46、孤独な空
メリークリスマス!
ちょっと早いとか気にしちゃいけません。サンタさんが来てくれませんよ?
今年もあともう少し。けれど、アルカンシエルはまだまだ続きますよっ!
それでは、季節外れなんて気にせずに、本編へどうぞ!
矢吹様達が露天風呂から帰ってくるより先に、ソラ様はお風呂から上がり髪の毛を乾かして、寝床の準備をしていましたの。それをし終えた頃に、矢吹様達が満面の笑みで帰ってきて、それぞれに感想を述べてから、欠伸をしながら歯磨きをしていましたの。
「んじゃ、おやすみ」
「おやすみ」
「また明日」
「おやすみなさーい」
そうして、ソラ様と波月様、ウミ様と矢吹様に別れて寝室に入ったんですの。それから、しばらくは矢吹様達の部屋からは物音がしていましたが、静かになったら私達の時間になりましたの。
「朝や昼よりは、悪い気分はせんな」
「俺は変わんねぇ」
ソファの肘掛に腰掛けたウネビガラブは伸びをして、ジャウネはぐったり横たわってますの。
「私達もジャウネと同じですね」
ブルゥとブルゥプロフォンドは背もたれに腰掛けて、足を振っていましたわ。
「私はウネビガラブと同じですの」
「何の変化があるのかは知らんが、不思議な事が1つあるのは確かじゃな」
「えぇ、なぜローグが食事の席にいなくても、平然としていたのか」
「なんつったっけ、さえ……さえ……」
さえを繰り返し続けるジャウネに助け舟を出したのは、ブルゥプロフォンドでしたの。
「三枝」
「そそ」
ふぅーとため息を吐いて、うんうんと頷くジャウネが本当に辛そうで心配ですわ。
「あやつが近くにいると居心地が悪いというか、落ち着かぬ」
「確かに……。それほど強い邪気は感じないのですが」
「俺ぁ知らねぇ」
コロコロと狭い肘掛を転がるジャウネを、嫌そうにウネビガラブが睨んでいますの。
「外の方が嫌な雰囲気があってヤだ」
「外じゃと?」
「2つくらい変な感じがする。もやもやする。すっきりしねぇ」
肘を突いて、不服そうに頬を膨らませるジャウネ。不審そうなのは、ウネビガラブとブルゥ、それにブルゥプロフォンドですの。
「すっきりせんか……。結界でもあるのじゃろうか」
「それでしたらはじかれているはずで、中に入る事はできませんね」
「結界にしては適当で、つくりが荒いと思うぜ。所々に虫食いみたいに穴が開いてる」
「……術は完璧。壊しているのは、別の力」
「別の力、ですの?」
「あの男の力」
俯いたまま、ブルゥプロフォンドが指差すのはソラ様達の寝室。確かに、ソラ様ならありえなくはありませんのですが……。
「何かしなければ、壊せないんじゃないですの?」
「何かしているから壊せているんでしょう」
ブルゥに先を越されたブルゥプロフォンドは、うんうんと頷いて、服のポケットからどうやってしまいこんだのか、大きな紙を取り出した。
「飛行機降りた時、飛ばしていたものの1つ」
広げられたそれは、人の形にも見えますの。
「ふむ、式じゃな」
「四季?」
「違う、式じゃ。式神じゃ」
「なるほど、これに結界を破らせていたのですね」
置いてけぼりにされたジャウネが、また頬を膨らませているんですの。ふてくされて、死んだように動かなくなりましたわ。
「いつの間にこんなものを……。何も持ってきてはいないと、言ってましたのに」
「確かに何も持ってきてなかった。飛行機のチラシとテッシュで作ってた」
そ、ソラ様……。
「我らより先に気付き、先に行動していたか」
「時々ソラってすごく頼もしくなるよな」
「そうですね」
時々って否定してさしあげないのですか、ブルゥ……。
「露天風呂、頑なに拒んだ理由ってなんなんだろうなぁ」
不意に私が気になっていた事をジャウネが呟きましたの。
「気持ちが悪いとは言っておったが」
「誰がどう見てもウソでしたね」
「見せたくないものがあったから」
