第5話 シーナの決意
僕はまたケイトに視線を戻した。それから、そんな馬鹿げた話がある筈がない、と独り言のように言った。
「大体、そんな話を信用できるのか? そんな方法が存在するのだったら、世間から不器量という言葉が消えてしまうだろうに」
「だって」ケイトが言った。「普通に稼いでいる人達には到底払い切れない位の謝礼金を払わなくてはならないのよ」
そんなの、尚更無理だ。大体自分達の商売を考えてみろ。織り娘の賃金で一体どうやってそんな途方もない金を払えるというんだ。
「君は、そんな金をどうやって用意する積りなんだ?」
僕はケイトに訊いた。彼女は、また薄笑みを浮かべた。
「シーナに訊きなさいよ」
言われて、僕はシーナを見た。彼女は何か悪い事をしているかのように俯いた。
「ケイトが…貸してくれるのよ」
僕は、自分で、自分の右側の頬が引き攣るのが解った。あんまり道理から外れた話なので、僕は理解し難いのとやりきれないのとで、どう反論してやればいいのかが解らなかった。
「君は…」僕はケイトに向かっていった。「そんな金を用意出来るのか?」
ケイトは、当然の事であるかのようにゆっくりと首肯した。
「シーナには、特別に低金利で貸してあげるのよ」
利息を取るのか…?
「そんな話、信用できない」僕が言った。「利息を徴収する、という話も。君に関して、なんだか信認し難くなってきた…」
「織り娘の賃金にして、十年分に近い金を貸すんだから、当然じゃない」
なんだって…?
「十年分って…」
「残りの人生を綺麗な顔で生活できると考えれば、決して高い金額じゃない。シーナだって何時までも織り娘をする訳ではないだろうし」彼女は言葉を切った。「一応、シーナが洋裁店で働いてその給金を貰った場合を想定しての、返済計画の計算はしたのよ。月給の四半分をあたしに払う事で、十年間」
十年後…シーナは二十六歳…。
僕はシーナの表情を窺った。彼女は、大丈夫、と小さく言った。
「わたし自身は、もう承諾したの」
そんなのって…。
「シーナらしくないよ。器量よりも大切な物なんて、幾らでもあるだろう。大体、そんな途方もない金額を工面する事を考えても…僕は反対だよ。断固、認められないよ。仮令それだけの金が手に入って、その計画が可能だとしても…僕は、君の顔が変わってしまうことを耐えられない…」
「とりあえず聞いて」ケイトが言った。「やるかやらないかは別として、最後まで聞いて」
僕は得心が行かなかったが、黙る事にした。
「解ったよ…。続けて」
ケイトは頷いた。
「それで、あたしにはそれだけの金を貸すだけの余裕があるの。どうやって手に入れているかは聞かないで。でも、確かめておくけれど、まともに働いて稼いだ金だからね」彼女が織り娘以外の仕事をしているのは知っている。何をやっているのかは知らないが。「そっちの稼ぎがいいから、あたしにはそういう余裕があるのよ。じゃあ、どうして織り娘を続けているのかって、貴方は訊きたいかもしれないわね」僕は首肯した。「まあ…体面を気にしているから、とでもいっておくことにするわ。それで、器量を好くするための方法なのだけれど、これが果たして信用できるか、という事ね」ケイトは僕とシーナの顔を交互に見てきた。「あたしの顔、どう思う?」
なんだって?
「綺麗…」シーナが言った。「だと思う…」
「貴方は?」
僕は当惑してしまった。彼女の言おうとしている事がすぐに理解できたからだ。
「僕は君の顔を好きじゃない」僕は反抗するように言った。「けれど、美形である事を否む積りはない」
それでケイトは満足そうに薄笑みを浮かべた。
「もう解ったと思うけれど、あたしだって、二年前まではこんな顔ではなかったのよ」僕は驚かなかったが、シーナは感心したように溜息を漏らした。「あたしも、その方法で、この顔を手に入れたの」
僕はあまり気分がよくなかった。なんだか、何から何までが虚構のような気がしてきた。実際、ケイトの顔が造り物であるのなら、彼女の話もまるで造り物のようにしか聞こえない。綺麗になるのは結構だが…シーナには、今のままでいて欲しい…。
「二年前というと、君は十五歳だね」僕が言った。「その時から、そんなに金に余裕があったのかい?」
ケイトはかぶりを振った。
「勿論、借金があったのよ。もう返済し終えちゃったけれどね」
…どこにそんなに稼ぐ方法があるんだか…。でもどうやら、彼女の話は本当らしい…。
僕はまた、シーナの方を向いた。
「わたしは…」彼女が言った。「やってみたい。綺麗な顔を欲しいと思ってるよ」
僕は、小さく溜息を吐いた。
「ともかく」ケイトが言った。「来週までに返事を頂戴。金を用意しておくわ」彼女は席を立った。そして、僕の方を向くと、「精々、シーナを説得するのね」と言い、勘定を済ますと、「太陽亭」を出て行ってしまった。
帰り道、僕はシーナと少しだけ口論をしてしまった。僕には懸念が幾つかあった。一つは、まだ完全に信用している訳ではない事。一つには、金の工面の事。そして一つには、シーナには今のままでいて欲しい、という事。
僕は彼女に、どうしてもそんな偽物の自分を作り上げて、その皮を被って一生を生きるような真似をして欲しくなかった。僕の考えは古いのかもしれない…けれど、シーナはずっと今のままで、僕のシーナでいて欲しいと思った。
が、シーナは別れしな、ごめんなさい、と寂しそうに呟き、小屋に戻っていってしまった。僕は非常に機嫌が悪かった。未だに頭の整理が出来ていない所為だろうか、これから何が起こるのかの予測が全くできずに、頭の中は混乱してしまっていた。
僕は、出来るだけ何も考えないように努力しながら、床に就いた。
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