64、コトノハ
きちんと よやくこうしん できているのだろうか……。
かげん は しんぱいで たまらないようだ。
そんなこんなで、変な始まり方でこんにちは。下弦です。
初予約で、心配のあまり前書きに後書き的なものを書いてるバカです。
さぁて、ちゃんとできていれば今日は8月7日のはず……。そして土曜のはず!
ズレたらズレたで、もうそれでいいや(オイ
前書きでグタグタ言ってても仕方ないですよね。うんうん。
それではお待たせいたしました。本編をお楽しみください!
急に俺を包んでいた膜のような結界は揺らめき、リンゴの皮を剥くが如くスルスルと消えていった。遠くで交わされていた会話にはついて行けなかったけど、これは解放されたと見ていいのだろうか?
「ソラにぃ! ソラにぃ!!」
いち早く、俺がベッドの上でぽかんとしているのを見つけたのはウミだった。その場から駆け出して、勢い良く俺に飛びつけば、どうなるかは想像できるだろう。
「おわっ!」
見事に押し倒されましたよ、そのまま往復ビンタまでくらいましたとも。
「バカバカバカバカバカ!」
「い、いた、痛いっ」
ちょ、涙が出る。ものすごく痛いって意味で。
「勝手に約束なんかして、勝手に何でも決めて、勝手に消えて、勝手に……」
ウミの元気な声が小さくなって消えていく。やがてそれは、すすり泣く声へと変わっていった。馬乗りにされているその状況で、優しいあの笑顔と背中を向けている茶髪が見えた。
あぁ、あぁ。あんなにも会いたかったはずなのに、会ってしまってからのこの複雑な気持ちは何だろう。自責の念? 後悔か?
「覚えてるよ、全部。俺達は大丈夫だよ、変わってないよ」
『変わってないよ』。その言葉が嬉しくて、その笑顔が嬉しくてたまらないはずなのに。
「私はアンタがいないとつまらないから来ただけなんだから。とっとと帰るわよ」
帰る場所が、しっかりとある。「帰ろう」と、手を伸ばしてくれる友人がここにいるのに。
どうして俺は、まだ迷っているんだろう。
「ソラにぃが帰りたいって願えば、帰れるってウネが教えてくれたの。ここは私達にはよくない場所なんだって。人の世と妖精界のハザマだから」
やっぱり、無理矢理逃げようとか思わなくて良かった。そんなとんでもな場所に連れて来られてしまっていたのか。俺バカだもんなぁ、とか言ってられねぇな。
「ね、ソラにぃも帰ろ?」
そんなうるうるした瞳で見つめないでくれ。俺が悪い事をしたみたいじゃないか。……あれ、実際に悪い事してるのかな、これは。
『ソラ、悪くない』
頭の中に、ヴィオロシィの声が響いた。どこかで聞いているのだろうか。そういえば、さっきから妖精達の姿が見えないな……。
『ソラ、願い知ってる。私、知ってるよ』
「ソラにぃ? 私、言ってくれないと何も分からないよ」
矛盾した言葉達が俺を攻め立てる。ヴィオロシィは俺の本当の願いを知っているのだろうか。ウミには伝えなければならないのだろうか。俺は俺が分からないままなのに、心の中の矛盾を口にしてもいいのだろうか。
「有澄、ちょっと聞いてんの?」
「え、ご、ごめん」
とりあえず、ウミにどいてもらう事からはじめようか。
ウミから、ここから出る方法を教えてもらった。足りない部分や説明が足りない所は、波月と矢吹が分かりやすく説明してくれて、だいたい分かった。俺だってそんなにバカな訳じゃない。
ここから出るには、人の世界に帰る為には、心から帰りたいと願わなければならない。少しでも迷いがあれば、妖精界へ引き込まれていってしまう。そうなってしまえば、二度と戻れない。人と生きるか、永遠を生きるか。それは、俺の心次第だという事。
「帰ろう。いつもみたいにみんなで帰ろうよ」
終始手を繋いだままのウミが笑顔で言った。
「そうだね、帰らないといけないね」
そう答えて、頭をなでてやれば、嬉しそうに笑った。
だけど、だけどねウミ。俺は心の底から帰りたいって望めないんだ。
『ソラ、帰れない。願い、あるから』
俺がウミ達と話している間も、ずっと頭の中でヴィオロシィの声が響き続けていた。まるで洗脳されているみたいで気持ち悪い。実際に洗脳されているのかもしれないけど。
『願い、叶う、ここだけ』
繰り返し、繰り返し、繰り返し。その言葉を何度も言う。
『死、別れ。ない、ここだけ』
……やめろ、もうやめてくれ。俺は帰ろうと思ったんだよ、ヴィオロシィ。帰りたいって思ったんだよ?
