特別編 ソラヨロット 後編
さぁ、コラボ最終回。
本当に、本当に最終回。
本編の前に終わる、コラボ回、どうかお楽しみいただけたらと思います。
しとしと、ぽたぽた、ポツッポツ。
雨が止むまで、もう少し。
そう言って、美味しそうにコーヒーを啜っていた彼らは今、睨み合っていた。一人は隣の顔色を伺い、一人は周囲の緊張感に身を震わせ、一人はポーカーフェイスで堂々と。僕も思わず息を呑む。店の奥で、カタリと物音がして、現実の世界に帰ってきた。
それまでただ静かにタバコを吸っていた龍絆君が、組んでいた足を組み合えたのだ。もうタバコは吸っていない。ぼぅっと、その風景の中にある何かを探しているかのように、窓の外を見ているだけだ。
「これだっ!」
睨み合っていた彼らの、細く脆い緊張の糸がその一言によって切られた。
「っしゃあ! あがりっ」
パシっと小気味良い音を立てて、長方形の紙は大勢の仲間の中へと溶け合っていった。
「くぅ~、またもうちょっとってトコで負けたッスぅ」
へろりと仲間はずれのそれは、山の上へと舞い降りた。泣いているのか笑っているのか分からない人の絵柄が描かれたその紙の隅に、対になるように書かれた文字は「JOKER」。
そう、彼らが睨みあっていた理由。それは仲間はずれを探す、ババ抜きだ。
「んじゃ、また一杯コーヒーおごりね」
「うぅ……」
悔しそうに机に突っ伏し、雷吾君は唸った。腹を満たし、睡眠も良くとった彼は、目覚めてから良いことがない。オムライスのおかわりはもらえぬまま、タダ飯する事もできずに、負けたら最初に抜けた人にコーヒーをおごるというゲームに参加して、負けに負けているのだから。
「……葵さーん、谷垣さんにコーヒーお願いしますッス~」
「お財布は大丈夫なの?」
「大丈夫な訳ないじゃないッスかぁ。もうすっかすかッスよ~」
哀れなり、雷吾君。ちょくちょくソラ君達も負けていたが、雷吾君よりは全然負けていない。むしろかなり勝っている方だと思う。
「さ、はりきって次いこー!」
「おー!」
ノリノリなのはミオと谷垣さんだけだ。何しろあの2人は勝つ事はあれど、負ける事がない。たとえ最後の2人に残ろうとも、必ず勝っておごりを免れていた。つまり、無敗の2人だけが楽しんでいるという事になる。
「ねぇねぇ、葵君も一緒にやろーよ」
「え、僕も?」
「うん。葵君が負けたら、オムライス無料ね」
「え!?」
いきなり食べ物に行きますか。コーヒーからココア程度ならいいとして、コーヒーからオムライス無料って飛躍しすぎでしょ。
「いいッスね! オムライス無料!」
元気を取り戻した雷吾君が、乱雑に詰まれたトランプをかき集め始まる。
「でしょでしょ?」
「宣伝になると思えば良いんじゃないかな?」
なんか、僕は参加決定みたいになってません?
「あ、場所が足りないですね」
「じゃ、私一個場所ずれますねー」
「えー、ダメダメ。真璃ちゃんは私の隣」
「それじゃ、俺が動きますね」
……なんか……あれ、おかしいな。僕、参加するなんて一言も言ってないような気がしてならないよ。
「それじゃ、カード配るッスよ~」
まず自分の前に1枚、次に隣のミオに、谷垣さん、真璃ちゃん、奈津君、ソラ君、そして誰もいない場所へとカードは配られていく。当然のようなその動作に、思わず拭いていたコップを置いて、席に着こうとしてしまった。
「鮫斬さんもよかったらどうですか?」
谷垣さんは後ろに振り返って、おいでおいでと手招きをする。龍絆君を恐れている人から見れば、なんと命知らずな行動に移るだろう。
「俺はいい」
一言そういうと、壊しもせず怒りもせず、静かな時の中へ帰って行った。
「じゃ、私達7人でやりますか」
どうやら、僕は参加決定のようです。
「もー、何で葵君負けてくれないかなぁ」
「仕方ないじゃないですか、勝ってしまうんだし」
ブーブーいいつつ、カードを混せる谷垣さんはそう言った。確かに、もう何度も何度もやっているが、1位になる事はなくても負ける事はなかった。
「どんなカードが行っても、ニコニコしてて分からないんですよねぇ」
コーヒーを吹き冷ましながら、ソラ君が言う。
「そうですかね?」
「そーです。波月と同じぐらい怖いです」
「え、俺もニコニコしてた?」
「してるしてる」
「ニコニコはしてなくても、表情が変わらなくって分からないんですよね」
ミオの言葉に、うんうんと彼の連れ達は頷いた。笑っているつもりはないらしいけど、表情を変えない事は自覚しているようで、奈津君も頷いていたけど。
「それに引き換え、真璃ちゃんとソラ君はコロコロ表情が変わって面白いね」
「そうだね」
僕が彼からカードを取ろうとした時も、1枚1枚カードに指先を触れる度に、それにスイッチがついているのかと思うほど、様々な表情に変化した。困った顔、平気な顔、泣きそうな顔、それで良いの? そういったような七変化を見せてくれた。
何より、笑顔が強敵だ。彼は、真璃ちゃんも奈津君もだけど、笑顔が強敵だ。固まった笑顔じゃなくて、血の通った人の笑顔。それに魅せられ、惹かれ、いつの間にかババがあったりするが、悪い気はしなかった。
