45、お風呂といえば、露天風呂っ
「おいひ~♪」
「しあわふぇ♪」
「ウマウマ♪」
「たまらんのぅ♪」
「皆様のお口に合ったようで、私共も嬉しい限りでございます」
にっこりと半分以上減ったコップに、水を注ぐ三枝さん。幸せすぎて、涙が出そう。
俺らが連れてこられたのは、3階のレストラン。和食に洋食、中華もあれば、それら全てあわせたバイキングだってある。俺らは和食レストラン、『静廉』で夕食いただいてます。上手いです、上手すぎです。
三枝さん曰く、「皆さんの笑顔が最高の調味料」だとか。分からなくはないけど、料理が美味しすぎる。笑みがこぼれるのは当たり前すぎる。あぁ、夢なら覚めないで。
ナスの焼浸しに酢の物、冷奴。酢の物初めて食べたけど、美味しい。家でも作ってみたい。レシピとか教えてもらえないのかな?
里芋の煮物。口の中でほろほろと崩れてたまらんです。どうやったら型崩れしないでこんなに美味しく煮えるんだろう。これもレシピを求めます。
鮎の塩焼き。しんぷる・いず・ざ・べすと! ……英語は苦手なんです。ごめんなさい、もっと勉強します。程よい塩加減に、少し柚子の香りが漂って清々しい。
ご飯とお吸い物。うん、日本人でよかった。日本に生まれてよかった。生まれてこれてよかった! お吸い物は優しい味で、しつこくなくあっさりしてる。これなら毎日でも飲みたい。
和菓子。もったいなくて食べれない。コロコロして可愛いもの、花びらが綺麗なもの、見た目が良すぎて食べれません。というか、本当に和菓子ですか? 置物かなんかじゃなくて?
「夢じゃないよね」
「夢じゃないよ」
「ひっぱたいてあげようか?」
「やめれ!」
夢から覚めたら嫌じゃないか! って夢って決め付けてどうする俺!
丸いテーブルを囲うように時計回りで俺、矢吹、波月、ウミが座る。幸せそうに食べ続けるウミは、始まりかけた口喧嘩を気にしていないようです。というか、俺らの存在すら忘れてない?
「うへ、うへへ」
ふいに不吉に、不気味にウミが笑った。正直に言おう、怖いと。
「ふぅ、美味しかった」
食べるのはやい、はやいよ波月!
「隙ありっ」
「あぁ!」
矢吹コノヤロウ! 俺の煮物返せ!
まあ、そんなこんなで完食し。
「お腹いっぱいだぁ」
ぽんぽんとお腹を叩くウミは、まだ幸せそうな顔をしてる。
「ご馳走様でした」
「喜んでいただけたようで、私達も嬉しいです」
ニコニココンビの波月と三枝さん。
「んー、夢みたいだったわぁ」
「ひっぱたいてやろうか?」
「やり返してあげるわよ」
変わらない矢吹。
「では、お部屋に戻りましょうか」
「はーい」
「あの、明日の食事もココですか?」
波月が立ち上がりながら聞く。
「夕食でしたら、洋食の『アンショリー・ドゥ・アンディ』になります」
「朝とお昼は?」
なんとなく、俺も聞いてみた。
「朝は私がお届けにあがります。サンドウィッチかパンの詰め合わせになると思います。昼食は、海辺にあるレストラン、『かりかぜ』になります」
「ほー」
うーん、今から楽しみだ。
「昼食はなんで外なんですか?」
矢吹が聞く。ってお前、歩くの速いな。
「明日はパーティーの準備のために、レストランは全て休業になるのです」
「パーティー?」
エレベーターが来るのを待ちながら、ウミが聞く。……おー、きたきた。
「ダンスパーティーです。このホテルの創立者主催なのですよ。衣装の貸し出しもやっていますから、ぜひご参加ください」
「それは何時からですか?」
ぼーっと、回数を数えて上る数字を見つめていると、波月がそう聞いていた。
「確か、7時頃からのはずです」
「食事とかもできるんですか?」
扉がゆっくり開いた時に、開くボタンを押してくれている三枝さんに問う。
「はい、でますよ。参加しないお客様には通常通りにご夕食を準備いたします」
「参加届けは必要なんですか?」
「私に一言言ってくだされば、その旨をシェフにお伝えします」
「参加するもしないも、自由って事ですね」
「その通りです」
三枝さんが部屋の扉を開けて、ニッコリと答えた。本当に良く笑う人だなぁ。
部屋に入って、備え付けの豪華な時計を見る。9時過ぎかぁ。結構のんびりしてたんだなぁ。
「お風呂はどうなさいますか?」
「露天風呂で!」
即答する女性陣2人。あの、俺らに選択権はないんですか? 俺らって言うか、波月はノリノリだから、俺だけか……。
「では、これをどうぞ」
矢吹の掌に、金の小さな鍵を渡す。
「バルコニーを出て、細い通路をずっと行ってください。そこに小さな小屋があります。そこがもう1つのお部屋のお客様も使える、露天風呂になっております。扉を開ける時は、この鍵を回しながら、押し開けてください。湯冷めしないよう、お気をつけくださいませ」
「了解です!」
「はーい」
あくまで楽しそうな女性陣。三枝さんに負けないくらいの笑顔の波月も、露天風呂が楽しみなようですな。
「あ、そうそう」
思い出したかのように、白い手を打って三枝さんが笑顔で付け足す。
「申し訳ありませんが、混浴しかないのです。それでもよろしいですか」
「構いませーん」
「せーん」
まるで選手宣誓のように、矢吹とウミが答えてしまいます。あの、俺にこれっぽっちも選択権はないの?
