54、流れる涙と護るモノ
題名と中身がかみ合わない気がしますが、気にしない事にしておきます。(ぇ
さて、あまり話すような事もないので、さくっと本編へどうぞ!
「ごめんね、お風呂場の電球も替えてたら遅くなっちゃった」
足を引きずるようにして入ってきたソラにぃは、最初にそう言った。
「リビングにいないから、どこに行ったのかと思ったよ。人の部屋で何してたの? 大丈夫だよ、変なものなんて俺は隠してないからね!」
次に、そう明るく言って、私が腰掛けていたベッドの隣に座った。
「確か話があるんだよね。……何々、高城君の話? 最近上手くいってるの?」
続けてそう言うソラにぃは、いつもと変わらない笑みをしていた。
「ま、待たせたから怒ってる?」
今度は心配そうに眉を寄せて、私の顔を覗きこんだ。そしてようやく、私が泣いている事に気付いた。
「どうしたの、ウミ」
さらに心配そうな顔になって、よしよしと頭をなでてくれるソラにぃの手は微かに震えていた。優しい手が、余計に私を悲しくさせる。
「ウミ?」
知らなかった。本当に、私は何も知らなかった。人の善悪以前に、ソラにぃの痛みと苦労を分かっていなかった。
「……青年よ、ウミはもう全部知っているぞ」
「え?」
それまで黙って私の周りにいた妖精達の中で、ウネが始めて口を開いた。
「お前が秘密にしてた事だよ」
「俺が秘密にしていた事?」
「……あれは、虐待、というものじゃないんですか?」
ブルゥがそういうと、頭の上の手が微かに震えた。
「何の事? 昼ドラの見すぎじゃない?」
あははと笑うソラにぃに、誰も返さない。静かな時間を刻む、秒針の音が大きく響いた。
「もう我らは、ことごとく知りているでござる。叔父上殿達に、おぬし、どがんされてござったとかをば」
「おじさん達は何もしてないよ。俺と話があっただけで」
「いいんですの、ソラ様。もう、隠さないで欲しいのですわ」
「……隠すなって言われても」
ごめんね、ソラにぃ。隠したかった事、全部聞いちゃったんだよ。頑張って私には気付かれないようにしてたのに、私は聞き耳立てて、廊下にいたんだよ。ソラにぃが辛い時に、何も出来なかったんだよ。私は、私の事だけしか考えられなくって、ソラにぃを助けになんて行けなかった。部屋に飛び込んで、たった一言『やめて』が言えなかったの。
「……うーん、よく分からないけど、知られちゃったんなら仕方ないね」
「とっとと出て行こうぜ、こんな家」
「そうですわ。ここにずっていたら、ソラ様の身がもちませんわ」
「波月や矢吹の家へ行けばよいじゃろ?」
「うん、そうだね」
「だったら早くここを出ましょう」
妖精達が動く気配がする。きっとソラにぃの傍にいるんだろう。服を引っ張って、外へ行こうと誘っているんだろう。
「だけど、ダメだよ」
「なにゆえじゃ? 此処に居られたら命が危険がござるに」
「波月や矢吹は快く迎えてくれると思うよ。だけど、迷惑はかけられないんだ。おじさん達はきっと俺らを探す。波月達の事はおじさん達も知ってるから、早く見付かるだろうね」
「黙っていてもらえば大丈夫じゃろ?」
「そうかもしれないけど、いつまでも隠し通せる訳じゃない。人の子供が忽然と消えると大変な事になるんだ。事実を知ったら、もっと酷い事になるかもしれない。もしかしたら、波月達にまで飛び火するかもしれないだろ?」
きっとそうだろうと分かっていた。だけど、このままじゃいけない事も分かってる。何か行動を起こさなければならない。それに伴う危険もあるけれど。
「じゃあ、俺達はどうすればいいんだよ」
「何もしなくていいんだよ。今までどおりで」
「ですが、それではソラさんが!」
「大丈夫だよ、大丈夫」
優しい声が諭すように、『大丈夫』という言葉を繰り返す。大丈夫な訳がないのに。怪我までさせられて、何が大丈夫なのよ。どうして大丈夫って言うのよ。どうして、どうしてよ……。
「泣かないで、ウミ」
優しいソラにぃ。私の大好きなソラにぃ。ずっと私を守り続けてくれているソラにぃ。それなのに、とっても遠くに感じる。傍にいるはずなのに、なんでこんなにソラにぃが遠いんだろう。
「俺は平気だよ」
「……じゃない」
「ん?」
「平気な訳ないじゃない!」
思い切り立ち上がると、少し背の高い兄と目線がばっちりと合う。私の歪んだ視界じゃ、はっきりとは分からないけれど、きっと困った顔をしているんだと思った。そう思ったら、なぜか苛立たしくなってきた。
「理不尽に殴られて蹴られて、平気な人がいる訳ないじゃない! 痛いし辛いし。それなのに、何で大丈夫って言うの? なんで私に平気だなんて言うのよ!」
「だって、そうするしかないから……」
「私に相談してくれたっていいじゃない! 私に隠さなくても良かったじゃない!」
「話したら解決する事でもないし、それにウミまであんな目には遭わせたくなかったから」
「私だって嫌よ、ソラにぃがあんな目に遭うの。確かに、何も解決しないかもしれないけど、1人で抱え込まないで欲しかった。少しくらい話してくれてもいいじゃない……」
「話せばきっと、ウミは今みたいに泣くと思って。悲しい思いをさせるつもりはなかったんだよ。ただ、ウミを護りたかっただけなんだ」
……あぁ。あぁ、神様。どうして私にソラにぃの痛みを分けてくれなかったの? どうして私は、ソラにぃを助ける事を許されないの?
