第13話 本当は知りたくない事
すぐに部屋に戻る気にはなれなかった。独りでいると、余計に自分が惨めな気分になる事が解っていたからだ。だから、部屋には向かわずに、「太陽亭」に向かった。
夕食時ではあったけれど、客はそれ程多くなかった。僕は半ば倒れこむかの様に、一番小さなテーブルについた。
アンネッタが、心配そうな表情を浮かべて注文を取りに来た。僕は、適当に酒を持ってきてくれるように言った。アンネッタは小さく溜息を吐くと、すぐに洋杯を、二つ持ってきてくれた。
彼女は僕の向かいに座ると、片方を僕の前に、片方を自分の前に置いた。
「優しいんだな」
僕が言った。
「何があったのか、訊いていい?」
アンネッタが、酒を飲みながら言った。僕は一息に呷ると、野暮だよ、と返答してやった。
「シーナを」僕が言った。「見たかい?」
彼女は首肯した。
「羨ましいくらい綺麗だったわ…」アンネッタは、他の店員に、酒を壜で持ってくるように言いつけた。「でも、随分お金が掛かったそうね」
僕は頷いた。壜が運ばれてきたので、自分で洋杯に酒を注いだ。
「ケイトに借りた、って言うんだ」僕は、一口だけ酒を入れた。「一体、どこにそんな金があったんだか…」
「私はまだ聞いていないんだけれど」アンネッタが言った。「シーナは、そんな大金をどうやってケイトに返していく積もりなの?」
僕は、さあ、と呟いた。
「洋裁店の給料の一部をケイトに渡して、十年だとか言ってたな」
アンネッタは、苦笑した。
「十年も続くと思う?」
僕はまた、さあ、どうなんだろうね、と答えた。
「でも、ケイトは…」僕は言葉を切った。「ケイトもシーナと同じ方法で器量好しになった、って話は、聞いてる?」アンネッタは首肯した。「でもケイトは、それだけの金額を二年以内には返してしまったとかなんとか…」
「それは…」アンネッタが少し声を張り上げて言った。「貴方、ケイトが何の仕事をしているか知らないの?」
僕は、知らないと言った。
「織り娘以外にも、何か仕事をしている事は聞いていたけれど…」
アンネッタは、僕から視線をそらすと、大きく溜息を吐いた。
「彼女ね…」彼女は声を潜めて、言った。「街で、売春をしているのよ…」
僕は、血の気が引きはしなかったと思う。ただ、その言葉を聞いた瞬間に、シーナとケイトを重ねてしまったのは確かだった。
僕は何も言わずに、洋杯に残った酒を飲み干すと、立ち上がり、テーブルの上に適当な金額を置いた。アンネッタの不憫そうな表情が印象的だったが、早足に店を出た。出たけれど、行く当てがある訳ではなかった。
酔いに任せて、故意に意識がないように自分に言い聞かせて、夜の道を彷徨った。
夜中、自分の部屋に戻ってから、僕は暗い部屋で独り、巻貝の耳飾を金槌で粉々に砕いた。
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