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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
最終章 ユネプロミス―約束―
79/80

最終話、アルカンシエル

ついに最終話! 長かったような短かったような!


前置きはさておき、最後のお話、どうぞお楽しみくださいませ。

 「うわっ!」

 「ぎゃっ!」

 「きゃぅっ!」

 なんだかデジャヴな感じで、私達は世界に放り出された。いつもより低い所からの視界だという事に気づき、少し慌てて立ち上がる。続いて矢吹さんがうめき声を上げ、腰を叩きながら起き上がり、最後に何事もなかったような顔で波月さんが立ち上がった。みんな挙動不審なくらいにあたりを見渡す。空を切り裂く視線と視線が、互いの不安げな表情をとらえた。

 急に心細くなって、胸元で両手を握り締めた。見覚えのあるメチャクチャになった庭。純和風造りの家。その手に握られたガラス細工。間違いなく波月さんの家だけれど、足りないものがある。

 一緒に居たいと思う、大切な人がいない。どこにもソラにぃが見当たらない。涙腺が緩まり、零れ落ちそうになる涙をガラス細工を強く握る事で抑えつける。不安に駆られて早くなる鼓動をも抑えつけようとして。

 誰か口を開いてくれれば楽になるだろうか。

 私が言葉を発せれば、この不安も追い出せるだろうか。

 情けない感情を心の奥底に追いやると、震えている自分に気づいた。そんな私に気づいてか、そっと私の肩を抱いて支えてくれている波月さん。少しでも私が安心できるようにと口元に笑みを浮かべているけれど、その笑みは寂しげに綺麗な眉を寄せている。矢吹さんは下唇を強く噛み締めて、心から飛び出しそうな感情の波を抑えているようだった。抱きしめられたノートは、無抵抗にその形を歪める。普段のはつらつとした彼女の印象が濃いせいか、今のその姿が私には信じられなかった。励ませるような言葉をかけようと口を開いても、何も浮かばず、その口は閉じるしかなかった。

 「……あっはは! 矢吹、変な顔してる」

 はじけるような明るい笑い声と共に、波月さんが重くなった空気を変えた。曇り空の隙間から、太陽の暖かな光が漏れ出すように。

 「そ、そんな事ないわよ!」

 「じゃあ、どうしてそんな顔してるんだ?」

 「そんな顔って、ど、どんな顔よ! わ、私は別に、有澄の事なんて考えてないんだから!」

 また高らかな笑い声が、暗い雲を切り裂いて輝く。

 「俺はどうしてそんな顔をしてるか聞いただけだよ。ソラの事までは聞いてない」

 矢吹さんはいつも大きな目をさらに見開いて固まる。真っ直ぐに人差し指で波月さんを指差したまま、わなわなと震えるだけで何も言葉が出てこない。

 してやったり。そんな爽やかな笑顔で波月さんは続ける。

 「矢吹は大好きなソラの事が心配でたまらないんだろ?」

 言い返す事がうまく出来なくて、声が音になる前に消えてしまう矢吹さんをからかって、波月さんがいたずらっ子のように悪い笑みを浮かべてそう言えば、口をパクパクさせて頬を更に赤く染め上げた。

