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変神 - へんしん -  作者: ぼを
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第12話 へんしん

 シーナは、十六になった。この数字は、僕にとっては、特に理由もなく、神聖な物だった。そしてそれは、彼女にとっても同じような気がした。僕は、とりあえず彼女を心から祝ってやろうと思った。

 夕方、仕事を終えると、僕は急いで部屋に戻り、小さな化粧箱に巻貝の耳飾を入れると、街中に向かった。始まる時間が、僕の仕事の終わる時間と近かったので、多少、遅刻する事は解っていた。

 一度、洋裁店の近くで立ち止まり、店の場所を確認した。特に地図が描かれている訳ではなかったので、暫く迷わなくてはならなかった。結局、道を行く人に場所を訊き、到着する事が出来た。

 大きな店だった。「太陽亭」の比ではなく、開け放たれた扉から、笑い声や、愉しげにはしゃぐ声が聞こえてきた。

 少し離れた所から、窓から中を覗くと、予想外に大勢の人間が集まっていた。僕は、鼻白んだ。そして、入る事を躊躇った。

 本当にシーナは、僕をこんなところに招待したのか…?

 少しの間、誰にも気づかれないような位置で二の足を踏んでいたが、とりあえず、耳飾だけでも渡しておきたいと思った。

 僕は、出来るだけ侮られないように毅然としながら、店に近づいて行き、そして扉を潜った。「太陽亭」のように、入ったらすぐに食堂になっている訳ではなく、小さな部屋になっていた。勘定台があり、その向こうに店員らしき人間が立っていた。どうやら先に金を支払い、それから中に入れる仕組みになっているらしい、入口と食堂への扉とで、勘定台が挟まれる形になっていた。

 店員らしき男は、すぐに僕に気づき、話し掛けてきた。

「悪いけれど…」男が言った。「今日は、店は貸切になってるんだ」

 その言葉に少し怯んだが、僕は隠しから招待状を取り出すと、男に渡した。男は、訝るように招待状と僕とを交互に見ながら、ふうん、と言った。

「君、シーナの知り合いなんだ」男は僕に招待状を返してきた。「どういう関係?」

 僕はその言葉を無視すると、男に向かって、入ってもいいかな、と訊いた。気分が悪かった。冷や汗が脇を伝った。気温が高くなってきているだけに余計気持ち悪かった。

「先に、金だけ支払ってくれるかな」

 言われて僕は、男に金を渡した。男は多少憮然とした表情を作ると、それじゃあ、ごゆっくり、と言った。

 僕は扉を開けた。

 中は、随分と広かった、そして、随分と騒がしかった。「太陽亭」の数倍の面積の敷地に並べられたテーブルの上に幾つもの大皿が置かれていた。椅子は全て片付けられており、兎に角、人数を収納出来るように計らわれていた。

 実際、食堂には非常に多くの人間が居た。面識のある人間は一人もなかったが、これが全員シーナの知り合いなのだと思うと、頭がくらくらした。気づかなかったが、何やら騒がしいと思ったら、隅に五人で構成された楽団が居り、なにやら演奏していた。

 僕は、どうすればいいか解らなかった。とりあえず、シーナを見つけようと思った。それで、入口に立ったまま、少し背伸びをして、大勢の人間の中、シーナを探した。

 暫くそうしていると、そこに居る男の一人が僕の存在に気づいた。僕は、シーナがどこに居るかを訊いた。男は、指を差してシーナを教えてくれた。

 僕にはシーナを見つける事は出来なかったが、数人の男達が何かを囲むように立っているのが見えた。僕は既に、意識的ではなく、何かの衝動に、特に理由付けのない力に押されて、その人だかりに、ゆっくりと向かっていった。

 随分近づいた所で、ようやっと男達の隙間を覗く事が出来た。そこには一人の女性が居て、男達はその女性を囲んで居るようだった。けれど、それはシーナではなかった。僕は小さく息を吐くと、振り返り、またシーナを探して辺りを見渡した。

「あ…」後ろから、声がした。それは、シーナの声だった。僕は息を呑んだ。「来てくれたんだね」

 振り返ると、居るのは先刻の女性だった…。否、僕はその事を、解っていたような気がした。僕はこの場に、どういうシーナを探しに来たんだ…?

 男達を滑らかに掻き分けて、シーナが僕の前に現れた。僕はその女性をシーナだと解っていたが、それを認める事は出来なかった。よく解らなかった。頭の中が混乱してしまって、何が起こっているのかさえ、解らなかった。一刻でも早く、この場を立ち去りたいと思った。

 目の前のシーナは、僕の知っているシーナよりもずっと大人っぽく見えた。濃いめの化粧、赤すぎる紅、以前のシーナなら絶対に着られないような、背中と胸元が大きく開いた、薄手の服、どうやったのか知らないが、波打たせた髪の毛。唯一変わらないそのトビ色の上には、赤い花の飾り物が添えてあった。

 どこをどう観察すれば、この女性をシーナだと判断できるというんだ…。

 僕は故意に侮蔑するような表情を作り、暫くの間、彼女と視線を交わしていた。彼女は薄く笑みをもらしたままで、何かを言うようでもなかった。

 彼女に集っていた男の一人が傍らから出てきて、僕を怪訝な表情で見つめてきた。

「この人は…」男が言った。「シーナの知り合い?」

 言われたシーナは、その男に向かって、大切なお友達なの、と答えた。男は、ふうん、と言うと、後ろに控えていた男達に何かを喋った。すると男達はシーナの横に並ぶようにして、僕等のやりとりを観察し始めた。僕はシーナから視線を離さないようにして、周辺視野のみで男達の表情を窺った。

「一応…」僕が、呟くように言った。「君に、おめでとうだけを言いに来たんだ…」僕の言葉に、シーナは頷いた。「もう会えたし…邪魔しては悪いから…」

「邪魔なんて…」

 シーナが、薄笑みを浮かべたまま言った。

 僕は小さくかぶりを振った。

「お先に失礼するよ」

 言ってから、僕は返答を待たずに踵を返し、急ぎ足に店を出た。勘定台の男がなにやら不思議な物を見るような表情で僕を見るのが、横目に解った。

 外に出ると、一度だけ店を振り返り、それからすぐに、自宅の方向へと走った。

 僕は、知らなければよかった事実を確認してしまったのだと思った。


毎日、午前7時頃に更新予定です。

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こちらの小説も是非ご覧ください。↓↓↓


「少女になったボクは、少年になったキミに恋をする」

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