第14話 それでも僕は、彼女を信じたいんだ
次の日は、休日だった。僕は、仕事に行かなくては、と思って急激に起床したが、その事に気づいてから、また布団に潜りなおした。
何もする気になれなかった。悪夢を見て、起きたときにそれが夢だった事に安堵したにもかかわらず、実際は現実がその悪夢の続きだった、というような気分だった。
午前中、心の奥底では、シーナが訪ねてきてくれる事に期待しながらも、何もせずに、布団の中でじっとしていた。
正午の鐘が鳴り、僕はようやっと起き上がり、着替えをした。
多少空腹だったので食事をとろうと思った。給金を前借してしまったので金が余っている訳ではなかったけれど、少しでも話が出来ると思ったので、昼間から「太陽亭」に行くことにした。
店は、大変な混雑だった。アンネッタが席に案内してくれた。丁度ケイトが来ているというので、ケイトと相席になった。
僕は適当に注文をすると、ケイトに挨拶をして、席に着いた。途端、僕は昨日のアンネッタの言葉を思い出した。僕は意識的に、向かいになったケイトから離れるように椅子をずらした。売春について彼女を責める積もりはなかったが、以前と同じように見られなくなったのは確かだった。
「アンネッタから聞いたんだってね」ケイトが言った。僕は、表情を曇らせてから、ケイトの目を凝視し、ゆっくりと、小さく首肯した。「あの娘ったら…」
「シーナは」僕が言った。「君がそういう仕事をしている事を、以前から知っていたのか?」
「当然じゃない」ケイトが言った。「ちょっと前まで、同じ織り娘だったのよ」
言われて、僕は黙るしかなかった。やがて、アンネッタがパンと乳を運んできた。彼女は、僕等の話には加わらずに、そそくさと調理場へと消えていった。
「昨日は…」ケイトが、パンを口に運びながら、上目遣いに言った。「大変だったみたいね」
僕は、目を大きく見開いたと思う。頬が紅潮するのが、自分でも解った。僕は、俯いた。
「シーナから…」僕が言った。「何か、聞いたのか…?」
ケイトは薄笑みを浮かべながら、大きく首肯した。
「貴方、もっときちんとあの娘を繋ぎ止めておかなくては駄目ね」
僕は、力なくパンを千切った。
「もう…」呟いた。「どうでもいいよ…」
僕の言葉に、ケイトは小さく声を立てて笑った。
「貴方って、とっても不憫なのね」彼女はテーブルに両肘を突き、組んだ両手の上に顎を乗せ、上目遣いに僕と視線を合わせてきた。「じゃあ、今すぐ機織小屋に行った方がいいかしら」
シーナが居ると言うのか?
「暫く、彼女には会いたくない…」
ケイトは再び薄笑みをこぼした。「今、機織小屋に行かないと、暫くじゃ済まないくらい、会えなくなるかもよ」
何…?
「どういう事だ?」
「行けば解る」
翻弄するケイトを、憎く感じた。
「君は教えてくれないのか?」
出来るだけ落ち着いて話した僕に、彼女は薄笑みのまま頷くだけだった。
それで僕は、素直に彼女の言う事を聞く気にはなれなかった。微笑するケイトを眼前に、ゆっくりとパンを食べ、ゆっくりと乳を飲み、さらにアンネッタが食器を片付けてしまってからも、暫くの間ケイトと沈黙のまま睨み合いを続けていた。なんだか、自分でも自分が不憫だと思えた。
教会の鐘が午後二時を告げた時、僕は席を立ち、勘定をすませた。
未だに居座っているケイトに向かって挨拶をすると、彼女は、今更行っても、ケイトには会えないかもよ、と言った。僕は出来るだけの蔑みの眼差しを彼女に向けると、鼻で、ふっ、と笑ってやった。
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