「話、終わり。かえりなさい」
頭の中ではなく、実際の声としてヴィオロシィの少し怒気の混ざった声が聞こえた。みんなの視線が一点へ注がれる。
「ううん、まだ終わってなんか」
「かえりなさい」
幼い声が威厳をもってウミの言葉をさえぎる。ひるんだ彼女に、ヴィオロシィはさらに続けた。
「『約束』破っても、反射り、貴方達ない。けど、ローグ達、そうじゃない」
すぅっと現れたローグ達は、口を噤んだままウミ達の周りを飛んでいた。不安そうな顔をした彼女達は、ただ首を振るだけで言葉を発しない。まるで、『話す』という行為そのものを奪われてしまったみたいに。
「私達の話が終わっていないうちに、無理矢理帰そうとするのはアンタが約束を破る事になるんじゃない?」
少し強気に、負けん気の強い矢吹がヴィオロシィに食って掛かる。遠くない彼女達の間でビリビリと視線がぶつかり合っていた。お互い引かない性格っぽいし、どっちかが折れたとしても、また違う理屈を出してきそうで終わりがなさそうだ。
「『約束』を破らないのが妖精なんでしょ?」
「そう」
「なら守りなさい。余計な口出しは無用よ」
どや顔で言い放つ矢吹に、ヴィオロシィは言い返せないまま風に紛れて消えていった。ふふんと鼻で笑う矢吹はとても満足そうに腕を組んだ。
「私に勝とうなんざ、1億年早いっつーの!」
そーですか。さよーでございますか。
「……ねぇソラ、帰りたくないの?」
いつも通りの優しい笑顔で、波月がそう言った。再び緊張を取り戻した俺に、みんなの視線が注がれる。
「んな訳ないわよね? そこまでアンタだってバカじゃないでしょ」
「そうだよねソラにぃ。帰りたいでしょ?」
重圧が俺の背中に圧し掛かる。波月の言葉は誰もが言わない、口にしないようとしなかった言葉だった。そんな訳がないと信じてここまで来たんだ。そりゃあ『帰らない』なんて答えが来るなんて思っていなかったからだろう。俺を信じて疑わず、大切にしてくれるからこそ出来た事なんだ。きっと、そうだよね?
「ソラ。俺達にはソラが帰りたくないってどうして思うのか分からない。何でだと思う?」
「お、俺はまだ帰りたくないなんて言ってな」
「言ってないだけで、思ってるかもしれないだろ? 思っているだけじゃ分からないんだよ。俺に、俺達には伝わらないんだ」
波月は矢吹の腕を引き、俺の目の前まで来た。そのまま矢吹の手と、ウミの手、俺の手、そして自分の手を重ねた。
「妖精は触れるだけでその人の気持ちが分かる能力があるって、ローグが教えてくれたんだ」
「そう、なんだ」
「でも、ソラは俺達の気持ちが分かるか?」
ふるふると首を振る。寂しそうな瞳が6つ、俺を見つめている事しか分からない。
「俺達も一緒だ、分からない。俺達は『言葉』を通じてでないと、その人の事が何一つ分からないんだ」
それぞれそっと手を離し、ウミは俺の右腕に抱きついて言う。
「帰ったらきっとおばさん達がうるさいだろうね。だけど、私が今度はソラにぃを守るから。また暴力振るわれたら児童相談所に行こう。大丈夫、離れ離れにはしないでってお願いするから」
波月は左隣に座って、ぽんぽんと叩くように俺の頭をなでてくれる。
「いざとなったらウチにくればいい。歓迎するよ、親父も母さんもみんなも俺も。だってソラがいれば、きっといつも以上に楽しい家になる。何の心配も要らないよ、ソラ」
矢吹は一人立ったまま、赤くなって今にも泣きそうな顔をその背に隠して言う。
「あ、アンタがいないと学校がつまんないのよね。べ、べべ別にアンタじゃなくったっていいんだけど、一番いじってて楽しいのはアンタなんだから。ポテトつまみ食いできたりするのもアンタだけなんだから。……アンタがいないと、できないのよ」
言葉が染みる。俺のカサカサになった心にゆっくりゆっくりと、染み込んでいく。『言葉』になった気持ちが、やっと俺に届いた気がする。今まで逃げてきた人の気持ちを受け止めるという事は、こんなに簡単な事だったんだ。俺って本当にバカだなぁ……。
「ねぇ、ソラにぃ」
「な、ソラ」
「バカ澄」
『一緒に、行かない?』
3人はそう言った。『帰ろう』じゃなくっていいんだ。俺は『帰らない』でいいんだ。
「……かな?」
「え、何? 聞こえないよ、ソラにぃ」
流れ出す涙が止まらない。俺にはこんなにも大切にしてくれる人がいて、本当に幸せだ。嬉しくて嬉しくて、どうしたらいいのかもう分からない。
「俺も一緒で、いいのかな?」
「もちろん!」
「あぁ、一緒に行こう」
「ったく、だらしないわね」
差し出されたハンカチ。やっと触れ合えた心。伝えられなかった言葉。
「俺は……みんなが、大好きだ」
「何を今頃言ってるの」
「あはは、素直なソラって珍しい」
「い、今更過ぎて呆れるわ。やっぱりバカね」
「うん、俺はバカだ。ものすごーくバカ」
笑い合える、この時が一瞬だとしても。生きていく、それが短い時の流れの中だったとしても。
次回はコラボ編になります。
まだうちの主人公が出てきていないコラボ編。さてはて、どうなる事でしょうか?