1話 あなた、野球部の監督をやりなさい
「あなた、野球部の監督をやりなさい」
学校も終わり、家に帰ってきて、俺はいつも通り自室のベッドにダイブしながらスマホでネットサーフィンをしていた。そんな何気ない日常に、いきなり、急に、不意に、彼女は現れた。
「ど、どちら様でしょうか・・・?」
正体の分からない眼前の女の子に対して訊く。眼前にいる少女は、それはそれは美少女だ。腰付近まで伸びる黒髪は黒曜石のように艶やかで、見るものすべてを魅了させる。花浅葱色をした瞳は透き通っていて綺麗、かつなにか謎めいたものを連想させる。小さな顔も、透き通るように白い肌も、なにもかも彼女を美少女と認めざるを得ない。
「そんなことは今関係ないわ」
「そっ、そうでいらっしゃいますか・・・。ところでいつになったら踏むのをやめてくださいますでしょうか・・・?」
彼女が俺の部屋に入ってきて、ベッドで転がりながらスマホをいじっている俺を見つけた時に、彼女は一目散に俺のところに来て、うつ伏せの俺の背中に右足を乗せた。初対面ではあるのにしっかりと主従関係を確立されてしまった。
「つーかえーとなんだっけ、野球部の監督?唐突だなおい」
「でもあなたは野球がお好きと伺っておりますよ」
俺を踏んでいることに関してはスルーされた。しかもまだ踏み続けられてるし。つかこの子俺と同じ学校の女子の制服だ。ベッドに寝ている俺を右足で踏む体勢はパンツが見えそうだ。
「ああ、確かに野球は好きだ。だけどな、俺には野球をした経験がないんだ。そんなやつに監督?指導者?務まるわけがねえだろ!そもそもプロ野球で超一流の実績を残した選手でさえ、監督や指導者になったら無能だとか言われてるんだぜ」
とりあえずいろいろ言って拒絶しよう。なんで普通の高校二年生の俺が野球部の監督なんぞやらなきゃいけないんだよ。そういうのは教師がやるもんだろ。
「逆もまた然りですよね?選手時代は二流でも指導者としては一流の人だっているでしょう?それにあなたがやるのは何万人という人から結果が求められるプロ野球の監督とは違って高校野球の監督ですから」
確かに・・・彼女の言っていることは一理ある。それどころか完全に論破されてしまったような気さえする。いや、仮に論破されていたとしても、だからと言って俺が野球部の監督をやる理由にはならない!むさ苦しい野球部の監督なんてやりたくはない!野球は好きだけど、あくまで俺が好きなのは観ることだけだ。
「まあ俺にその気はない。以上だ!」
声を荒げて、シッシッと手で払い、謎の女の子に部屋から出ていくようにと促す。だが彼女は一向に部屋から出ていこうとせず、未だに俺を睥睨している。
「あなたの人生、このままでいいのですか?」
「は?急になにを言う?」
「聞いた限りですと、あなたの人生は退屈そうです」
見ず知らずの女の子に初対面で人生を否定された。しかも踏まれながら。
「お前に俺の人生の何が分かるんだよ!」
「聞いた限りですと、あなたは特に部活動に加入しているわけでもなく、交友関係も広い方ではないそうですし、アルバイトの経験もないようですし、勉学に勤しんでいるわけでもないと、ある筋から情報を得たのですが・・・」
うーん、全部あってる・・・。一体どこからの情報なのか。
部屋の入口で隠れてチラチラと部屋の中の様子を伺っている人間の存在に気付いた。妹だ・・・。おそらくある筋と言うのも妹のことだろう。
「あなたの高校生活、それでいいんですか?」
なんだこの女・・・初対面の人間をそこまでボロクソにディスるか?別に俺がどんな人生を歩んだってあんたには関係のない話だろ?俺が好きでそういう生活をしてるんだから!・・・だが彼女の勢いに気圧されてしまって、そんな強気な反論は心の中でしか出来なかった。
「・・・いいんだよ。別に。つーか教師はどうしたんだよ?」
「野球部の顧問の先生は、重病を患って退職したわ、それで後任が決まらない状態で・・・」
「ほーん、大変そうだな」
「まるで他人事のように言うわね」
「実際他人事だろ。ところでお前は何故俺のところへ来た?」
「あなたが、野球がお好きで、尚且つ暇そうにしているという情報をある筋の方から教えていただきましたから」
妹めぇ・・・。
でも確かに、妹の言う通りなんだよな、部活もアルバイトもしてないし、交友関係だって広くない、いい大学を目指すほどの学力だってない。長所もない。やりたいこともない。けれど趣味ならある。それが俺の生きがい、野球観戦。だけど俺は観ることが好きなだけであってプレーしたことはない野球素人だ。
「私だってお兄ちゃんの頑張ってる姿、みたいんだもん!」
部屋の外からチラチラとこちらを伺っていた妹が、唐突に部屋に入ってきて、そんなことを口にした。何やら目をウルウルさせている。泣かれるのは面倒くさいな。さすが女の武器。
「とりあえず一度観てみません?野球部を」
妹の登場で2対1になってしまった。このまま断ったら妹は何か泣きそうだし、その後妹との間に軋轢が生じたりするのも面倒くさい。とりあえず一度観に行って、そんで断ろう。
「分かった。観てやるよ。野球部」
そんな口約束をして、今週の日曜日に野球部の試合を観に行くことになった。
初めまして!燎旋です。皆様よろしくお願いいたします。
Kirakira◇Nineというタイトルの読み方はキラキラ・ダイヤモンド・ナインが正解です。