウゥーウーーーーー!!!…ー

音の正体を確かめるため私は外に向かう。この部屋から出ない方がいいのかもしれないけど、好奇心がそうはさせない。見覚えのある扉を開けて、アトリエの外へ出た。やっぱり、ばーちゃんちの周辺景色ではない。私が立っているアトリエの周辺は、ほとんど灯りがなくて暗い。でも、サイレンが鳴っている方は、街の中心なのかな?とても明るいように見える。そう言えばさっき、時間を見そこねた。いったい今何時なんだろう。

「てか、風強っ!」

さっきから中々に強烈な風が吹いていて、油断すると体ごと持ってかれそう。私の左奥に広がる森の木々も、ザワザワと音を立てて揺れている。

「うゎっ」

砂埃が目に入った。痛いよー...

こんなんじゃ、あの灯りの場所まで行くの大変だよね....。でもサイレンの真相を確かめにいきたいし...。

「んー....」

そう私が悩んでいると、アトリエの反対側から、「ガラン」と扉が開く音と共に、誰かの足音が聞こえた。

「なんだ、やっぱ誰かいるじゃん。」

私は、その人物に近づこうと、強風の中一歩踏み出した。しかしその人物は、こんな風など慣れているかのように、どんどんと先へ行ってしまう。砂埃が舞うせいで、どうやらこちらには気づいていないらしい。

「すみませっ、、ゴホッ」

もう、何なのこのリアルすぎる夢は!

砂が口の中に入る感覚まで、再現しなくてもいい!

しかし、あたりの砂が消える頃には、その人物は結構離れた所まで行ってしまった。多分見た感じ男性だった。スーツを着てて、帽子をかぶってた気がする。

「ていうか、裏口あったんかい!」

さっきから私は、夢に対してツッコミを入れてばかりだ。もう、誰もいないみたいだし、仕方ないからアトリエへ戻ろう。

「よいしょっと、」

風に押されるドアを、力一杯引いて入る。室内に一気に風が流れ込む。

すると部屋の中には、、

「お帰りなさい、イザカさん!早かったですねっ」

こちらを見つめる1人の少年の姿があった。

私たちは、互いを見つめて一瞬固まり、

第一声を発した。


「『誰?』」


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