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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
最終章 ユネプロミス―約束―
62/80

58、空と波


タイトルで大体想像がつくでしょう。

はい、その通りです。ソラと波月のお話です。ちょっと休憩な気分で読まれると、ちょうどいいと思います。


そして、ひらがな多めの為、やけに長くなりました。えぇ、これでも短くした方です。だけど、舌足らずなソラ君が、どことなく可愛らしいと(作者は)思うのでお許しください。


それでは、本編へどうぞっ!

 ウミちゃんに別れを告げて、また休みの日に会う約束をした。学生であるからには、学校にはきちんと行かなければならない。それどころの問題じゃないって事は分かっているけど、焦ったって仕方がないじゃないか。俺だって、自分が怖いくらい冷静でいられるのが信じられない。それはきっと、ソラの事を信じているからだと思う。

 この、ボロボロになってしまった、お守りをもらった頃から、ずっと。



                      *



 「ねぇ、おかあさん。なんであの子とお話しちゃいけないの?」

 「いいから来なさい」

 青ざめた表情になった母親が、俺を指差してそう聞いた子供の腕を引っ張って門を出て行った。ブランコに乗って、迎えを待っている時に何度かある光景だった。別に慣れた訳でもないが、声のした方を見ると、いつもその相手が青ざめた表情で歩調を速めるものだから、子供はみんな疑問を抱いたまま引きずられて行く。だから、なるべく声の主の方を見ない癖はついた。

 「坊ちゃん、坊ちゃん」

 こういう聞き慣れた声にしか、顔を上げない事に随分と前に決めた。引きずられる子が可哀想だから。

 「やっとこっち見てくれやしたね、帰りやしょう」

 着物を着崩したような格好のその男の手を握り、先生に挨拶をしてから幼稚園を後にする。その先生も、少し青ざめた表情をしているが。

 門を出てすぐ、黒く長い車がいつも俺を待っている。その中に誰がいるのか、俺は知ってる。

 「やぁ、奈津! おかえり~」

 優しい顔をした父親だ。

 「ただいま、ちちうえ」

 「父上なんて呼ばないで欲しいなぁ。いつも言っているだろ、パパとか父さんがいいって」

 「だって、」

 「言い訳は聞かんぞ」

 隣に座った俺の頭をぐちゃぐちゃにかき回す、どこにでもいるようなこの人こそが波月組組長、李津りつである。この櫻台ではそれなりに名をはせていて、ヤンキーと言ってしまえば、ヤンキーだ。だけど、行き過ぎた事をするヤンキーをこらしめるだけで、一切悪い事はしていない。と、この親馬鹿ちちおやが言っていた。

 「今日はどうだった? 友達は出来たか?」

 「ひらがなで、自分の名前、書けるようになりました」

 「敬語はやめような~」

 またぐちゃぐちゃと頭をかき乱された。もう俺の髪はぐっちゃぐちゃだ。折角母さんが綺麗に梳かしてくれたのに。

 「でも、名前が書けるようになったか! よっしゃ、今日はみんなでお祝いだ!」

 「そんな事する暇があったら、おしごとした方がいいんじゃないですか」

 「ぐふっ」

 幼稚園児の癖に、なかなか辛らつな言葉を吐いて捨てる。ずっと父の背中を見てきたせいもあるが、最近やけに来客が多いのを気にしての言葉だった。

 「なぁ、俺の奈津がもう巣立っていきそうな気がするんだが、どうすりゃいいんだ」

 「あっしに聞かれやしてもねぇ」

 自分を迎えに来た男は困り顔になり、運転しながら頭をかいた。スーツをだらしなく着こなしている大人が、さらにだらしなくうな垂れる。

 「なぁなぁ、答えてくれよぅ、田山」

 「山田です、組長」

 「おま、人のボケには答えるくせに、相談は無視か、無視なのか!」

 「答えじゃなくって、訂正しただけなんですがねぃ」

 「似たようなもんだろ」

 拗ねた顔をして、父は俺を抱き寄せた。

 「奈津は俺の味方だもん、なぁ?」

 「そうでもないです」

 「ガーン!」

 まるでムンクの叫びみたい。そんな顔を父がするものだから、笑ってしまった。

 「おぉ、奈津が笑った。笑ったぞ! よっしゃ、今日はパーティーいだ!」

 満面の笑顔ではしゃいだ父は、頭を強打する。その瞬間、しゅんとした顔に変わった。

 「こんな狭い車内で騒ぐからですよ」

 「田山ぁ、奈津が冷たぁい。冷たいよぉ、横田ぁ」

 「田山でも横田でもなく、あっしは山田です!」

 けれど、そんな父が俺は大好きだ。




 その日は本当にパーティーになった。組の全員が一部屋に集まれば、いくら広くても暑苦しい事この上ない。それもむさ苦しいおっさんだらけなものだから、余計に暑苦しい。その荒野に一輪咲く着物姿の母親は、満面の笑みでみんなに酒を注いでいた。俺はオレンジジュースだけど。