「あまり湯船につかりすぎて、のぼせないでくださいね」
「大丈夫です!」
「ですっ」
「では、私はこれにて失礼いたします」
「有難うございます!」
「ございます!」
ぺっこりと頭を下げる矢吹とウミ。ついに、俺の権利は消えうせたようです。というか、きっと最初っからそんなものなかったんだろうけど……。
あれ、なぜだろう。悲しくなってきたよ?
「よーしっ、早速行こうかウミちゃん!」
「行きましょう、矢吹さん!」
「あのー……」
「タオルと石鹸とぉ」
「シャンプーにリンスにぃ」
「すみませーん……」
「よぉし、準備OKかな?」
「OKだともー」
「それ、いい○もじゃない? じゃなくって……」
「あれ、波月とそのオマケは行かないの?」
「俺は一応行くよ」
「おま……っ」
お、オマケ……だと!?
「ソラにぃも行こうよぅ」
「あ、え、いや」
腕引っ張らないで。行くにしても手ぶらじゃいけないでしょうが。
「お、俺は遠慮しておくよ」
「えー」
ぷーっと頬を膨らませるウミが、フグに見えたのは秘密です。告げ口されたら、俺死ぬよ? 殺されるよ!?
「何、私の裸見て鼻血でもでそう?」
「でるわけねぇじゃん」
「無理しなくていいのよ」
うふふと笑って、自分なりにセクシーなポーズをとろうとする矢吹。ごめん、気色悪い。
「俺は、その……いろいろとやりたい事があるから」
「いろいろとねぇ」
「やらしい事するんじゃないでしょうねぇ」
ずずいと近づく、鬼娘達。やらしい事ってなんだよ。お前がやらしい事考えてるだけだろうが。
「無理に連れて行かなくてもいいんじゃない? ソラは嫌がってるみたいだし」
「そーいえば、学校のプールも入ろうとしないわよね」
「なんで?」
「な、なんでって……」
言える訳がないじゃないか。
「ほ、ほら。誰も部屋にいないのって物騒だろう?」
「ローグちゃん達がいるじゃない」
「頼りないけど」
「鍵かかってるから大丈夫と思うよ?」
さりげなくウミの毒舌が挟まって、首をかしげるのは矢吹と波月だけ。
「ちょ、ちょっと食べ過ぎたみたいで、気持ち悪いからさ、きょ、今日は行かない」
「『今日は』? じゃあ、明日は?」
「あ、明日は……」
ウミだけが諦めずにずいずい寄ってくる。
「明日は一緒に入るよな、ソラ」
「う、うん」
「じゃあ、約束ね!」
右手を取って、小指を絡ませる。
「指きりげんまんウソ吐いたら針千本のーますっ。指きった!」
これでもう、明日は入らねばならぬ。みんなと一緒に……。
「約束だからね、ソラにぃ!」
「おうさ」
「じゃ、行ってくるわね」
「行ってくるね、ソラ」
「いってらっさ~い」
手を振って、いつの間にかお風呂セットを持った波月と矢吹達を見送る。一息ついたら、俺も部屋のお風呂に入ろう。
「ねぇ、ソラ様」
久しぶりにローグ登場。ずっと傍には居たんだけどね。
「ん?」
「なぜ皆様と露天風呂とやらに行かなかったんですの?」
「あー、諸事情により、だね」
「諸事情ねぇ」
ふあぁぁと、ジャウネが欠伸をする。夕飯を食べ損ねたから、少々不満げなようだけど。
「お主には謎が多いな」
「そうでもないよ」
「隠したい事を無理矢理は聞きません。私達と貴方達では、干渉しあうような筋合いがありません」
随分ときっぱり言い放つね。妖精って意外と毒舌多め?
「俺がお風呂に入っている間は、悪いけど気持ち悪いの我慢してもらえる?」
「髪の毛の1本や2本あれば、大丈夫じゃろうな」
1本や2本て……。髪はかなり大切なものなんだぞ。将来俺がハゲたらどうしてくれる!
「私達の事は気になさらないでいいですわ」
「有難う、ローグ。じゃ、お言葉に甘えて……」
旅行用の大きなカバンから、お風呂のセットを取り出し、洗面台まで行って、部屋に漂う揃いかけの妖精達に一言。
「覗くなよ」
「誰が覗くか!」
「の、覗いたりしませんですの!」
「興味ねぇなぁ」
「覗いたりしませんわ」
「……」
冗談なのに、本気で返す律儀な虹の妖精様。可愛いというか、なんとなく癒されるよ……。
今回の話を読み返して思ったこと。
季節感がないぞー、アッハハ~!
どうしようもないのですが、作者の私の更新速度が遅すぎるだけの話だったりするんですよね、これが。
来年までには長編に持っていくため(持っていきたいため)、下弦 鴉は頑張ります!