「見せたくないもの?」
ブルゥプロフォンド以外のみんなが揃って問いましたの。
あぁ、ブルゥプロフォンド、彼女には物を見通す、透視する才能に長けているんですのよ。
「あの男は隠したいと願った、絶対に隠したいと。だから、ボクは言わない」
あ、ボクって言ってますけれど、女の子ですの。男の子はジャウネとベートだけなんですの。
「隠すなよ、気になるじゃん」
「……隠されると、気になるものじゃな」
「聞こえてますよ、ウネビガラブ。今はウネ、でしたね」
「ウネと呼ぶな! お前まで略す必要はなかろう!」
「あら、ごめんあそばせ」
ウネビガラブをからかっていますね、ブルゥ。
「人が隠したいと願うのは、他人が傷つくのが怖いから」
「え?」
「人が隠したいのは、人を傷つける言葉や物。大切な人を守る為の涙の証拠」
「意味が分からん」
「悪しき心は、真実を隠すために。清き心は人を守るために」
ブルゥプロフォンドはそう言うと、大きな窓に敷き詰められた星屑を見つめる。それにつられて、ブルゥが、ウネビガラブが、ジャウネが星空を見ましたの。私も、もちろん見ていましたの。
薄暗い夜空に、小さな星達が遠慮がちに輝きを放っていますの。ソラ様達の家から見る空よりも綺麗で、星も多い気がしましたわ。
「空は嘘を吐かない。だから、同じ名前のあの男をボクは信じてる」
詩を朗読するように、ゆっくり告げるブルゥプロフォンド。
「ソラさんは、人を傷つけるのが怖くって隠したいものがあり、大切な人の為に涙を流した証拠がある。綺麗な心の持ち主と言いたいのね」
うんうんと頷くブルゥプロフォンドに、優しく微笑みかけるブルゥ。私にも、たまには笑いかけて欲しいんですの。
「空は孤独じゃない。けれど、地上の空は孤独ね」
最後の言葉の意味が、よく分からなかったのは、私だけじゃなかったようですの。ジャウネもウネビガラブも、ブルゥも首をかしげていましたの。
空は孤独じゃない。それはきっと、雲や星達がいるからだと思いますの。
じゃあ、地上の空は? 話の筋からしたら、ソラ様のことなのでしょう。
でも、ソラ様は孤独じゃありませんの。たった1人の肉親のウミ様がいますの。よく喧嘩はするけれど、仲の良い矢吹様がいますの。ソラ様を気遣ってくれる、優しい波月様がいますの。
孤独なんかじゃ、ありませんわ。家族が、友がいるんですの。だから、孤独なんかじゃないですの。
そうでしょう、ソラ様。
「踏み入れる事のできない闇は、まだ深いか……」
感慨深げにウネビガラブが呟きましたの。
ソラ様が抱えている、心の重さが分かりませんの。無力な私には、何もできない私には、ソラ様に何をしてさしあげればいいのか、全然分かりませんわ。
ソラ様が誰の為に、何をしたいのか。それすらも、私は分からないんですわね。私の事は知ってくださっているのに、ソラ様の事を私は全然知らないですの。
いつか、教えていただけるのでしょうか? 貴方が苦しむ理由を。
いつか、荷を降ろしてくださるのでしょうか? 貴方が背負う全てを。
いつか、気付く事ができるのでしょうか? 貴方の周りの心を。
届かない思いがもどかしいです。届かない手が虚しいです。届かない心が悲しいですの。
貴方様が遠いですの。こんなにも近くにいるのに、とっても遠いですの。
「ローグ?」
「はい?」
「ん」
「はわわっ」
ソファに腰掛けていた私に、ジャウネが投げたハンカチが被さりましたの。
「お前、泣き虫じゃな」
「虫じゃないですの!」
「それは誰だって分かってらぁ」
「今宵は月が綺麗ですねぇ」
ゴシゴシと顔を拭いてから、再び空を見上げる。
大丈夫、空は孤独などではありませんわ。輝く月が、儚い星が、淡い雲が傍についている。
だから、大丈夫ですの。
知らずうちに強くハンカチを握り締めて、なぜか流れ出てくる涙を必死に押さえつけていた。