表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
最終章 ユネプロミス―約束―
55/80

53、誰のために、何を想う


今回は、恐ろしいほどシリアスになっています、最後が。


読まなければ話が飛んでしまいますが、苦手だなぁと思う方は飛ばしてしまった方がいいかもしれません。


覚悟と共に、本編へどうぞ。

 「ごちそうさまでしたぁ」

 やっぱり夏の夜はそうめんよねぇ。お昼でもいいけど。つるつるっといけるし、美味しいし。

 「俺が洗っておくから、そこに置いておいて」

 「はーい」

 てんぷらも美味しかったし、満足満足♪

 「ん、ウミ。またまいたけ食べてないだろ」

 「う゛」

 「ダメじゃないか、ちゃんと食べないと」

 「だってなんか好きになれないんだもん」

 「うっわぁ、可哀想なまいたけ」

 うるさいわねぇ。嫌いなものは嫌いなの!

 「私が食べておいてあげるわ。残しちゃまいたけが可哀想だものね」

 おばさんがそういって、私が残したまいたけを美味しそうに食べた。美味しそうに食べてたけど、『うわぁ、食べたぁい』なんて思ったりはしない。だって嫌いなものは嫌いだから!

 「これも頼んだぞ」

 おじさんが食べ終わった食器を、返事を待たずにソラにぃに渡す。そしてそのまま、おじさんはどこかへ行ってしまった。

 「私のもお願いね」

 「はい」

 おばさんもソラにぃに食器を渡すと、リビングを出て行った。

 「ソラにぃさ」

 「ん?」

 「見かけによらずいろいろと料理作れるんだから、いつもチャーハンとかやめてよね」

 「えー、美味しいじゃん。簡単じゃん、チャーハン」

 ソラにぃは水で綺麗に食器を洗いながら、言い返した。

 確かに簡単で美味しいかもしれない。でも、いつもチャーハンを食べさせられる身にもなって欲しいものだ。さすがに飽きるでしょ、5日くらい連続のチャーハンは。

 「夕飯がカレーだったら、朝はカレーおじや。昼はまたカレーライスになって、夜はカレーうどんになるし」

 「別にいいじゃんか」

 「よくないよ。そんな決まりきったローテーションなんか嫌だ」

 パタパタとスリッパの音が廊下に響く。視線が注がれたリビングのドアが開き、おじさんが顔を覗かせた。

 「おい、風呂はまだ洗ってなかったのか?」

 「あぁ、すみません。帰ってきてから洗うの忘れてました」

 「それが終わったら洗っておけよ。風呂が沸いたら上にいるから呼びなさい」

 「はい」

 そういいたい事だけ言って、おじさんはまたパタパタスリッパを鳴らしながら出て行った。

 「んだよあの態度!」

 「働いているソラさんに感謝の気持ちはないのかしら!」

 おばさん達が帰ってきてから、なぜか家事は全てソラにぃがやる事になってしまっていた。私もやると言ったけど、おばさんもおじさんも、ソラにぃまでもがやらなくていいと言うので、手伝う事すら許されなくなってしまった。

