特別編 ソラヨロット 中編
ふぅっと口から出された煙は、薄く広がり消えていく。赤く火の灯ったタバコからは、風になびく旗のように、細い煙がのぼっていき、同じように消えていった。もう一度、短くなってきたタバコをくわえ、ため息をつくように煙を吐く。それを彼は何度繰り返したことだろう。誰が見てもその姿は「イライラしている人」そのもの。貧乏ゆすりはしていない。ただタバコを吹かして、雨粒が滴り落ちていく窓の外の景色をボーっと見てるだけなんだけど。無表情で、ただただしとしと降りそそぐ雨に濡れた風景見ている。
「ふうぇっくしょ!」
不思議なくしゃみをした少年は、ズズズッと鼻をすすった。すかさず隣に座っていた奈津君がポケットティッシュを手渡す。
「はりがとー。あづき」
「『は』と『あ』が逆だけど、どういたしまして」
ずぶ濡れネズミだった少年は、紛れもなく彼らの連れであり、友達らしい。らしいというのには訳がありまして、
「ったく、迷子になった挙句風邪までひく気? アンタ、どんだけアホなのよ」
「アホじゃねぇよ!」
「うるさいわね、耳元で叫ばないでよ、アホ澄」
「誰がアホ澄だよっ」
「アホにアホって言って何が悪いんですかぁ?」
「アホって先に言った方がアホなんですぅ」
「アンタにアホなんて呼ばれる筋合いないわよ、バカ澄」
「バカ澄ってなんだよ!」
「アホもバカもダメなら、ただのマヌケ澄ね」
「なんでもかんでも『澄』って付けりゃあいいってもんじゃねぇんだぞ!」
「はいはいそーですねー」
「うっわぁぁぁ! むっかつく! ムカつくよね、波月!」
「とりあえず、静かにしてもらえると嬉しいかな」
これ、本当に仲いいのかな? 『喧嘩するほど仲が良い』とはよく言ったもんだけど。これはちょっと、うーん、大丈夫なのかな? うん、大丈夫なんだよね。だから一緒にいるんだろうし。
そして、そんなやり取りが彼が、ソラ君と龍絆君が誰かを担いで運んできてから始まっては終わっている。そうそう、担がれてたのって……。
「葵さーん、お風呂有難うございましたッス~」
あー、そうそう雷吾君だ。またお腹すかせて倒れてたんだよね。今はすっかり雨で冷えてしまった体をお風呂で温めてきたはずだ。「タオルありがとうッス」という声が聞こえたけど、龍絆君を盗み見していたミオには全く耳に入らなかったようで、トボトボと哀愁を漂わせて、雷吾君は当たり前のように席に着いた。そして、お腹をすかせた子犬の目をした。
「はいはい、もうできてるよ、オムライス」
「やったぁッス! ホント助かります、葵さん!」
そうして、僕の前にはずらりと珍客が並んだ。美味しそうに出来立てのオムライスを頬張る雷吾君から始まり、ビールを片手に女子中学生にセクハラ紛いな事をする谷垣さん、苦笑いしながらも、上手く谷垣さんの魔の手から逃れる真璃ちゃん、コーヒーが苦手なのか、ミルクと砂糖をやけに入れまくるソラ君に、それを見守る父のような奈津君。そして店の一番奥の席、トランクに座って随分短くなったタバコをくわえて相変わらずボーっとしている龍絆君。なんだろう、このお店の空気。重い気がするよ。とっても重い気がするのは僕だけなのかな。そうなのかな?
「おかわりッスー」
「え!?」
「えぇ!?」
驚きを驚きで返された。いやいや、雷吾君。今のこの状況、もうちょっと把握しようか。簡潔にいうなれば、空気を読んでみようか。
「うぃっく。アオちゃ、おかわりー」
「はい!?」
「ふぇ!?」
アオちゃって、誰!? 僕? え、僕なの谷垣さん。そのとろんとした目で僕を見つめているという事は、アオちゃは僕という事なの!?
「おかわりッス!」
「もう一杯だけにするからぁ」
いやいや、今の問題は『アオちゃ』なんだよ。アオちゃって呼ばれた事がないよ? ていうか何をどう略したらそうなるの? こげ茶じゃないんだから、もっとちゃんと呼ぼうよ。
「雷吾君、追加料金頂くよ?」
「鬼ッス! タダじゃないんッスか!?」
タダ飯するつもりだったの!?