 「さぁ奈津! 遠慮しないでどんどん食べろよ!」

 そう言って父はいつも酒のつまみを渡す。枝豆ならまだいい。その他変な臭いがするものとかを押し付けるのだけはよして欲しい。

 「あ、りっちゃん。奈津に変なもんあげへんといてや」

 「変なもんとはなんだ、変なもんとは!」

 「アンタが持ってるものですよ。奈津、こっちにいらっしゃい。母さんがリンゴ剥いてあげるさかいなぁ」

 「うん!」

 「ちょ、こら、奈津!」

 父親の膝の上から降りて、てけてけと母親の方へ走っていった。俺を捕まえようとする父の腕をすり抜けて、母に俺がすがれば、悔しそうな顔をした。

 「風由ふゆぅ、この恨み、いつか晴らしてやるからな!」

 「いつでもどーぞ」

 母は独特のなまりで軽く父をあしらうと、器用にリンゴの皮を剥き始めた。俺は、途切れる事無く続くリンゴの皮に見とれていた。この前、母と父が喧嘩した原因も、確かリンゴの皮だった。父はリンゴの皮を剥くというより、リンゴの実を削る。それに対して、母は綺麗に剥くものだから、果たし状をたたき付けたんだったと思う。結果は惨敗に終わって、父は一日俺に近づく事を禁止された。

 「ねぇ、奈津」

 「ん?」

 「友達、まだできへんのかい?」

 「……」

 父にも聞かれた言葉だった。この家のせいで、友達が出来ないわけじゃない。俺から人に近寄らないから、あっちも近付いてこない。噂が噂を読んで、いつの間にか人殺しの息子と言う事になっている始末だ。

 「無理に作れとはいいひんよ。でもなぁ、友達ってぇのは1人いるといいもんなんだよ」

 1つのリンゴを剥き終わった母は、丁寧に8等分に切って、俺が食べやすいようにしてくれた。手渡されたその1つを、大きな口を開けて一口で食べた。口の中に、甘さと酸っぱさが広がっていく。シャキシャキとした歯ごたえが好きで、リンゴが俺は大好きだった。

 「李津はあんな軽い男やけど、しっかり考えてるんよ。アンタの事も、心配しとる」

 優しく微笑む母は、俺の頭をなでた。

 「アンタは優しい子やさかい、大丈夫やで」

 何が大丈夫か、その時母は言わなかった。だけど、言いたい事はなんとなく分かった気がした。




 「じゃ、坊ちゃん。今日もお勤め頑張ってくだせい」

 「うん」

 いつもお勤めお勤め言われているが、全然言葉の理解をしていないため、元気に遊べと言われているんだと自己解決をした。聞けばいいんだが、最近は忙しそうだからいい。

 「おはよーございます」

 「はい、おはようございます」

 おっとり笑って笑顔を返すのは、ここの園長先生だ。おばあちゃんみたいな人で、誰にでも優しいとみんなに評判だ。

 「そうだ、奈津君」

 「なんですか?」

 「今日はね、新しい子がこの園に来るの。そろそろ来るはずだから、仲良くしてくれるかな?」

 「……他の子が良いと思います」

 「大丈夫よ、大丈夫。奈津君は優しい子だって、その子も分かるから」

 昨日の母と同じように、しわしわの手が俺の頭をなでた。父みたいに乱暴になでられるのは好きじゃないけど、こうやって優しくしてもらうと、どうも照れくさい。

 「あの、すみません」

 「はい?」

 ほっそりとした小柄の女性に、ペットの小猿が引っ付いている。最初はそう思ったが、小猿は人の子供だった。

 「私、有澄香雲と申しますが、園長先生でいらっしゃいますか?」

 綺麗な声の人だなぁと思っていると、小猿と目があった。小猿はビクッと身を震わせ、さらに強く女性の腕にしがみ付いた。

 「はい、そうです。じゃあ、こっちの小さい可愛い子がソラちゃんかしら?」

 「ええ。でも、ソラは男の子なんです。可愛い顔はしてるんですけれどね」

 よっこいしょ、とその人は腕から小猿をはずすと、地面に下ろした。それでもソラと言う名の小猿は、女性から離れない。その後ろに隠れて、足にしがみ付いていた。やっぱり、俺が怖いのかな?

 「ソラ、挨拶」

 「……ざいます」

 「はい、おはようございます」

 小さな声もきちんと聞き取って、挨拶を返す園長先生。それだけなのに、小猿は縮こまった。

 「こっちの子も可愛い顔してますね」

 「そうでしょう? 奈津君って言うんですよ」

 「へぇ。こんにちは、奈津君」

 いきなり話の矛先が、俺に向けられるとは思わなかった。焦って言葉につまり、お辞儀で誤魔化した。

 「ほら、ソラも挨拶しようね」

 「……きょ、きょんにちは!」

 きょん?