 「あんな命令口調で言われて、青年はどうも思わんのか」

 「慣れちゃったからねぇ」

 妖精達は、各自低位置についてずっと動いてない。頭の上に黄色と橙。右肩に赤、左には青と藍色。緑は周りをふわふわ飛んでる。

 「長らく云いなりになり申して許りならば、ソラ殿も心労、溜まるであろうに」

 「まあね。でも、俺がやるべき事だからさ」

 「私も手伝うって言ったんだけど?」

 「ウミに手伝わせると、おばさん達がうるさいからねぇ」

 ソラにぃは苦笑いしながら、洗い終えた食器を布巾で拭いて食器棚にしまっていく。そしてしまい終えると、今度は鍋を洗い始めた。

 「頼んでみればいいじゃない」

 「ウミが好きなおばさん達だし、ウミが言えばお許しがもらえるかもね」

 「ソラにぃが言っても一緒だよ」

 「あはは、そうかな」

 ちょっとどこか痛そうに笑ったソラにぃは、包帯をしている腕を見せないようにと工夫しているみたいだった。

 「ねぇ、その怪我どうしたの?」

 「え? あ、あぁ、これね。昨日階段で転んじゃって」

 「大丈夫?」

 「うん、へーきへーき」

 「足も引きずってたみたいだし、捻挫でもしたの?」

 「よく俺の事見てるね。も、もしや俺の事がす」

 「好きだけどただ気になっただけだから」

 「そうズバッと言われると傷付くなぁ」

 手際よく鍋も洗い終えると、手をエプロンで拭きながら部屋を出て行こうとする。

 「あ、お風呂は私が洗っておくよ」

 「いいよ、かわいーウミにお風呂を洗わせるとおばさん達が後々うるさそうだからね」

 「だけど」

 「平気だって言っただろ? 兄貴を信じたまえ!」

 そう言って、私が言い返す隙を与えずに出て行ってしまった。ちょっと悔しい。ゲームで負けた時よりも、運動会でリレーのバトンを落とした時並に悔しい。悔しいから戻ってくるまで大人しく待っていよう。そして戻ってきたら、何が何でも全部話してもらおう。




 遅い。たかがお風呂を洗うくらいで遅すぎる。それだけに1時間もかけるなんて、どんだけ隅々まで綺麗にしてるのよ。

 もしかして、リビングに戻ってこないで自分の部屋に行ったのかな? 私に問い詰められるのが嫌で、私の事を避けたのかもしれない。うっわぁ、なんて卑怯な!

 よくよく考えてみればそうよね。あれだけ言いたがらない事を1日も考えもしないで話してくれる訳がないじゃない。それに、ソラにぃは戻ってくるとは言わなかった。信じろとは言ってたけど、何をどう信じろと? ていうか、もう待てない。待ちたくもない。こうなったら強行突撃しかないわね!

 「よーし! 戦うわ、そして私は勝ってみせる!」

 「! きゅ、急にどうしたんだ?」

 「気でも狂ったんじゃね?」

 「ウミ様に限ってそんな事はないと思いますわ」

 「まあ、大丈夫でしょう」

 「……」

 能天気な妖精達バカたちは放っておいて、いざ出陣。と、言っても席を立ってソラにぃの部屋に行くだけだけど。こーいうのはあれよ、モチベーション維持が大切なのよ。こう、テンションが下がらないように、……あれをあれしてあーするの! 細かい事は気にしちゃダメよ。ハゲるわよ?

 「ソラにぃ、開けるよ」

 許可を取るつもりもなく、閉ざされた部屋の扉を開けると誰もいなかった。暗い部屋に、廊下の光が差し込んで、私のシルエットとローグ達のシルエットが映った。

 「……あれ?」

 「いませんわね」

 「青年はどこへ行ったんじゃ?」

 私が部屋の電気をつけると、妖精達が散り散りにソラにぃを探してうろうろする。確かに誰もいない部屋には、広げられたノートだけが残っていた。クローゼットの制服、きちんとたたんで置かれたワイシャツ、学校のカバン。窓際の花のない花瓶、開いた窓から入る夜風になびくカーテン。青系の色で統一された寝具の上に、脱ぎ捨てられたパジャマがある。けれど、この部屋の主はいない。ソラにぃがいない。

 こんな夜遅くに出かけるなんて考えられない。波月さんや矢吹さんの所に行くにしても、私に何も言わないで出て行ったりはしない。こっそり外に行くにしても、窓からじゃ高すぎて危なすぎる。

 じゃあ、ソラにぃはどこへ行ったの?