「酷いッス……鬼ッスよ……」
スプーンを握り締めたまま、雷吾君は腕に顔をうずめて、
「……zzz」
寝ていた。スリープ。……なんで寝た。この流れでどうして寝れた!
「ねーえぇ、葵くーん。おーかーわーりー」
ダンダンと空になったビール缶を、机に叩きつけてねだる。駄々をこねたって、もう谷垣さんにビールを出そうとは思わない。だって、下手すりゃ箱一つなくなるよ?
「もういっぱい飲んだでしょ? 今日はもう終わり。はいはい、缶回収するよー」
「鬼ー! 悪魔ぁー!」
人の体の心配すれば、そりゃ心を鬼にだってなんだってするさ。とりあえず、空なんだから缶を手放そうか。
「ねぇ、あと一杯。一杯で終わりにすぅるぅかぁらぁ」
上目使いで、僕を見つめる。真璃ちゃんを巻き込んでおねだりしようとしていたので、僕がふるふると首を横に振れば、ぷくーっとフグのように頬を膨らませれば、すねて唇を尖らせた。
「意地悪だぁ。このてんちょー意地悪だぁ」
泣き崩れるふりをして、机に突っ伏する。そんな賑やかな谷垣さんの隣で、よく雷吾君は眠れるなぁ。スプーンも離さないし。
「……zzz」
って谷垣さんもかい! 君達眠りにつくのが早すぎるよ!
ため息をつくと、幸せが逃げていくとはよく言ったものだけど、本当に逃げて言ってる気がしてならない。あー、戻っておいで、僕の幸せ。かむばっく。
「賑やかでいいお店ですね」
「え、有難うございます」
これまで常連2人が賑やかすぎて、静かな3人がかすんでしまっていた。それでも気を配っていたつもりなんだけど、もうマグカップが空だった。
「ごめんね、おかわり入れましょうか?」
「いえ、お気持ちだけで。美味しかったです、コーヒー」
「それは良かった」
ニコニコしている奈津君の隣で、また小さな喧嘩が始まりかけていた。正直、ずっと賑やかすぎるのは困る。いや、僕としてはあんまり困らなくはないんだけど、奥の彼が問題だね。店に来てからずっとタバコを吸ってる。
「そういえば、野暮用でココに来たみたいに言ってたけど、こんな辺鄙な所でする事あります?」
「そうですねぇ……。虹を探す、なんて楽しいんじゃないですか?」
ニコニコ、ニコニコ。そんな笑顔でこんなロマンチックな事を言われるとは思わなかった。実は、もう1人友人が来ていて、ダブルデートなんじゃないかとミオみたいな事をついつい考えてしまった。組み合わせ的には、真璃ちゃんとソラ君。それから奈津君と謎の少女と言ったところだろうか。
「なんて、変な事言いましたね。すみません」
「いえいえ。素敵だと思うよ、虹を探すって」
雨ばかり降るけれど、虹なんて考えた事なかったなぁ。見ようと思えば何度も見れそうだな、ココ。
「まあ、実際そんな感じなんですけどね……」
「え? 何か言いました?」
「あ、いやいや。なんでもないんです、気にしないでください」
「そ、そうですか」
ニコニコしている、としか言えない奈津君のあの笑顔で言われてしまうと、なんだか深く聞く気がしなくなる。この笑顔にも秘密がありそうだ。
「雨、止みませんね」
「そうですねぇ」
なんでもないただの会話が、薄い灰色を纏ってその場に溶けて消えていった。
コラボって難しい。
何度目だこの言葉は。もっと頑張ろうか、自分。
どうも会話が増える癖がある。だけどあまりに会話させると、自分の作品のキャラ達になってくる。おま、人様のキャラに何させとんじゃい! みたいな。……え? 分かりにくい? すみません、いろいろ足りないんです。いろいろ。
さてはて、中編。まったりした空気を感じていただければ幸いです。だからといって後編は過激になったりしません。だって戦闘描写苦手分野だもん。なんて言い訳をして逃げます。今日も逃げます、きっと未来も。
あー、また後書きが長くなってしまいました、すみません。本編もっと頑張れよって話ですよね。はい、精進します。
それではまた次週、この時間にお会いいたしましょう。