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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
最終章 ユネプロミス―約束―
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68、ソレゾレノ『約束』

 伸ばされたその手を、俺はとる訳にはいかない。永遠も、哀しみがない世界も欲しいけど、もっともっと大切なものを見つけたから、いろんなものが混ざった世界に帰るんだ。

 「行こう、ソラ。私、一緒だから」

 ソラさんをよけて通って、ヴィオロシィの前に立った。少し屈めば、彼女と目線が大体一緒になる。俺の想いを伝えなくちゃ。ソラさんの想いを伝えなくちゃ。みんなの想いも、伝えなくちゃ。

 「ソラ?」

 心配そうに首をかしげる。大丈夫、ソラさんも言ってたじゃないか。話せばヴィオロシィだって分かってくれる。だから、大丈夫。

 「ヴィオロシィ」

 少女の名前を読んだ途端、俺の腕を冷たい腕が掴んだ。

 「帰るって言う。それ、私、ヤダ」

 涙が、スミレ色の瞳に涙が溜まっている。

 「ソラ、帰ったら、私独りぼっち。『ソラ』、消えたら、もう誰もいない。私、独りぼっち。それ、嫌なの。嫌いなの。寂しいの」

 駄々をこねるように、腕を強く掴んで揺さぶった。そうすれば、俺が考えを変えてくれると思っているのかもしれない。

 「約束した。ソラ、私と行くって。約束した」

 ぽろぽろ、ぽろぽろと、大粒の涙が紅い頬を伝っていく。俺の腕を掴む両手が震えだす。

 「誰もいなくなっちゃう。私、願うと誰も居なくなる。傍、居て欲しいだけなの」

 唇をかみ締めて、嗚咽を抑えていた。言葉を続けようと口を開くが、上手く言葉にできないまま途切れて消えてしまった。ただ一言、しっかりとした言葉でこう言った。

 「……寂しいよ」

 堪えきれなくなったのか、子供のようにヴィオロシィは泣き出した。俺は冷たい指を解いて、彼女を優しく抱きしめた。

 「ごめんね、ヴィオロシィ。だけど、俺は行かないといけないんだ」

 「ソラ、あの世界じゃ、幸せになれない。辛い事、ばっかり」

 「そうだね、そうかもしれない」

 それでも、帰ろうと思った理由があるから。妖精界コミュナット・フェリップへ行けなくても、いい事が分かったんだ。

 「死、別れ、嫌だって言った」

 「うん、今でも嫌だよ」

 「じゃあ、なんで帰る? 私と一緒なら、ずっとずっと生きていられる」

 「ずっと生き続ける事って、本当に人間には必要なのかな?」

 そっと腕の力を緩めれば、涙に濡れた瞳とぶつかった。流れ行く雫を指先で拭き取ると、くすぐったそうに微笑んだ。

 「人は短い時間を生きていく。大勢の人と、友達と、家族と、自分と」

 うん、とヴィオロシィは頷く。

 「その短い命だから、人は人として一緒に生きられるんだと思うんだ」

 「どういう意味?」

 「そうだねぇ。……たとえば、人が長く長く生きられたとして、その人は幸せだと思う?」

 うんうんと彼女は頷いた。

 「死の恐怖ない。大切な人、ずっと傍にいる」

 「そうかもしれないね。事故や病気をしない限り、死ぬ事はないだろうから。自分の好きな人も、自分を好きな人も、ずっと一緒にいられるからね。……でもね、それじゃダメなんだ」

 「どうして?」

 「うーん……世界が変わらないっていうのかな」

 「世界が変わらない?」

 ちょっと首をかしげて、難しい事に直面した彼女は、眉をぎゅっと中央へ寄せた。

 「生きている世界が変わらないものになってしまうから、ダメなんだよ」

 「変わらない事、とても良い事。幸せな事、違う?」

 「うん」

 余計にぎゅぎゅっと眉を寄せて、ヴィオロシィは言う。

 「ソラ、寂しいのが嫌い、言った。だけど、変わらない世界も嫌いって言う。変わらない世界は寂しいがない。寂しいがないから、変わらない世界は良い」

 「『寂しい』はなくても、『空しい』があるんだ」

 「空しい?」

 「同じ時間の流れを永遠になんて、退屈すぎるだろ? ずっと一緒にいられても、いつか飽きがくる。それでもやっぱり会いたいと思うから会うんだろうけど、それって空しくない?」