 「なぁ、ババァ達の部屋から声が聞こえるぞ」

 「え?」

 やけに険しい顔をしたジャウネが、私の服の袖を引っ張って私の部屋の向かい、おばさん達の部屋の前まで誘う。ローグやウネ達もついてきて、みんな揃って扉に耳をつけた。




                      *




 今の時代、平和な今の時代に奴隷なんてものは存在しない。飼い主に虐げられ、屈辱を受けるような人はいない。平等が謳われる今、そんなものは存在しないんだ。

 「お前は私達を苛立たせるためにいるのか!?」

 あっても本気ではないだろう。ただの遊びであり、そのときそのときのゲームでしかない。

 「あんたは何度を私に同じ事を言わせたら分かるの?」

 暴力もなく、怒号もなく、平和な今には恐怖なんてないだろう。

 「すみ、ませんでした……」

 血を見る事も涙を見る事も少ないからこそ、『平和』があるんだと思う。誰かが誰かを思うようになったから、今の『平和』が生まれたんだと思う。

 「そうやって謝る事しかお前にはできないのかっ」

 「うぐっ」

 強い衝撃が、左のわき腹を襲う。痛みで一瞬、息が詰まった。

 「あんたとどうしても一緒にいたいってウミちゃんが泣くから、仕方なく一緒にいてやってるだけなのよ」

 「お前みたいな奴と暮らしたくて暮らしている訳じゃないんだ。追い出せる事なら当の昔に追い出しているっ」

 「……っ」

 この痛みから、しばらく離れていた事もあって、いつも以上に痛く感じる。体もそうだけれど、心も痛い。助けを乞う事すらも許されず、床に蹲っている事だけしか今の俺には出来ない。いや、助けなんて最初から呼べないんだ。この人達に預かってもらう事になってから、俺はずっとこの人達の奴隷であり続けなければならないのだから。人に言えば、ウミと離されるかもしれない。それが、俺は怖いんだ。

 「お前の顔を見る度に、意地悪な兄の顔を思い出さねばならない。お前に会う度、話すたびに怒りがこみ上げてくる」

 父は昔、いたずら小僧だったらしいけど、人から憎まれる事は少なかったらしい。そんな人気者の兄の影になり、目立たない弟は根に持っていたようだ。募り募った恨み、その全てを俺にぶつけて発散してはいるけど、満足には程遠いようだ。

 おばさんは昔から綺麗な母さんをよく思っていなかったようで、最初はウミにも冷たかった。だけど、おじが俺を虐げている場面を見てからは俺に当たるようになり、ウミには別人のように接し始めた。それはそれで、ウミが救われた事になるから、俺はいい。

 「お前なんて消えてしまえばいいんだ!」

 タバコに火をつけて、ふかしながら苛立たしげに腹を蹴る。おばは何もしないで、ただ見てるだけ。それでも気分は晴れるのだろう、涼やかな笑顔を浮かべて俺を見ている。

 「だが、楽に生きるために必要なんだ。ストレスの解消になるようなものが必要なんだよ」

 優しい口調でそう言って、ふーっとタバコの煙を俺の顔に吐く。むせた俺を鼻で嘲笑って、満足そうに口元を緩める。

 「気分がすっきりした、感謝するよ」

 感謝なんてしてないくせに、何を言っているんだか。

 「しかしな、これくらいじゃ満足には程遠いんだよ。まだ心のもやは晴れてないんだよ」

 昔は抵抗してた。泣きじゃくって、暴れて逃げようとしていた。だけど、逃げれないんだ。どうしても、どうしても。


 だって、おじ達が言うんだ。ウミがどうなってもいいのかって。


 だから俺は、我慢するしかないんだ。いつか解放される日まで、ずっと。大切なウミを守るためには仕方ないんだ。

 「お前なんか、お前なんか!」

 人とは本当に恐ろしい生き物で、怒りや憎しみに身を任せると、想像を絶する力を発揮する。幾度となく繰り返される蹴りからは逃げられない。頭を抱えて、背中に襲い掛かる痛みを歯を食いしばって耐える。

 「う゛……っ!」

 「あまり声を出すんじゃないよ。ウミちゃんに聞こえたらどうするんだい!」

 耐えろ、痛みに負けるな。ただひたすらに耐えるんだ、耐えろ耐えろ―――!

 「……今日はこれくらいで許してやる。とっとと出て行け!」

 思う存分楽しんだら、一方的な暴力は終わる。苦痛はそこら中に残るけれど、一度終われば次はしばらくはないから安心だ。

 「今度からは、ちゃんと仕事はする事ね」

 「……はい」

 じんじんと痛む体で、ゆっくりと立ち上がる。よろめいていたら、おばに躓かされて転んだ。鼻で嘲笑われて悔しいけれど、言い返せばまた始まる。どうせ我慢するしかないなら、また始まる苦痛は避けよう。

 そして、丁寧に頭を下げてから部屋を出て行く。また明日、この部屋に呼ばれる事がない事を祈りながら。

これ、大丈夫かしら。コメディーが足りない、愛と言う名のコメディーが!


そんな私の叫びとは裏腹に、しばらくこの空気が続きます。シリアスが続きます。どうしよう、私が続かない気がしてならないです(おい


さて、最終話へと今回をもって実質的に動き出しました。

妖精界コミュナット・フェリップ編、とでも言っておきましょうか。最初が日常、次が夏休み編とするなら、これが最後の長編となるのでしょう。


ソラの秘密を知ってしまったウミ。その先にあるものはなんでしょう? 果たしてソラの運命は!?


なんて、お決まりの台詞をおいて鴉は去ります。


それでは、また次回で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