「だからずっと黙ってたんだ。ごめん、ごめんね、ウミ」
とめどなくあふれる涙を、ソラにぃが優しく拭ってくれる。事実としてある現実がはっきり見えるようになって、優しく微笑むソラにぃの顔を見て、さらに涙があふれてくる。
「ソラにぃの馬鹿! 嘘つき! 阿呆!」
「ごめん、ごめん」
「話してくれれば、私にだって、私だって……」
「……ごめんね」
そっと抱き寄せられたら、余計に悲しくなってわんわん泣いた。両親がいなくなった時みたいに泣いた。どうしようもなくて、どうすれば分からなくなって、ずっとずっとただ泣いていた。
*
ウミが泣き止んでからも、ずっと頭をなでていたら、いつの間にか安らかな寝息を立てていた。そのまま起こさないように俺のベッドに寝かせて、一息ついた頃には時計の針は2時をさしていた。
「宿題やらなきゃ」
ふと思った事はそれで、う~んと背伸びをしてみた。眠い、非常に眠い。そして、背中に浴びせられる視線が痛い。
「青年よ」
「ん?」
振り返れば、予想通りにローグ達が俺を見ていて、右から順に綺麗に並んで飛んでいた。虹が完成しつつあるけど、まだ一色足りないね。
「無理をして人を守る事はない。自分も救えないような相手に、助けられたくもないぞ」
んー、急にそんな事言われても分かんないぞ。
「お前が思っている以上にウミはお前を心配して、悩んでたんだぜ」
「自分に何が出来るかを考えて考えて、『何も出来ない』と分かってしまいましたがね」
「それでもソラ様を救いたかったんですの。傍にいたくて」
「ゆえに、己が身をば大切にして所望致す」
「……うん、分かってるよ」
優しいなぁ、みんな。だけど、どうやって人に頼ればいいか、俺には分からないんだ。ごめんね。
元々、あの事は誰にも話していない訳じゃない。誰にも話さないでいようと思ったのは事実だけど。担任の櫻井先生だけは知ってる。というか、勘のいい先生だから話す前に知られちゃったんだけど。アルバイトの事もね。
だけど、進んで波月とかに話せる話じゃないじゃないか。きっと協力してくれるだろうけど、これは俺達の問題で波月達は関係ない。巻き込むのも怖いし、その後どうなってしまうのかも分からないし。従兄弟や親戚にだって、そう簡単にあんな事話せる訳がない。
……まあ、俺には話す勇気がないだけなんだけど。
言葉にすれば、良い答えが返って来るのは分かっている。けど、悪い答えが返ってくる可能性もある。俺とウミ、一緒に預かってくれるかも分からなければ、施設送りなんて事も考えられる。俺が悪い方に考えすぎなんだろうけど、本当に悪い結果になった時に耐えられる自信もない。それだけの理由でここにいる。ただそれだけのために。
「ソラ、違う」
どこかで聞き覚えのある声がする。ローグ達じゃない、別の声だ。
「ソラ、いるべき場所、ここじゃない」
だけど、探しても探しても、部屋のどこにも声の主は見付からない。声だけが聞こえてくる。
「一緒に行く、妖精界に。望んだすべて、そこにある」
「ねぇ、君は誰? どこにいるの?」
あれ? ローグ達がいない。さっきまですぐ傍にいたのに。ウミはベッドで寝ているけれど、ローグ達はどこにも見当たらない。
「行こう、ソラ」
ふわり。風が体を包み込む。窓は開いていないから、呪術かもしれない。
「怖がる事、ない。大丈夫、ずっと傍にいる」
足元を風に掬われて体勢を崩すと、そのまま風が俺をどこかへ運ぼうとする。
ま、待ってくれ! こんなファンタジーな展開、俺は望んでないぞ!
「目を閉じて、ゆっくり」
何がなんだか分からないまま、ジタバタしているうちに、家を飛び出していた。体の自由は利かないし、さっきから子守唄のようなものまで聞こえてくる。
『眠れ 私の腕の中で
安らかな寝息を立てて 眠れ
愛しき人よ その瞳を閉じて
不安な夜も 傍にいるから
さあおやすみ 愛しき人よ』
眠気が元からあったから、余計に瞼が重くなってくる。だけど、このまま瞼を閉じていいのかな? どこへ連れ去られるのか分からないし、術者すら分からないのに。予想的には諏墺さんだけど。
『星降る夜に 君を抱き
優しい歌声で 君を眠りに誘おう
安らかな夢に 君がたどり着けるまで
私はただ 君のために唄っていよう』
そこまで聞いて、眠気に負けた俺は、そのままゆっくり瞼を閉じてしまった。
中途半端な終わり方にはなりましたが、次回はコラボ編になるので、次の次まで引きずっていてください。
それでは、また。