53、誰のために、何を想う
今回は、恐ろしいほどシリアスになっています、最後が。
読まなければ話が飛んでしまいますが、苦手だなぁと思う方は飛ばしてしまった方がいいかもしれません。
覚悟と共に、本編へどうぞ。
「ごちそうさまでしたぁ」
やっぱり夏の夜はそうめんよねぇ。お昼でもいいけど。つるつるっといけるし、美味しいし。
「俺が洗っておくから、そこに置いておいて」
「はーい」
てんぷらも美味しかったし、満足満足♪
「ん、ウミ。またまいたけ食べてないだろ」
「う゛」
「ダメじゃないか、ちゃんと食べないと」
「だってなんか好きになれないんだもん」
「うっわぁ、可哀想なまいたけ」
うるさいわねぇ。嫌いなものは嫌いなの!
「私が食べておいてあげるわ。残しちゃまいたけが可哀想だものね」
おばさんがそういって、私が残したまいたけを美味しそうに食べた。美味しそうに食べてたけど、『うわぁ、食べたぁい』なんて思ったりはしない。だって嫌いなものは嫌いだから!
「これも頼んだぞ」
おじさんが食べ終わった食器を、返事を待たずにソラにぃに渡す。そしてそのまま、おじさんはどこかへ行ってしまった。
「私のもお願いね」
「はい」
おばさんもソラにぃに食器を渡すと、リビングを出て行った。
「ソラにぃさ」
「ん?」
「見かけによらずいろいろと料理作れるんだから、いつもチャーハンとかやめてよね」
「えー、美味しいじゃん。簡単じゃん、チャーハン」
ソラにぃは水で綺麗に食器を洗いながら、言い返した。
確かに簡単で美味しいかもしれない。でも、いつもチャーハンを食べさせられる身にもなって欲しいものだ。さすがに飽きるでしょ、5日くらい連続のチャーハンは。
「夕飯がカレーだったら、朝はカレーおじや。昼はまたカレーライスになって、夜はカレーうどんになるし」
「別にいいじゃんか」
「よくないよ。そんな決まりきったローテーションなんか嫌だ」
パタパタとスリッパの音が廊下に響く。視線が注がれたリビングのドアが開き、おじさんが顔を覗かせた。
「おい、風呂はまだ洗ってなかったのか?」
「あぁ、すみません。帰ってきてから洗うの忘れてました」
「それが終わったら洗っておけよ。風呂が沸いたら上にいるから呼びなさい」
「はい」
そういいたい事だけ言って、おじさんはまたパタパタスリッパを鳴らしながら出て行った。
「んだよあの態度!」
「働いているソラさんに感謝の気持ちはないのかしら!」
おばさん達が帰ってきてから、なぜか家事は全てソラにぃがやる事になってしまっていた。私もやると言ったけど、おばさんもおじさんも、ソラにぃまでもがやらなくていいと言うので、手伝う事すら許されなくなってしまった。
「あんな命令口調で言われて、青年はどうも思わんのか」
「慣れちゃったからねぇ」
妖精達は、各自低位置についてずっと動いてない。頭の上に黄色と橙。右肩に赤、左には青と藍色。緑は周りをふわふわ飛んでる。
「長らく云いなりになり申して許りならば、ソラ殿も心労、溜まるであろうに」
「まあね。でも、俺がやるべき事だからさ」
「私も手伝うって言ったんだけど?」
「ウミに手伝わせると、おばさん達がうるさいからねぇ」
ソラにぃは苦笑いしながら、洗い終えた食器を布巾で拭いて食器棚にしまっていく。そしてしまい終えると、今度は鍋を洗い始めた。
「頼んでみればいいじゃない」
「ウミが好きなおばさん達だし、ウミが言えばお許しがもらえるかもね」
「ソラにぃが言っても一緒だよ」
「あはは、そうかな」
ちょっとどこか痛そうに笑ったソラにぃは、包帯をしている腕を見せないようにと工夫しているみたいだった。
「ねぇ、その怪我どうしたの?」
「え? あ、あぁ、これね。昨日階段で転んじゃって」
「大丈夫?」
「うん、へーきへーき」
「足も引きずってたみたいだし、捻挫でもしたの?」
「よく俺の事見てるね。も、もしや俺の事がす」
「好きだけどただ気になっただけだから」
「そうズバッと言われると傷付くなぁ」
手際よく鍋も洗い終えると、手をエプロンで拭きながら部屋を出て行こうとする。
「あ、お風呂は私が洗っておくよ」
「いいよ、かわいーウミにお風呂を洗わせるとおばさん達が後々うるさそうだからね」
「だけど」
「平気だって言っただろ? 兄貴を信じたまえ!」
そう言って、私が言い返す隙を与えずに出て行ってしまった。ちょっと悔しい。ゲームで負けた時よりも、運動会でリレーのバトンを落とした時並に悔しい。悔しいから戻ってくるまで大人しく待っていよう。そして戻ってきたら、何が何でも全部話してもらおう。
遅い。たかがお風呂を洗うくらいで遅すぎる。それだけに1時間もかけるなんて、どんだけ隅々まで綺麗にしてるのよ。
もしかして、リビングに戻ってこないで自分の部屋に行ったのかな? 私に問い詰められるのが嫌で、私の事を避けたのかもしれない。うっわぁ、なんて卑怯な!