 そんな下校中にありそうな風景を目の前にして、私の心にどんよりと重く圧し掛かっていた不安が、ゆっくりと退いていく。

 「ふふっ」

 思わず漏れてしまった笑いに、矢吹さんは敏感に反応した。つかつかと私に近寄って来ると、これでもかと言うほど顔を近付けた。

 「あ、あの、矢吹さん……?」

 ひたすら睨む。上から下に、下にと睨まれる。視線が外れない。逃れる事は不可能だ。

 「えぇ有澄が大好きよ。えぇ心配すぎて死にそうなくらいに大好きですとも」

 睨みをきかせたまま、早口にそう言った。潤んだ空から振ってきた、一滴の雨が私の頬を濡らした。

 「でも帰ってくる。アイツは来る」

 信じてるから。矢吹さんは小さくそう付け足すと、真っ赤な顔で私に背を向けた。目元をゴシゴシと擦ったかと思うと、凛とした横顔が空を見上げる。

 「信じてるの、今も昔も。きっとこれからも、アイツを信じてる」

 しっかりとした声音が、最後に残った不安を拭う。つられて見上げた空は、雲ひとつない晴天で、明るい蒼が眩しいくらいだ。

 「あぁ、ソラと約束したしな。一緒に行こうって」

 「そうですね。約束、したんですよね」

 一緒に行こう。そう約束したんだ。だから私達は信じて待つよ、ソラにぃがココに来る事を。






 ヴィオロシィが楽しそうに階段を降りていく。リズムをつけて軽やかに、花のような笑顔を浮かべて降りていく。

 「楽しそうだね」

 先を行く彼女に一生懸命ついて行きながら声をかけると、タッタンとリズムを刻んでから振り返った。

 「目、瞑る。そうする、みんな私の傍、いる」

 目を瞑ったままくるっと半回転すると、また軽やかに階段を降り始めた。

 何がこんなにヴィオロシィを変えたのか、いまいち俺には分からないけど、こんなに明るい表情をしてくれるならそれだけで十分な気がした。

 シャランシャランと澄んだ音が響く中、頭の中で妖精界コミュナット・フェリップが俺を誘うように色鮮やかによみがえってきた。未知の世界は本当に美しかったけれど、足を踏み入れてはならない場所だから。帰れなくなってしまったら、大切な約束が守れなくなってしまう。

 そんな時、足でリズムを作りながら、先を行く少女が澄んだ歌を紡いだ。

 「パースキー・ジ・プリーポアー ヴァンファー・ポアー・チャンター


  パースキー・ジ・プリーポアー ペイクス・ポアー・チャンター


  ディセスィク・チャント


  ポアー・ラ・ペーソン クジェシス・インポータント・ポアーモイ


  ドゥノンズ・セッティ・チャンソン・ア・ジャマイス」

 神秘的な歌声が止んだ。自然と耳を傾けていた俺に、振り返ったヴィオロシィは微笑んだ。

 「ねぇ、ソラ」

 「ん、何?」

 「ありがとう」

 突然何を言うんだと思う間もなく、世界が白く輝いた。あまりの眩しさに両手で光を遮る。それだけじゃ何も変わらなくて、何度もヴィオロシィの名前を呼んだ。彼女ならこれが何か分かるし、正しい道へと導いてくれると思ったからだ。

 「ソラ、大丈夫」

 優しい声が聞こえてくる。眩しくて開けないまぶたの裏で、その声の主を探した。

 「私、魔力使いすぎた。きちんと家まで送れなかった。でも、大丈夫。帰れる、ソラ」

 ふと光が和らぐと、頬に柔らかな感触を感じた。びっくりして薄くまぶたを押し上げると、七色に輝く人影がおぼろげに瞳に映る。

 「ソラ様、いろいろとご迷惑をおかけしましたですの。おかげで大切な仲間達と良い思い出が作れましたの」

 ソプラノの良く通る声。赤のローグだ。

 「青年よ、我は忘れぬぞ。小生意気な娘も、波月に矢吹も。我らの大切な友人との思い出を、しかとこの胸に焼き付けておこう」

 「俺もゼッテー忘れねぇよ。……もうお前が作る飯食べられなくなるのが名残惜しいけど、ありがとな」

 ローグよりは低く重い声は静かに響き、声変わりを知らない少年の声が笑った。橙のウネビガラブと黄のジャウネだ。

 「こが恩は、かまえて忘れぬ。大切な仲間をば救りてくれたでござる、大事な恩輩も」

 「本当に短い間でしたが、ソラさんと過ごした日々は忘れません」

 「……ありがとう」

 渋く低い声は震え、冷静な2つの綺麗な声は普段と変わらず言葉を紡いだ。緑のベート、青のブルゥ、藍のブルゥプロフォンドだ。

 「私達、幸せ、願う。大切な人間の友人、有澄ソラ。そして、アナタの大切な人達も。アナタのこれからに、幸多からん事を」

 待って! まだ行かないでくれ!

 伸ばした手は届かずに、光の破片を掴んだ。……まだ話をしようよ。今、俺は君達ともっと話して居たいんだ。どんな話でもいい。昔話でも、楽しかった思い出でも、辛い記憶も、俺も聞きたい。話したいんだ!

 だからお願い、もう少しだけ――!