「俺、ちょっとお手洗い行ってきますね」
「はーい」
「場所分かりますよね?」
「あ、はい。さっき教えてもらったので」
口元が上へとつり上がり、目が優しく輝く。だけど、その笑顔は少し寂しそうで。だから、特別彼の、ソラ君の笑顔には見惚れてしまう。暖かいはずなのに、ポツリと水を垂らしたようなちょっとした冷たさが混ざっている。不思議で不思議でたまらないけど、生暖かいそんな笑顔は、なんとなく愛しかった。
「そういえば、雨音止んでますね」
天井を見つめて、ぽっつりとミオが言った。確かに屋根を打つ雨音も、窓に滴る雫の音も止んでいた。傘はもう、必要なさそうだ。
僕はゆっくりと席を立って、6人分のコップを片付けた。蛇口をひねると、ジャーと勢い良く水道水が流れ出す。ふと、店の奥を見やった。本当に何気なく。
そこには、スケッチブックを開いて、何か熱心に描いている龍絆君の姿があった。サッサッと天からそそぐ鉛筆が白い世界に黒を宿し、黒は灰色の世界を生み出し、その世界に人を作り、人から表情を作っていった。笑っている、僕らの姿だ。
この距離からそのスケッチブックの絵が見えた訳じゃない。角度的に見る事は不可能だ。僕の中の勝手な妄想であって、事実ではないだろうけど、そこにあの世界が描かれているのだろうなと思った。
「雨、止んでるみたいですね」
戻ってきたソラ君が、みんながさっき知った事実を口にする。真璃ちゃんの口が、小さく「バカ澄」と動いたように見えたが、気のせいという事にしておこう。
「さ、じゃあ帰ろっか」
席を立ってネコのように真璃ちゃんは伸びをする。
「そうだね」
ごちそうさまでした。そう僕の方へ言って、お代をカウンターへ奈津君は置いた。明らかに1人分じゃない。
「あ、俺はちゃんと俺の分払うよ」
「そうよ、私も払うわ」
「いいよ、楽しかったし」
ニコニコと奈津君はソラ君達に微笑みかけた。
「ま、まあ、そうだけど……」
「うん、楽しかった。……て、お代と関係ないよ!」
「気にしない気にしない。さぁ、また雨に降られる前に行こう」
2人にお金を出させないように、奈津君は店の出口へと歩いていってしまう。慌てて2人もそれに従う。
「すみません、有難うございました」
通り過ぎざまに真璃ちゃんは言う。
「いえいえ、またいらしてくださいね」
「もちろんです」
「またね、真璃ちゃん!」
「はい、また」
手を振って後ろ歩きに扉へ向かう。
「ご馳走様でした。オムライス美味しかったです」
「それは良かった」
ニコニコ、ニコニコ。張り付いた笑顔は、彼も同じなのかもしれない。
「それじゃ、またっ」
「はい、有難うございました」
カラン、カラン。静かになった店に鈴の音が響く。
「さぁて、私も行くかな」
「仕事ですか?」
「いいや、家に戻って洗濯かなぁ」
「俺も行くッス」
「え、ヤダ。家には上げないわよ」
「そーゆー意味じゃないッス!」
「あはは、分かってるわよ。じゃあね、葵君、美桜ちゃん」
「また来て下さいね」
「もちろんっ」
「もちろんッス!」
カラン、カラン。また、静かな店にその音は響いて消える。
店の奥へ目をやった。そこには、コーヒーを啜る龍絆君がいて、破られた紙が灰皿の上へ積まれていた。灰色の世界の住人達は、破り捨てられてしまったらしい。
「今日は賑やかだったね」
「そうだね」
『楽しかった』と彼らは言った。僕も、楽しかった。きっと谷垣さん達も楽しかったはずだ。龍絆君はそうじゃなかったかもしれないけど、充実して濃密な時間が確かに流れていた。今は静かなこの定食屋に。
「今度、虹を探しに行こう」
言葉にしたら、見つけられる気がした。
見つけられたら、きっと良い事がいっぱい起こりそうな気がした。
そうしたらきっと、またこの時間が戻ってくるような気がした。
どうでしたでしょうか、不安だらけの『アラヨット』とのコラボ。
あちらが味の濃い作品であるために、こっちは薄味に感じたでしょうか。シャッキリとした感じは全くないまま、とろとろに終わりましたが、ご満足いただけたでしょうか。
というか、龍絆君が全然しゃべらなかった。というか、どう話させたら良いのか悩みすぎて会話がなかった……。そこがやけに悔やまれます。
コラボは3度させていただきましたが、やっぱり他者様のキャラを使うのはいささか腰が引けますね。自分の文章力で、彼らの思いも動きも、原作とはかなり異なっていきますから。
さて、コラボが終わったという事が何を意味するのか。
まあ、大体の人は分かるでしょうねぇ。本編の最終話も近いという事。
何気なく、たらたらとやっていた『アルカンシエル』も、ついに終わりを迎えます。あぁ、こういうと妙なプレッシャーが(ぇ
人。妖精。虹。
伝えたい事を、しっかりと読者様に伝えたいと思います、最終話で。だから、こんな事を言うと妙なプレッシャーが……。
残りわずかなこの作品、どうか最後までご愛読していただけることを心から祈って。
長い後書き失礼しました。下弦 鴉より。