よくよく考えてみればそうよね。あれだけ言いたがらない事を1日も考えもしないで話してくれる訳がないじゃない。それに、ソラにぃは戻ってくるとは言わなかった。信じろとは言ってたけど、何をどう信じろと? ていうか、もう待てない。待ちたくもない。こうなったら強行突撃しかないわね!
「よーし! 戦うわ、そして私は勝ってみせる!」
「! きゅ、急にどうしたんだ?」
「気でも狂ったんじゃね?」
「ウミ様に限ってそんな事はないと思いますわ」
「まあ、大丈夫でしょう」
「……」
能天気な妖精達は放っておいて、いざ出陣。と、言っても席を立ってソラにぃの部屋に行くだけだけど。こーいうのはあれよ、モチベーション維持が大切なのよ。こう、テンションが下がらないように、……あれをあれしてあーするの! 細かい事は気にしちゃダメよ。ハゲるわよ?
「ソラにぃ、開けるよ」
許可を取るつもりもなく、閉ざされた部屋の扉を開けると誰もいなかった。暗い部屋に、廊下の光が差し込んで、私のシルエットとローグ達のシルエットが映った。
「……あれ?」
「いませんわね」
「青年はどこへ行ったんじゃ?」
私が部屋の電気をつけると、妖精達が散り散りにソラにぃを探してうろうろする。確かに誰もいない部屋には、広げられたノートだけが残っていた。クローゼットの制服、きちんとたたんで置かれたワイシャツ、学校のカバン。窓際の花のない花瓶、開いた窓から入る夜風になびくカーテン。青系の色で統一された寝具の上に、脱ぎ捨てられたパジャマがある。けれど、この部屋の主はいない。ソラにぃがいない。
こんな夜遅くに出かけるなんて考えられない。波月さんや矢吹さんの所に行くにしても、私に何も言わないで出て行ったりはしない。こっそり外に行くにしても、窓からじゃ高すぎて危なすぎる。
じゃあ、ソラにぃはどこへ行ったの?
