手がかり
軽い睡眠をとったあと、早朝からエクセルは活動しだした。
ラマ革の外套を、全身を包み込むように羽織り、所定の手続きをして、魔導士ギルドの宿舎からチェックアウトする。
向かうのは昨夜の牢屋で会った、目撃者の家。犯人逮捕に協力するにあたって住所を教えてもらっていた。
目的の家にたどり着くと、再度身だしなみを気にしてから、静かに扉をノックする。
ガチャ
「はい、どなた……さ…………ま!?」
扉を開け、エクセルを見た少女はびっくりした顔をする。なぜかどんどん顔が赤くなっていくのが目に見えてわかる。
「あー、オレ、エクセルって言います。朝早く悪いんだけど、ちょっと聞きたい事があって」
と、開けかかった扉に無意識に手をかける。
「キャーーー!!」
少女は顔を真っ赤にして悲鳴をあげ、よろよろと後ろずさってしまう。
「どうしたんだい、悲鳴なんかあげて」
家の奥から中肉中背の中年女性が出てくる。早朝だというのに厚化粧にドレスをまとっていてとても違和感がある。
「こ、こ、この人……!」
少女はそういってエクセルを指さすと
「私を迎えに来てくださった白馬に乗ってない王子様だわ!!」
目を潤ませながら、そう断言した。
「いやあの、ちょっと待って、何かの間違い……」
エクセルが弁明しようと一歩家の中に踏み出したとき
「キャーーー! キャーーー!!」
少女はさらに気が動転する。
「んまあ、素敵なお方! わかってますとも、貴方様がプリンスなどではないことも。その褐色の肌、とがった耳、つややかな黒髪、なでるような前髪、突き刺すような瞳、どれをとってもイケメンの証拠。ええ、かのナンバーワンホスト、ブラックオニキス様と同等かそれ以上ですわ! 私のハートもがっちりつかみましてよ!」
少女の関係者と思われる中年女性まで興奮してエクセルに言い寄る始末。
エクセルは、はぁ、とため息を一つつくと、中年女性の手を取って、マントを少し開き、自分の胸に押し当てた。
「オレ、男じゃないんで。あと王子でもないんで」
「エクセル様! 私は性別なんて気にしません!!」
「私もですわ! これは私達親子に与えられた神の試練なのです!」
落ち着いたと思った少女は今度ははっきりと意見し、中年女性は胸の前で両手をあわせ神に祈りだした。
「オレ、女に手をあげないタチだけど、魔法ならいいよね? ライトニング!」
部屋の中に一瞬の光と、ピリっとした音が広がる。
「キャーーー!」
「素敵ーーー!」
黄色い茶色い悲鳴は、意識の消滅とともに、消えていった。
カチャリと、ティーカップがテーブルの上に置かれる。
「あまりにいいイケ……もとい、いいお顔立ちだったものですから、私としたことが取り乱してしまいましたわ。ごめんなさいましね」
中年女性はそういうと、オホホと口に手をあてて笑い出す。どうみてもごまかし笑いだろう。少女は気を取り戻したあと、さっさと自室に戻ってしまった。
「娘さんに聞きたいことがあったんだけど、弱ったな」
スィと髪の毛をすくいあげ、椅子に深く座り直し、腕組みをするエクセル。
「どんなお話しでしたの?」
「昨日の夜、どこかの酒場で食い逃げがあったらしくてね。その犯人の行方を追ってるんだ。娘さんは目撃者だから何か知ってないかと思ってね」
「ああ、それなら!」
娘の母と思われる女性は、両手をパチンと叩くと
「私も見ましたわ! その女性」
と、言い出した。
母親に聞いた話だと、この親子は昨夜二人でその酒場に行っていたという。
「今日も二人で行きますのよ。隣町まで。私たち、ブラックオニキス様の追っかけをやってますの」
「ひょっとして今から行くとか?」
「隣町までは遠いですからね」
なるほど、と、エクセルは母親の衣装と化粧を交互に見てうなずいた。
「昨日はあの女にオニキス様を独り占めされてしまったけど、今日は大丈夫だわ! だってあの女、べろんべろんに酔っぱらっていたもの。きっと今頃二日酔いよ!」
そう言いながら、自室から出てきた少女はリビングに入ってきた。
少女はというと、少女も派手なドレスに着替えていた。先ほどまでのぼろ布とは大違いの印象。化粧は濃いめだったが、元が目立たない顔だちだったからそこそこ美人に見える。
「じゃあ、白髪のエルフとやらはそのホストクラブにまた出現する可能性があると?」
「来ないでほしいけど、来る可能性はあると思いますわね」
「わかった、サンキュ」
残っていた紅茶を飲み干すと、エクセルは席を立つ。
「よかったらご一緒に……」
そう言いかけた親子に、チップを渡すと、軽く笑顔で言った。
「雷もう一回?」
「いやですーっ!」
「お達者で!」
隣町までの馬車にのり、カバンから分厚い魔導書を出すと、エクセルはぼそりとひとりごちた。
「オレ、男に生まれればモテモテだったのかもな……」
表紙をめくり、目次をめくり、ブックマークのしおりに手をやる。昨日、途中まで読んでいたところが開かれる。
「ふん、性別なんてどうでもいいじゃないか。」
「オレはただ……」
視線は装備していた銀のショートソードに向かれる。
「力が欲しいだけだ。魔法という、力を」