55、知る事、策略。
朝起きて、まず自分の部屋ではない事に気付いた。全体的に青を基調として揃えられた部屋に、見慣れた学ランが粗雑にハンガーにかけてあった。どうやら、昨日はあのままソラにぃの部屋で眠ってしまったみたいね。
「……あれ?」
でも何かが変だ。この部屋の主が、また消えている。私がベッドで寝たせいかもしれないけど、ソラにぃがいない。あ、もしかして朝食作ってるのかな?
目に付いたのは、ペンギンの目覚まし時計だった。ビンゴ大会でソラにぃが当ててきた景品で、おなかが時計になってる、よくある可愛いやつだ。それはまだ、午前4時をさしている。壊れているのでなければ、まだ起き出して朝食を作るには早すぎた。
ベッドから這い出して、縮こまった背中を伸ばすために大きく伸び、深く息を吐いた。それにしても、やけに静かで、時間が止まっているみたいに何の音もしない。
ペタペタと歩き、開かれたままのノートに触れた。最後の問題まで終わっていない、そのノートをなんとなく閉じる。終わらせもしないで、どこに行ったんだろう。まさか、またおじさん達に呼び出されたのかな。それにしても、静かすぎる。怖いくらいに静かだ。
「あ、ローグ達がうるさくないからね」
1人で納得して、ソラにぃの部屋を出て行く。ここにいないなら、私の部屋にならいるだろうし。ブルゥとフォンは、いつも朝早く散歩に行くのでいないだろうけど、他の賑やかな奴らはいるはずだ。
「……あれ?」
自分の部屋にも変わりはない。小さな人形のような妖精達の姿がない。いつもなら、クッションの上にローグとウネ、そこから滑り落ちた寝相の悪いジャウネに、机で正座のまま寝るベートがいるはずなのに。クッションにも机にも、ベッドにもいない。珍しく妖精みんなで朝の散歩にでも行ったのかな? 寝起きが恐ろしいジャウネまで連れて、わざわざこんな早くに散歩?
ガタガタッ
突然背後で音がして、固まってしまった。べ、別に怖い訳じゃないわ。警戒よ。
ガタ ガタガタッ
また音がする。何かを訴えているみたいに。
「ねぇ、どこ? 誰がどうしたの?」
日本語としておかしい気はするけれど、寝ぼけた頭で考えられる事が少なすぎた。冷静になろうとする頭と、ドキドキする心。リズムが合わなくなって、ずれたダンスみたいに変な感じがする。
ガタガタッ
タンスだ。タンスの方から音が……。
「……!」
声もする。え、まさか。
クルッと回って、タンスに向かい合う。静かに様子を見ていると、ここにいるぞといわんばかりに引き出しがガタガタいった。恐る恐る手を伸ばし、引き出しに手をかけた。
「ぷっはー!!」
「! ちょ、あんた達、こんなところで何やってるの!?」
丁寧にたたまれたハンカチと靴下に挟まれて、もぞもぞと動く虫は、紛れもなくローグ達だった。
「虫とは何じゃ、虫とは!」
そこから抜け出せないらしいウネが、もがきながら言い返す。勝手に人の心を読むなんて、最低ね。ウネだけこのままにしておこう。
「す、すまん」
うん、分かればよろしい。
そうして、ぎゅうぎゅうに詰め込まれていた6色全員を助け出した。個々様々に礼を言い、深く息を吐いて安堵していた。
「で、なんであんなトコにいたの?」
「……それが分からないんですの」
「分からないってどういう事よ」
「昨日、青年と話していた時までの記憶はあるが、そこから先がないのじゃ」
「へ?」
「だーかーらー、お前が寝て、そこからの記憶がぽろーっとねぇんだよ」
「なんでよ」
「こっちが聞きたいです」
いや、こっちの方がもっと聞きたいんだけど。
「ベートとフォンも覚えてないの?」
「……かたじけない」
「……知らない」
妖精達の中ではまだまともな2人も覚えてないなんて……。あ、そうだ。
「ねぇ、ソラにぃは?」
「ソラ様、ですか?」
「うん。いないのよ」
「我らが知っている訳なかろう」
「だな。助けてもらうまであれの中だったし」
ジャウネが顎をしゃくって、ジャウネはタンスをさす。一同、うんうんと頷いた。
「ゴミ捨てにでも行ったんじゃないですか?」
「こんな早くに? 私が起きたのが4時だったから、それより先に出てって、それきり帰ってきてない事になるのよ?」
「其れは面妖でござるな」
「……うん」
うーんと唸る一同に、ハッと何かを思い出したかのようにウネが飛び上がった。
「ヴィオロシィかもしれんぞ」
「ヴィオロシィ? あんた達の最後の仲間の名前よね。その子がどうしたのよ」
「それは……」
なぜ黙る。気になるじゃない、途中でやめられると。
「その、ヴィオロシィとソラにぃに何の関係があるの?」
どうやら、赤と黄色も分かったらしい。目線を泳がせて、一切私を見ようとしない。もちろん、ウネも。
「ねぇ、何なのよ。教えなさい!」
状況を飲み込めていない、緑と青と藍は首をかしげる。
「……どんな事であっても、お前は受け止めるか?」
「ジャウネっ」
「お前は聞きたいんだろう? 真実を知る辛さを知っても、それでも聞きたいんだろ?」
ウネの静止を気にもせず、ジャウネが真っ直ぐ私を見て言った。珍しい、こんな真剣な顔するなんて。それほど重大な事なんだろう。