「なぁ、ババァ達の部屋から声が聞こえるぞ」
「え?」
やけに険しい顔をしたジャウネが、私の服の袖を引っ張って私の部屋の向かい、おばさん達の部屋の前まで誘う。ローグやウネ達もついてきて、みんな揃って扉に耳をつけた。
*
今の時代、平和な今の時代に奴隷なんてものは存在しない。飼い主に虐げられ、屈辱を受けるような人はいない。平等が謳われる今、そんなものは存在しないんだ。
「お前は私達を苛立たせるためにいるのか!?」
あっても本気ではないだろう。ただの遊びであり、そのときそのときのゲームでしかない。
「あんたは何度を私に同じ事を言わせたら分かるの?」
暴力もなく、怒号もなく、平和な今には恐怖なんてないだろう。
「すみ、ませんでした……」
血を見る事も涙を見る事も少ないからこそ、『平和』があるんだと思う。誰かが誰かを思うようになったから、今の『平和』が生まれたんだと思う。
「そうやって謝る事しかお前にはできないのかっ」
「うぐっ」
強い衝撃が、左のわき腹を襲う。痛みで一瞬、息が詰まった。
「あんたとどうしても一緒にいたいってウミちゃんが泣くから、仕方なく一緒にいてやってるだけなのよ」
「お前みたいな奴と暮らしたくて暮らしている訳じゃないんだ。追い出せる事なら当の昔に追い出しているっ」
「……っ」
この痛みから、しばらく離れていた事もあって、いつも以上に痛く感じる。体もそうだけれど、心も痛い。助けを乞う事すらも許されず、床に蹲っている事だけしか今の俺には出来ない。いや、助けなんて最初から呼べないんだ。この人達に預かってもらう事になってから、俺はずっとこの人達の奴隷であり続けなければならないのだから。人に言えば、ウミと離されるかもしれない。それが、俺は怖いんだ。
「お前の顔を見る度に、意地悪な兄の顔を思い出さねばならない。お前に会う度、話すたびに怒りがこみ上げてくる」
父は昔、いたずら小僧だったらしいけど、人から憎まれる事は少なかったらしい。そんな人気者の兄の影になり、目立たない弟は根に持っていたようだ。募り募った恨み、その全てを俺にぶつけて発散してはいるけど、満足には程遠いようだ。
おばさんは昔から綺麗な母さんをよく思っていなかったようで、最初はウミにも冷たかった。だけど、おじが俺を虐げている場面を見てからは俺に当たるようになり、ウミには別人のように接し始めた。それはそれで、ウミが救われた事になるから、俺はいい。
「お前なんて消えてしまえばいいんだ!」
タバコに火をつけて、ふかしながら苛立たしげに腹を蹴る。おばは何もしないで、ただ見てるだけ。それでも気分は晴れるのだろう、涼やかな笑顔を浮かべて俺を見ている。
「だが、楽に生きるために必要なんだ。ストレスの解消になるようなものが必要なんだよ」
優しい口調でそう言って、ふーっとタバコの煙を俺の顔に吐く。むせた俺を鼻で嘲笑って、満足そうに口元を緩める。
「気分がすっきりした、感謝するよ」
感謝なんてしてないくせに、何を言っているんだか。
「しかしな、これくらいじゃ満足には程遠いんだよ。まだ心のもやは晴れてないんだよ」
昔は抵抗してた。泣きじゃくって、暴れて逃げようとしていた。だけど、逃げれないんだ。どうしても、どうしても。
だって、おじ達が言うんだ。ウミがどうなってもいいのかって。
だから俺は、我慢するしかないんだ。いつか解放される日まで、ずっと。大切なウミを守るためには仕方ないんだ。
「お前なんか、お前なんか!」
人とは本当に恐ろしい生き物で、怒りや憎しみに身を任せると、想像を絶する力を発揮する。幾度となく繰り返される蹴りからは逃げられない。頭を抱えて、背中に襲い掛かる痛みを歯を食いしばって耐える。
「う゛……っ!」
「あまり声を出すんじゃないよ。ウミちゃんに聞こえたらどうするんだい!」
耐えろ、痛みに負けるな。ただひたすらに耐えるんだ、耐えろ耐えろ―――!
「……今日はこれくらいで許してやる。とっとと出て行け!」
思う存分楽しんだら、一方的な暴力は終わる。苦痛はそこら中に残るけれど、一度終われば次はしばらくはないから安心だ。
「今度からは、ちゃんと仕事はする事ね」
「……はい」
じんじんと痛む体で、ゆっくりと立ち上がる。よろめいていたら、おばに躓かされて転んだ。鼻で嘲笑われて悔しいけれど、言い返せばまた始まる。どうせ我慢するしかないなら、また始まる苦痛は避けよう。
そして、丁寧に頭を下げてから部屋を出て行く。また明日、この部屋に呼ばれる事がない事を祈りながら。
これ、大丈夫かしら。コメディーが足りない、愛と言う名のコメディーが!
そんな私の叫びとは裏腹に、しばらくこの空気が続きます。シリアスが続きます。どうしよう、私が続かない気がしてならないです(おい
さて、最終話へと今回をもって実質的に動き出しました。
妖精界編、とでも言っておきましょうか。最初が日常、次が夏休み編とするなら、これが最後の長編となるのでしょう。
ソラの秘密を知ってしまったウミ。その先にあるものはなんでしょう? 果たしてソラの運命は!?
なんて、お決まりの台詞をおいて鴉は去ります。
それでは、また次回で。