63、偽りなき対立
「どうやって?」
ヴィオロシィが刃を向けて、そう言った。仲間に刃を向けると言う事は、敵対心の表れだ。
「あなたも分かっているはずですのよ」
「……残った記憶の欠片、想い、使った」
「そうですの」
赤と紫だけが会話をする。重くのしかかる重圧と静かな緊張状態が、他の者の口を閉ざさせるからだ。
「ソラ、渡さない。帰って」
ヴィオロシィが少し怒ったように言う。言葉を返そうとしたローグの声が矢吹とかぶった。
「いいえ、そう言う訳にはいかないわ!」
「あぁ、ソラを返してもらえないと困るんだ」
「ソラにぃはあんただけのモノじゃないんだからっ」
ヴィオロシィは全く理解出来なかった。無力なくせに、なぜこの少年を取り返そうとするのか。彼の傷を知らないふりして、無視し続けていたのに。彼がどんな思いをしてきたのか、分かろうとしないくせに。護れもせず、傷付けるだけなのに、なんで傍にいようとする。自分の愚かさや欲望に気付かないで、またソラを傷付けるつもりなのか。
「あなた達、ソラの傍、いるべきじゃない」
そうよ、絶対そう。ソラには私がいればいい。他に誰もいらない。ソラは私だけでいい。
ローグ達が殺気立ったヴィオロシィを警戒して、身構える。仲間同士だと言うのに、とても距離を感じさせた。
「ヴィオロシィ、私達はアナタと戦うつもりはないんですの。話し合いたいだけなんですのよ」
「話す事、私、ない」
「主にはなくとも、我らにはあるのじゃ」
「話したくない」
どうせ、私からソラを奪うつもりなんだから。私はソラといたい。ずっとずっとずっとずっとずっとずっと―――。
そうだ。きっとローグ達は私から大切なモノを奪い取ろうとしているんだ。
そうだ。あの人が消えてしまったのも、全部ローグ達がいけないんだ。私から奪おうとしたから、だからあの人は消えないといけないくなってしまったんだ。
また、また私から奪うつもりなんだ。なんで私の大切なモノを奪うの?
「……許せない」
否、
「赦さない」
失わない。もう二度となくさない。そう、誓ったもの。
ヴィオロシィが刃を振り上げるとほぼ同時に、ローグが防御魔法を唱える。全員を青白い膜が包み込んで、彼女の刃をはじく。
「待ってヴィオロシィ。話を聞いて!」
ブルゥが叫ぶ。刃を受け止める膜が、バチバチと悲鳴を上げた。
「お願い、声を聞いて!」
「嫌」
誰が罪人に耳をかすものか。私は護ると誓ったんだ。彼を!
刃が徐々に膜に食い込んでいく。破られるのも時間の問題だろう。そうだ、邪魔なら消せばいいんだ。ソラの邪魔になるものを、消してしまえばいいんだ。忌々しい記憶ごと、目の前の人の子を消してしまおう。それが、ソラのためになるのだから。
とうとうローグの張った防御魔法は破かれ、風の刃が彼らの間に突き刺さる。容易に引き抜き、獲物を探した。彼らはバラバラに散って、私の様子を伺っているらしい。一番面倒なのはローグだ。私の次に魔法が長けているのはあの子だから。けど、仲間は後回しでいい。厄介なのは彼女達よりも、ソラの友人達だ。
「ねぇヴィオロシィ。ソラにぃを返してよ!」
一番小さな女の子、ウミと言ったか、それがウネビガラブとジャウネに止められながらも、私に近寄ろうとしていた。来たければ来ればいい。だけど、命の保障はない。
「あなた達、必要ない」
「それはアンタの勝手な思い込みでしょう!」
「違う」
刃をその子に向ける。腹立たしい、この子から消してしまおう。
鋭い刃に、少女は一歩だけ後ずさりする。守ろうとするように、その子の前にウネビガラブとジャウネが立ちはだかった。
風の槍で威嚇する。ウネビガラブがきっと防御するだろうから、手加減はいらない。風はあの子が好きだから、私よりも良い風が集まる。手加減しなくったって、風の質で劣るんだから問題ない。
「ヴィオロシィ、お前がやっている事はあの時と同じ事だぜ!」
力を持たないくせに、うるさいジャウネ。貴方が威張れるのは、ウネビガラブがいるおかげでしょう? 力ある者の傍に居る事しかできないから、口がそんなに達者なのかしら。
「お前も望んでないだろ? 前みたいに、大切な奴が塵になるのは」