 「うふふ、元気な子ですねぇ」

 園長先生は笑うけれど、その子は今にも泣きそうだった。絶対俺が怖いんだ。この子も、俺の噂を知ってるから怖がってるんだ。

 「じゃあ、奥で少し話しましょうか」

 「はい。……あぁ、ソラは来ちゃダメよ。奈津君と待っててね」

 引き剥がされて、隠れるものを失った小猿が慌てふためく。他の子達も彼の存在に気付き出して、周りに集まりつつある。その時気がついた。もしかしたら、この子って人見知りなのかな?

 「ねぇ、君って人見知り?」

 「ふぇ!? ひ、ひとりしりって、なぁに?」

 まさかそう返ってくるとは思っていなかった。それに、ひとりしりじゃなくて、人見知りって言ったんだけどな。少し驚いたけど、話せない訳じゃないなら大丈夫だろう。

 「ううん、なんでもないよ」

 「そ、しょっか」

 ふぅーっと全部空気を吐き出してしまうと、その子は苦笑いした。

 「じゃ、じゃあさ、僕からも聞いていー?」

 「え?」

 「ここんとこ、むぎゅーってなってるろ。らんで?」

 眉間を指差して、小首をかしげるソラ君は、純粋に質問しただけなんだと分かってる。だけど、そんな事を聞いてくるとは思ってなかった。

 「むぎゅーってなるのはね、ぼきゅのおかあさんも一緒なんらよ。なりゃんでたりね、心配な事があるときむぎゅーってなるんらって」

 さっきまでの無口はどこへやら。ぺらぺらとしゃべり出したソラ君は、舌足らずな言葉をさらに続けていく。

 「でね、くしぇになっちゃうといけらいきゃらね、指でごしごしーってするんらお」

 ごしごしと、自分の眉間を人差し指でほぐす。それをまねてみたら、確かに眉間に皺が寄っていた。

 「しょうら! えっとね、あのね……」

 表情がコロコロ変わる。見てるだけで面白いなぁ、ソラ君。

 「あったぁ!」

 服のポケットというポケット全てをあさって取り出したのは、真新しいお守りだった。

 「おかあさんがね、僕にきゅれたの」

 難しい漢字が金糸で書かれた、紫色のお守り。それを俺の手に乗せた。

 「あげりゅねっ」

 お守りって、そんな簡単に人にあげていいものなの? そう聞こうと思ったけど、やっぱりやめた。満面の笑顔で言われたら、断れる訳もない。その前に、あげりゅじゃなくて、あげるだよ。

 「ええっと、うーん」

 唸りに唸るソラ君は、俺の手を握ったまま、必死に何かを思い出そうとしているみたいだった。

 「ハッ!」

 いちいちそんな大きなリアクションをしていて、一日体力が持つのか不安だ。それくらい元気な方が、やっぱりいいのかな?

 「なちゅ君、だおね?」

 何かが違うけど、確かに俺は奈津だ。

 「うん。はづき、なつ」

 一言一言丁寧に言うと、ソラ君は真似して何度か俺の名前を繰り返した。はじゅぎだとか、なりゅだとか、正確な名前が言えたためしがないけれど。

 「……にゃつ君ね!」

 どうしても『なつ』とは言えないらしい。それでもなんだか面白いから頷いておいた。

 「りゃつ君のなりゃりごろが、かいけちゅしましゅよーに!」

 お願い事をするように両手を合わせた。笑顔はそのままで、穏やかな表情だった。

 「あ、僕ね、あしゅみソラっていうの。よーしきゅね!」

 「よ、よろしくね、ソラ君」

 そんなぶんぶんと手を振られては、こっちの手がもげそうだったけど、悪くないって思った。自分の事を怖がらずに、接してきてくれたからなのかもしれない。元気で明るいソラ君が、俺は羨ましかったのかもしれないけど。それでね、ソラ君。あしゅみじゃなくて、有澄だと思うんだけど、違うのかな?



                       *



 それから、こんなにボロボロになるまで持っている俺も律儀だと思う。だけど、それだけ大切にしていたって事になる。思い出はこれだけでも数え切れないほどいっぱいあるのだから。

 「失くしてないよ、ソラ」

 このお守りも、君との記憶も。


ちょっとしたお守りのエピソードでした。李津さんが出したかっただけなんて言えません(


さて、次回はコラボ編になります。

本当に祭りは潰されてしまうのか!? それとも祭りからの反撃が!?


なんて盛り上げようとしても盛り上がれないのが私です。

それでは、また次回お会いいたしましょう!

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