第3話 面接の事
普段よりも綺麗に見えるシーナを隣に、僕は小屋を出た。それから、並んで歩いて、洋裁店に向かった。機織小屋と同じ街にあるのだが、場末と繁華街では賑わいぶりがまるで違った。僕やシーナが街の中心地区に顔を出すことは殆どなかったし、その必要もなかった。だから、久しぶりに人の多いところに出る事もあり、僕自身、少し不安になるところがあった。隣にいるシーナも緊張しているようで、言葉数が少なかった。彼女は歩きながら、幾度となく、服装を正したり、髪型を気にしたりした。僕は出来るだけ彼女が不安にならないように、そういう時は必ず微笑してやった。
洋裁店は、確かに大きかった。中心街でも珍しく三階建て全てが店になっているようだった。純度の高い硝子窓が通りに面して幾つも取り付けてあり、中を覗けるようになっていた。僕にはよく理解できない世界だと思ったが、随分余裕をもって商品が並べられているのが見えた。
僕は、本当にシーナがこんなところで働けるのかと、少し不安になった。でも、彼女自身にしてみればそれ以上に懸念があるに違いない。
僕等は暫く店の前で立ち尽くしてしまったが、何時までもそうしている訳にもいかないと思ったので、やがて、僕は見上げる彼女の背中を軽く押してやった。彼女は少し俯くと、僕の方を心配そうな面持ちで向いた。僕は小さく頷いてやると、まあ、頑張ってきなよ、と声をかけてやった。彼女は小さく首肯すると、一度咳払いをし、少し掠れた声で、ありがとう、というと、重そうな厚手の木製の扉を開け、中に入っていった。
僕は落ち着かない気分で、暫く、彼女が入っていった扉を見詰めていたが、気を紛らわせる為に商店街を歩いてみる事にした。
普段、自分が生活をする上で必要な物は、僕やシーナの住んでいる街外れの地域で充分手に入るので、こういう所で売っている商品には幾分と興味があった。
僕は、面接なんてすぐに終わるだろうな、と思いながら、書物を扱う店、金物を扱う店、家具を扱う店、鉱石を扱う店などを廻ってみた。
洋裁店の前に戻っても、まだシーナは出てきていなかった。それで、僕は店の入口近くの壁にもたれかけて、彼女を待つ事にした。
シーナは、すぐに出てきた。彼女は僕がいる事に気付かないと思ったので、僕はゆっくりと、彼女の表情を窺うように寄っていった。
彼女は僕に気付くと、少し寂しそうに微笑み、それから小さくかぶりを振った。
僕等は並んで帰路を歩いた。僕は何も言えなかったが、彼女は何も言わなかった。常に俯き加減で、普段よりもゆっくり歩いていた。僕は彼女と歩調を合わせながら、面接がどのように進められたのかを訊こうと思った。けれど、やめた。僕は彼女が口を開くのを待った。
人通りが少なくなると、シーナは突然立ち止まり、顔を両手で覆った。それから、少し声を立てながら、肩を小さく震わせ始めた。
僕は何も言わずに彼女の肩に手を掛けると、適当に座れる場所を探し、彼女を隣にして腰掛けた。何か気の効いた言葉でもかけてあげられるとよかったけれど、何も思いつかず、暫く泣かせてやろうと思った。僕は彼女の背中を、一定の周期で以って、とん、とん、と叩いてやった。南中したばかりの陽射しに目を細めた。
「わたしね…」涙声で、シーナが呟くように言った。「顔が地味って言われたの…」
僕は、彼女の背中を叩きながら、そう、と、同じく呟く様に返した。
「僕はね…」僕はまた空を見上げた。「君が採用されなくて、少し安心しているよ」
シーナは顔をあげなかった。
「どうして…?」
「うん…」僕は、なんでだろう、と小さく言った。「多分、君には、ずっと僕だけの君で居て欲しいと思ったからだろうね…」僕は相変わらず俯いている彼女の方を向いた。「なんだか遠い世界に行ってしまうような気がしていたのかもしれない」
僕の言葉に、彼女は暫くの間、何も話さなかったが、やがて、ありがとう、と小さく呟いた。
そうして、僕等は、落ち着くまで座っていた。
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