 「アルニィ・アヴァンパス・ラプロテクション・アルカンシエル・ダンジュニー・アッテチアベン・アンペソネー・インタンテ」

 紫の透き通った声は、優しさと暖かさを残して、光と共に消えていってしまった。



                 *******



 「あべっ」

 背中から堅い地面に落とされて、どこまで高い空を見上げる形になった。ここは誰だ。僕はどこだ。なんだか何が不明が意味だ。

 「よ、よし。とりあえず落ち着け。一人称は俺だ。僕は俺で、ここはここだ」

 空気を吸う。深く深く、肺がいっぱいになるまで。よし、吐こ……うっ、喉に何か詰まった。ちょ、いきなり死ぬ! 助けて、死ぬ!

 「ゴヘッオヘッ!」

 情けなくむせ込んで勢い良く起き上がると、口元に添えた手が、何か硬い物を捕まえた。恐る口元から手を離してみると、光に反射して七色に輝くビー玉程のガラス玉が転がった。

 「……俺、こんなの持ってたっけか」

 光に透かすと透明になって、まるで太陽の光を吸い込んだかのように、淡く優しい光と熱を発した。逆に手で覆って光をさえぎると、闇を集めて暗く光った。

 「ちょっと、アンタそこで何してんのよ!」

 びっくりして思わずそれを落としてしまった。転がっていくそれを這って追いかけていくと、スラリとした足が行く手をさえぎった。

 「ん? あら、有澄じゃないの。人の家に勝手に入ってきて何やってんのよ」

 「えっと、ドチラサマデスカ」

 ぎこちなくその人物を見上げると、腕を組んで怖い顔をした女性が俺を見下していた。相手はスカートなのでなんだかそのままもいけない気がして立ち上がると、冷めた瞳が俺をただ見つめていた。

 「あー、えっと。ちょっと、ちょっと待ってね……」

 「待たないわよ。私は汐見。アンタは低脳」

 「なんでそうなるの!?」

 「人の名前と顔が覚えられないなんて、サル以下よ」

 毒を吐くだけ吐いた汐見は、深くため息をついた。ため息をつきたいのは俺の方なんだけど。ていうか、なんで俺こんなトコに居るんだっけ。というか、あの綺麗な玉はどこ?

 「で、アンタはなんでここにいるの? 不法侵入?」

 「そういう汐見こそなんで? というか、不法侵入ってここ家じゃないだろ」

 見渡す限り新緑の芝生。どこかにありそうな噴水が汐見の後ろに見える。それを囲うように、ベンチまで備え付けてある。こんな広大な家はないだろ。きっと公園かな。人の姿ないけど。

 「私の家よ。ここは庭よ」

 「そうですかマジですか!」

 本気で公園かと思ってた! どこかの公園なんだと思ってた! そして綺麗な玉あった!

 「ちょ!」

 「うぎゃ!」

 思わずしゃがみこんだ俺を、汐見は膝蹴りする。玉を拾う、安堵する、アゴを蹴飛ばされて痛い。なんという天国からの地獄。

 「変態! とっとと帰りなさい!」

 ドスンドスンと音が鳴るんじゃないかと思うほど、地面を踏みつけて汐見は去っていってしまった。

 まあ、あれだよね。とりあえず、……どうやって帰ろうか。




 やっとの思いで汐見邸の玄関……というか門を見つけて、外に出れたはいいけれど、なんだか記憶が曖昧だ。俺は何か大変な事をしでかして、それでどこかに行って、誰かと話した。そして気がついたらここにいて、とても家が恋しい気持ちになっている。さてはて、何がどうなったんだろう。思い出そうとすればするほど、記憶は遠ざかっていくし。追えば追うほど見失う。果てしない鬼ごっこは、俺の惨敗だ。

 「ここであったが百年目! さぁ有澄家の血を引くものよ、ひじゅちゅを……ひじゅちゅ、ひじゅちゅ……ひーじゅーつー! を教えなさい!」

 巫女服を着た綺麗なお姉さんが、俺の前に立ちふさがる。俺を人差し指でビシッとさすけど、人を指差しちゃいけませんって習いませんでしたか? というかさ、誰ですか。何ですか。その格好はコスプレですか?