 「繰り返すこと、空しい?」

 うん、うん。今度は俺が頷く。よかった、少しは伝わったかもしれない。

 「俺は、毎日違う光景が広がるあの世界が憎めない。意地悪な事をされる事もあるけど、それ以上に楽しい時間があるんだ」

 だから、一緒に行こうと思ったんだよ。

 「人はね、ヴィオロシィ。『短い時間を生き抜く』事ができるんだ。それって良い事だと思わない?」

 「終わりある命、良い事?」

 「終わりがあるからこそ、今、この一瞬を生きていく事ができる。未来を夢に描く事ができて、共に生きる人を心から愛せる。そりゃ、苦しみや痛みも多いよ。ボロボロになって立てなくなるかもしれない。それでも、誰かと一緒に生きる事ができる」

 「痛いの嫌じゃないの? 辛いの、苦しいよ?」

 「そうだよ、痛いし辛いし苦しい。ロクな事がない。だけど、平らな道より楽しいよ」

 ヴィオロシィは理解できないみたいで、首が取れるかと思うほど強く振った。

 「何もない方が良い」

 「じゃあ、ヴィオロシィは何もないのが楽しい?」

 「うん」

 「本当に?」

 彼女は強く頷く。

 「何もなければ誰も傷つかない。私も、傷つかない」

 「それは何もしないからさ。……俺と会った日を覚えてる?」

 また彼女は頷いた。今度は慎重に、ゆっくりと。

 「あれは、ヴィオロシィが動いたからできた事なんだよ」

 「私、動く?」

 「ヴィオロシィが『声』をかけて、頬に『手』が当てられて、君が『涙』を流したから、俺も動いた」

 小さくても大きくても、誰かが何かのために動いた証。心と行動が、その運命を揺るがして。

 「もし、君が俺を見つけて動かなかったら、俺は今ここにいないし、こうなってもないだろうね。君が俺を見つけたとしても、君を信じなかったらここにいない。全ては誰かが動いた軌跡で、何かをした証拠だよ」

 分かるかな……。いや、分からないかもしれないなぁ。俺、説明とか苦手だし、言葉が変だったかもしれない。

 「……永遠の命、尽きる事ない灯火。繰り返す世界。変われない世界。それ、つまらない」

 ヴィオロシィは言葉をかみ締めるように、ゆっくりと発した。そして、1人で何度も何度も頷いて、俺の目を真っ直ぐに見た。

 「でも、ソラ、死ぬ。それ、私イヤだ。それ、変わらない。妖精界(コミュナット・フェリップ)、一緒に行きたい」

 また涙が溢れ出す。そうだ、約束したんだよね。姿の変わらない君と、遠い昔に約束した。ローグ達もよく言ってたね、『約束』は絶対だって。破ったら、何が起こるかわからなくて、怯えてたよね。俺も『約束』を護れない事も、破る事も怖いなぁ。

 君もそうなのかな、ヴィオロシィ。『約束』を破られてしまうのが怖くて、その恐怖から逃れるために、自分を大切にしてくれる人を必要以上に求めたの?