えぇ、望んでない。だからこそ、今回は大丈夫なの。ソラは人の世界が嫌いだから。ソラは、人間界に合わないから。
「分かってないくせに」
小さく呟く。なーにも分かってない。ジャウネもウネビガラブも、本当にバカ。分からないくせにでしゃばって、分からないままくだらないモノを護ろうとしてる。そのまま、壊してあげるわ。
「その風の力を持って、全てを貫き《エンポティズ・リオントゥト》―――」
「ヤバい、逃げろ!」
ホント、勘だけはいいんだから。
「斬り捨てろ」
槍は一陣の風を放つ。鈍色に輝き、ジャウネ達に襲いかかる。いち早くその脅威に気付き、動きだしていたジャウネが生意気な少女を護ってしまった。しかし、風は人が動くだけでも生まれるモノ。小さな風をも巻き込むからこそ、脅威になりうるのだ。
「風は刃となり、盾となる。姿を変え、我らを護れ!」
小さな風が刃に変わる前に、ウネビガラブに防がれてしまった。風は鋭く光ったが、解けるように滑らかな風となって消えていった。つまらない。そう思っていると、いかにも怒りが爆発しそうな彼女の強い瞳と、目が合った。
「お主、我らを殺す気か?」
「うん」
迷いなく肯定すれば、ウネビガラブは不満そうに眉をひそめた。
「我らを殺す理由は?」
凍てつくような空気の中で、重苦しくウネビガラブの声が響いた。
「邪魔、するから」
「それだけが理由か」
「嘘偽りなく」
邪魔するなら、消すだけでしょう? 他に何の理由が必要なの?
「私達には、アナタを……ヴィオロシィを殺める理由はありません」
これまで静かにしていたブルゥの声がする。振り返れば、いつものようにブルゥプロフォンドと一緒にいる姿が目に付いた。おまけに人間の男の子もいるが。
「邪魔をしているのはヴィオロシィです。私達はただソラさんと話しが出来るだけでも十分なんです」
「え、ちょっとまっ―――?!」
横目で様子を伺うと、異論を唱えようとした少女を、ウネビガラブが止めていた。不満そうな顔のまま、彼女に何か耳打ちされると、拳を握って頷いているのが見えた。
ふーん。私と交渉する気なのね。
「私達は仲間同士の殺し合いを望まない」
「私、」
「ヴィオロシィはそうじゃないとしても」
言葉を続ける前に、言葉で遮られて口を噤む。
「無駄な事はしない。妖精は気高く、冷徹に。そして傲慢であるべきだから」
妖精女王の口癖だ。妖精達の間では、契約を結ぶ時に使われる合言葉のようになっているが。
「何、望む?」
「ソラさんをここへ」
「何の為?」
「話がしたいの。無理矢理連れ帰ったりしないわ」
「私、利益ない」
「彼と話をさせてくれたのなら、大人しく帰るわ」
「帰らないでしょ?」
飄々とした態度で受け答えしているが、どちらもお互いの腹の中を窺っているだけだ。表面だけの言葉は、いつか裏をつかれて不利になる。だから双方真実だけを口にしている。
「ウミさんは確かに帰りたがらないでしょうね」
ため息混じりにブルゥは呆れたように言った。
「引きずってでも帰る。誓うわ」
「エストシクル、レスモッツソントヴィライス?」
「ジェライパリエシューセノン、イトプロメッツラヴェリテ」
彼女達の言葉で、妖精界の言葉で契約が交わされた。破る事はできない。なぜなら、『約束』を破る事を許されない種族だから。
「さあ、ソラさんを出していただきましょうか?」
「……分かった」
変わるはずがない。想いも、誓いも、その全ても。
暑いもう無理助けて雨ヤダ雷もヤダともかく暑い蒸し暑い。
こんにちは、最初の一行目は呪いの呪文ではありません。自分の気持ちです。
そんなこんなで、更新がまた遅くなってしまいまして、予約機能使えよって話ですよね。うん。次回からはそうしようかとたくらんでおります。
なぜか更新されるのが、だいたい土曜日な為、山を張って見に来ていただけているのか、土日は異常に読者数が多くて怯えてます。同時に申し訳なく思ってます。ひー、更新してにゃーだ! みたいな?(何
そんなわけでして、次回からは1週間に1回更新されます、土曜日に。されると思います、土曜日に……。
それでは、暑さにバテ気味ですが、最後まで力の限り頑張ります。