 「ったく、ささな。噛みすぎだし、コイツ何言ってんだって顔してるぞ」

 「な、なんですとー!」

 路上漫才家の方かな? って、そんな人いるのかな。あ、いるから今目の前に居るんじゃないか。きっと新ネタの練習中だったのかも。邪魔しちゃったかな。しっかり見てちゃダメだよね。うん、帰ろう。放って置いた方がいい気がする。俺の本能がそう言ってる。関わると危険な匂いがする……ようなしないような。

 「また、また私は忘れられたのですね……。どうせ私はひ弱ですよ。敵いませんよ。だけど頑張ってるんだから少しくらい報われたって―――」

 「あーあー、もういいよ。有澄の血筋、さっさと行っちまったしさ。ネガティブになるくらいなら帰ろうぜ」




 なんだかんだで家に到着。薄い水色の外壁に、深い緑色の屋根。2階の出窓に飾られた熊とウサギのぬいぐるみが色褪せている。それがあるのは今は亡き両親の部屋。おじさん達はそのままその部屋を使っているから、家具の配置がかわっていないために、ぬいぐるみ達は可哀想な事になってしまった。奥に俺とウミの部屋があるけど、ここからじゃ到底見えない。

 さて、なんだか無駄に緊張するな。玄関のドアノブに手をかけながら、一呼吸、二呼吸。ドアを開けたらまず何て言おうか。無難にただいまかな。笑顔で言えば、きっとウミがリビングのドアを開けて顔を覗かせるんだ。そして愛しい妹も笑っておかえりって言ってくれるはずだ。

 なんでこんな事を考えているんだろう。なんでこんなに胸が熱くなるんだろう。

 なんでこんなに、心が喜んでいるんだろう。

 自分が自分で分からない。けれど、それでいいと思った。分からないままでも、構わない。変な事考えるなよ、俺のバカ。

 「そうだよ、俺はここに居ていいんだから」

 何を迷う必要がある。俺は帰るべき場所へ来て、共に生きる人の傍にいるだけだ。

 意を決して、ドアノブを握る手に力を入れた瞬間。

 「ソラにぃーーー!」

 「ごふっ」

 叫びと共に開かれた扉の体当たり。顔面にクリティカルヒット。今日は厄日か? そうだろ、そうなんだろ!

 「待ってたんだよ! ずっとうちでソラにぃが来るの待ってたんだよ! ローグ達が待ってればいいって言うから、ずっとずっと! でも、その後消えちゃったの。ソラにぃ知らない?」

 「べ、べべ別に私はアンタなんか待ってなかったんだから。ウミちゃんが寂しそうだったから、一緒に居ただけなんだからねっ」

 「そういう矢吹が、一番ソラの事心配してたんだけどね」

 賑やかな面々はああだこうだと口々に言葉を投げあう。本当に俺の心配をしていたのかすら不思議なくらい、日常的な光景が今目の前にある。からかうのはいつも波月で、顔を赤く染めて言い返すのが矢吹だ。ウミは時々茶々を入れて、矢吹に睨みつけられている。俺は蚊帳の外で笑っていると、突然話題の渦の中へと巻き込まれて―――

 その、明るい笑顔に魅せられるんだ。

 改めて帰って来たんだと思った。大切な人達のところに。

 「あぁ、そうだ! ソラにぃ、おかえりなさい」

 ふと、いつもの愛らしい笑顔でウミが言う。いつものように、それが当たり前のように。

 なら俺も、特別何かをする必要はない。変わらない言葉を、決まりきった台詞を吐くだけじゃないか。



 「ただいま!」



 聞いて欲しい話がある。聞きたい事だってある。こんなに心が弾むのは何年振りだろう。自然と笑みが零れ落ちた。さあ、暖かい我が家でたくさん語ろうよ。

 消えかけていた記憶が鮮明によみがえる。忘れないと約束した。彼らもまた、大切な友人達だ。生きている世界は違えど、流れ行く時は違えど、想い出せばここに居る。もう、誰も独りぼっちなんかじゃない。

 はじめから俺も君も、独りぼっちじゃなかったんだから。

 俺も、彼女も、違う道をそれぞれに歩んでいる。俺はこの世界で、彼女はあの世界で今を生きている。時の流れは、そんなに残酷じゃない。だからきっと、どこかでまた会える。そう、信じているよ。

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