 「人間だって、約束は破っちゃいけないものだよ」

 それなら、俺のできる範囲で、君の支えになろう。それが、人の強さだから。誇れるところだから。

 「じゃあ、妖精界コミュナット・フェリップにきてくれるの?」

 「ずっとはいれないけどね。俺は行くべき場所にきちんと戻るよ」

 帰ると『約束』した。一緒に行くとも『約束』した。俺は、そのどちらも破りたくない。こうやって、自分のために泣いてくれる人がいるから。

 「どうやって行くのか、俺にはわからないんだけど……」

 助けを求めてソラさんを見た。ヴィオロシィはまだ少し泣いていて、落ち着いていないようだから、聞けるのは彼しかいない。

 「魔回廊クリーレスリット・ヌヴァスからはいけない。あれは歪んだ道だから、真っ直ぐに帰って来れなくなる」

 「他の道は?」

 「妖精だけの道があるんだ。それをヴィオロシィが開いてくれると思うよ」

 「帰る時は……?」

 「それも来る時と一緒さ。ただし、ヴィオロシィが帰り道を作ってくれないと困るけど」

 俺より少しだけ幼い顔が、不安を混ぜた笑みを浮かべた。

 「ソラさんは一緒に行けないんですか?」

 「うん、行けないよ」

 そうソラさんが即答すると、ヴィオロシィが残念そうにため息をついた。

 「僕は今、どちらにも属さない。いや、属せない存在なんだ。人でも妖精でも、お化けでもない存在。だから僕は無と有が混ざった不安定なこの世界に居るんだ」

 どうしてソラさんがこんな所に閉じ込められる事になったのかも、ソラさんとヴィオロシィの関係も分からないけど、それは2人にとってとても辛い事なんだろうと思った。

 「……私、無理矢理連れて行ったから」

 「永遠を望んだのは僕だ。ソラ君みたいに僕は気付けなかったから」

 俺と同じ姿と名前を持った人は、一歩ずつヴィオロシィに近づいた。

 「君もローグ達も僕は責めていないよ。感謝しているくらいだ、あんな美しい世界を見せてくれて」

 触れられない透き通った青白い手が、ヴィオロシィの頬の上をなでていく。

 「君も気付けるはずだよ、ソラ君みたいに。だから、もう繰り返すのはやめるんだ」

 ソラさんは責めているわけじゃなく、労わるように強い言葉でヴィオロシィを揺さぶった。彼女は時を止めたように動かないでいたが、やがてコクンと強く頷いた。

 「さぁ、君達はきちんとした道で妖精界コミュナット・フェリップへ行くんだ。歪んだ道は僕が閉じておこう」

 その場をサッと離れて、にこやかに彼は微笑んだ。

 「『ソラ』!」

 掴めなかったその手の代わりに、ヴィオロシィが名前を呼ぶ。俺でもなく、ソラさんでもない。『ソラ』という名前を。

 「大丈夫だよ、ヴィオロシィ。信じるんだ。僕を、ソラ君を。そして、仲間みんなを」

 彼の後ろで、魔回廊クリーレスリット・ヌヴァスが広がっていた。獲物を飲み込もうとしているようだった。

 「早く行くんだ。僕に構わなくて良い」

 ソラさんは、戻ろうとしたヴィオロシィを強い言葉で止めた。

 「最後の『約束』だ。妖精の道を開いて、ソラ君と妖精界に行くんだ」

 首を振る。嫌だ嫌だと、彼女は涙する。

 「妖精は『約束』が絶対じゃなかったのかい?」

 「……ソラ、意地悪」

 いたずらっぽくソラさんは笑うが、ヴィオロシィの涙は止まらなかった。そのまま彼女は彼に従って、短い呪文をさらりと唱えた。黒い世界がパッカリと割れて、虹色に輝く細く長い階段がそこに現れた。

 「妖精、『約束』絶対護る」

 彼に向かってそういうと、ヴィオロシィは強い意志を宿した瞳で俺を見た。必ず帰してくれる。そう思えるような、光に溢れる瞳だった。

 ふっと、優しい目線を感じて、ソラさんの方を見やる。

 「君は本当に良い人達に恵まれたね。……きっと僕もそうだったんだろうけど、気付けなかったからさ」

 照れくさそうに笑うソラさんは、優しい顔をしていた。

 「君の事情も僕はよく分からないんだけど、君ならあの世界でも十分幸せに生きていけるよ」

 「はい」

 自信を持って答える。笑い返すと、嬉しそうにソラさんも笑い返してくれた。そして、その笑顔を崩さないまま、彼はヴィオロシィに視線を変えた。

 「ねぇ、ヴィオロシィ。僕が言った人の良い所、覚えてる?」

 俺の手をとって、一歩階段へ踏み出したヴィオロシィは彼を見つめて、首を横に振った。そんな彼女に、ソラさんは言ったんだ。




 『人はね、誰かを想って生きる事も死ぬ事もできるんだ。

  誰かのためにだけじゃないよ。自分のためにも生きる事ができるんだ。

  壁にぶつかって挫けそうな時も、きっと立ち上がるんだ。負けるもんか! ってね。

  支えてくれる人がいるから、立ち上がれるんだ。

  支える事もできるから、互いを想っていられるんだ。


  いずれ死ぬ事が分かっているから、短い時間を大切にしていられる。

  ただ傍にいるだけじゃなくて、お互い何かを与え合って生きていく。


  死のない君達には分からないかもしれないけど、死は何も与えない訳じゃないんだよ。


  深い哀しみや、孤独も産み落としていくけど、それだけじゃない。

  懸命に懸命に生き抜いて、誰かの心にこころの欠片を渡すんだ。

  自分は先に休むよって、だけど思い出せばいつでもそここころにいるからねって。


  そうやって僕らは生き抜いて、死を迎える。どっちも人の良さだと思うんだ。


  今は分からないかもしれない。僕自身も、ちょっと分からなくなってきちゃった。

  だけどさ、いつかヴィオロシィにも分かる日が来ると良いね』


妖精界へ行くと言ったソラ。けれど、妖精界へ行った者は、必ず帰れる保証がない。彼はどうやって大切な人の元へ帰るのだろうか。

そして、もう1人の『ソラ』が残した言葉は、彼女に伝わっているのだろうか。


なんて、あらすじ紛いなものを書いても盛り上がる訳もなく。

まず、いまさら盛り上げようとしても手遅れな訳でして(以下略


なんて、反省文みたいな事を書きなぐってみました。すみません。


さて、アルカンシルもとうとう終わりが近づいてきました。

その最後が有終の美で飾れない気がしてなりませんが、もう少しだけお付き合いいただけたらと思います。

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