けれど、引く訳にはいかない。きっと良い事ではないのだろうと予想は出来てる。もう、一歩も引かない。それが、きっとソラにぃのためになるって信じているから。
「いいわ、話して」
一呼吸置いてそう言った私に、ジャウネは頷いた。そして、知っている限りの事を全て話してくれた。ヴィオロシィがソラにぃと『何か』を約束した事。汐見さんの騒動の時、助けてくれた事。そして、そこで分かった『何か』の事も。
「俺らが知ってるのはそこまでだ」
「でも、ソラにぃはまだ独りぼっちになんてなってない! 私も、波月さんや矢吹さんだっているのよ!?」
「ウミ殿、落ち着かれよ!」
「私達は、身勝手に人を妖精界に連れ込む事は出来ないんですよ」
「……何が言いたいの?」
「我ら妖精は『約束』をたがえる事は出来ぬ。ヴィオロシィと青年が『約束』をしていたのなら、まだ妖精界に青年を連れて行けないはずなんじゃ」
「まあ、どっかに連れてったのは確かだけどな」
「妖精界に行くには、条件がありますのよ。私達のような妖精と共に足を踏み入れるか、魔回廊に迷い込む事ですの」
「……クリーレスリット・ニュヴァス?」
「ヌヴァス、じゃ。簡単に言えば、ワープホールみたいなものじゃな」
「その場合は、何の関係なしに、妖精界に連れ込まれちまうんだ」
「そして、二度と戻って来れませんの。私達が連れ出す事も可能ですが、人間界と妖精界では時間の流れが違いますの。……出た瞬間、その人間は塵になると聞いた事がありますわ」
「そ、そんな!」
もしもソラにぃが妖精界に行ってしまったら、二度とこっちにはこれないなんて……。
「何のために、ソラをどっかにやったのかは分からねぇけど、ヤバいよな」
嫌な予感がする。急に温度が下がったみたいで、全身に鳥肌が立つのを感じた。
「魔回廊を探すのは簡単な事ではありません。神出鬼没ですから」
「『約束』を無視して、ソラ様を妖精界に連れて行く方法の1つではありますが、他の手段を使ってくると思うんですの」
だったら、すぐにでも動き出さなくちゃ。ヴィオロシィがソラにぃを妖精界に連れて行く前に!
「私、どうしたらいいの? ヴィオロシィを見つけなきゃ。ソラにぃを取り返さなきゃ……」
あれが最後なんて嫌だ。あんな別れ方なんて、嫌よ。もう、誰とも別れたくない。
「ジャウネならヴィオロシィの気配が追えるでしょ? どこにいるか分からないの?」
「簡単に言うなよ。アイツ、日頃から気配を消すのが上手いんだ。そう簡単に見つかる訳ねぇよ」
「でも、早く探さないと!」
「見付かったとしても、逃げられるのが落ちじゃろう」
「何もしないよりマシだわ!」
「なれど、ウミ殿には、寺子屋がござるじゃろ?」
「寺子屋……? あぁ、学校ね。適当に言って休んじゃえば―――」
「ウミちゃん? 1人で何してるの?」
「お、おばさん!」
部屋の扉から顔を覗かせたおばさんは、不思議そうな顔で聞いたけれど、すぐに笑顔になって言葉を続けた。
「早く降りていらっしゃい、ご飯の準備できてるから」
え、もうそんな時間?
壁にかけられた花の形の時計を見る、6時すぎだった。
「わ、私、ソラにぃに頼まれて、学校の花壇の水遣り手伝う事になったの! ご、ご飯食べてる時間がないから、着替えたらすぐ行くねっ」
「そらにぃ? 誰、新しいお友達?」
「え、何言ってるのよ、おばさん。ソラにぃは私のお兄ちゃんだよ」
一瞬驚いた顔をして、笑い混じりにおばさんは信じられない事を口にした。
「ウミちゃんこそ何を言っているの? あなたは一人っ子でしょ」
「え……?」
ふふふと笑ったおばさんは、嘘をついている様子もなく、ただ事実としてすらすらと話していった。
「お兄さんが欲しいって日頃から言ってたから、夢でも見たんじゃないの? まあ、忙しいなら仕方ないわね。でも、トーストぐらい食べていきなさいよ」
おばさんが階段を下りていく足音を聞きながら、私は返事も出来ないで固まってしまった。
それから思い立って立ち上がり、隣にあるはずの部屋へ向かった。扉を勢いよく開けると、何もない空間が私を出迎えた。
「そんな。なん、で……?」
その扉を開けたまま、私と同じように呆けていたローグ達のいる部屋に戻り、机に飾られた写真立てを手に取った。今は亡き両親と、私だけが笑う写真がそこにあった。
「サブタイが浮かばないとネタ切れの法則」が発動してるぞ……。
略して、サブ切れの法則……!(黙れ
さて、書きだめはあるんですがいまいち納得がいかないというか、こんなんじゃダメだぁぁぁぁ! という謎の症状にみまわれ、更新が停滞中です。頑張って進めてますけど。
なんと言うか、自分が納得してから更新していきたいので、胸のモヤモヤが晴れる前に投稿するのだけは避けたいんですよね。自己満足に過ぎない気はしますが、自分が満足して出来上がったものを更新しなければ、読者様も満足してはいただけないと思っていますので。
本当に申し訳ないとは思いますが、これからもスローペースの更新になると思います。読者の皆様に、理解して欲しいとは言いませんが、心のどこかで認めてやってください。
『あぁ、サブ切れの法則がまた来たのか』と。
それでは、長々と失礼しました。また次回、会う日まで。