ブラックオニキス
「今日のあの女ったら完全二日酔いの状態で、お店に来たの。それで、ブラックオニキス様を指名して独り占め! とても高いオールドワインを何本も頼んでは飲んでを繰り返してまた酔っぱらった後、オニキス様を連れてお店の外に出ようとしたのよ。もうお店のマスターもカンカンに怒っちゃって、速攻で待機してたっぽい兵士たちに捕まったのよ。ざまみろだわ!」
大きな身振り手振りでエクセルに喋る娘。自分の手柄でもないのに、フフンと鼻を高くする。
「捕まったのはいつ頃? オレが来るだいぶ前? その白髪のエルフの詳細が知りたいんだ」
エクセルは席にもすわらず、娘と話す。
「ついさっきよ。エクセル様とすれ違いぐらい。あの女の事ならブラックオニキス様のほうが詳しいと思うけど……あっ!」
娘はエクセルの後ろに歩いてきた青年を見つけて、思わず声をあげた。
「ブラックオニキス様!!」
「やあ、子猫ちゃんたち、僕の名前を呼んだかい?」
すきとおった声が、やさしく二人に語りかけた。
「白い子猫ちゃんも魅力的だったけど、君たち二人はもっと魅力的だ。褐色の肌の君、エルフかな? よかったら僕に一杯お酒をおごらせてよ。大丈夫、お金はいらないから」
「え、オレ!?」
きょろきょろと一瞬周りを見たあと、自分の腕を見て、ブラックオニキスと呼ばれる青年を再度見るエクセル。
「無論そうだとも。中世的な顔立ちをしているけど、僕にはわかる。君はとても美しい。ああ、漆黒の瞳に吸い込まれそうだ。まるでブラックダイヤのような輝きに僕のハートはわしづかみさ。レディ、失礼でなければ名前を教えてくれないかい? 僕の名前はブラックオニキス、この店ナンバーワンのホストさ」
エクセルの顎にクイと右手を添えると、より接近して、エクセルに言い寄るブラックオニキス。
「それ以上近づくなっ、オレはお前なんかに用はないっ」
エクセルの体さばきがあれば、簡単に逃げ切れるものだったが、なぜかそれをしなかった。それでもブラックオニキスをキッと睨みつけるのはエクセルらしさか。
「今、白い子猫ちゃんの話をしてたよね。彼女の話でよければいくらでも話すよ。ほら、まずは座って?」
エクセルはしかたなしと、ソファに座ることにした。
娘とエクセルの元に、一杯ずつのカクテルが用意される。
「いやぁ、僕は幸せだ! こんな素敵なレディ達に囲まれてる! そう、僕は特別な存在。神の寵愛を受けたもの。なぜなら僕にはブラックオニキスという名前がある。素敵だと思わないかいレディ達」
娘はブラックオニキスに話しかけられると、うるうると瞳をうるわせ、とびっきりの笑みを浮かべた。
「ええ、ええ、素敵です! 私の名前なんて誰にも呼んでもらえません。町名すらあやふやなこの世界で、名前を呼んでもらえるオニキス様をとっても羨ましいと思います!」
「いい加減オレをレディと呼ぶのはやめてくれ。あとさっさと本題に入れ。白髪のエルフはどうなったんだ」
エクセルはブラックオニキスを睨みつけ、タンっとカクテルグラスをテーブルに置く。中身は空になっていた。
「おっと、そんなに怒ったら美しい顔が台無しだよ子猫ちゃん。じゃあ早速本題に入ろう。何から話せばいいかな?」
ブラックオニキスは長く伸びた、とても手入れをされた髪をかきあげると、エクセルの顔を覗き込むように、謎のポーズをして見せる。
「名前を知ってたら教えてほしい。あと、繰り返すがオレに近づくな」
ブラックオニキスの顔に手をあて、グイと引きはがす。
「つれないなぁ。彼女の名前ね、たしか……」
ブラックオニキスは再び謎のポーズを取り、自分のグラスをエクセルのグラスにカチンとあててこう言った。
「ファティアっていう名前だったと思うよ」
白い歯を輝かせ、髪をかきあげる。
「きゃー! 素敵ー!」
娘はより一層高い声で悲鳴をあげると、酔いすぎたのもあってか、卒倒してしまった。
「……っ!!」
エクセルはというと、その名前を聞いて数秒固まった。
「わかった、サンキュ。お礼にと言っちゃなんだが、教えておいてやると」
「なんだい子猫ちゃん」
「お前のスーツ、ゲロまみれだぞ」
ブラックオニキスは自分のにおいに気が付くと、つられてその場で吐き出した。
「はぁ、臭かった……」
嘔吐物の吐しゃからすんでのところで逃げ出すことに成功したエクセルはそのまま店を出て、警察署へと歩いていく。
「ファティア……って言ってたよな、間違いなく。可能性はなくはなかったが、本当に本人とは……どうなってんだ、この国は」
エクセルはまるで知っていたかのようなことをひとりごちる。
「だが、そうとわかったらやることは一つ!」
より一層足を早めて歩き出す。
「ファティアを釈放して、魔法を教えてもらう!!」