41、すろーらいふっ
「さて、馬鹿も元気になったし、今度会う時は豪華ホテルね!」
「楽しみだよな。それまでに、ちゃんと宿題は終わらせておくんだよ、ソラ」
そう言って、生意気小娘と王子様が去って行ったのは随分と前。久しぶりにウミと2人、静かな夏休みが―――。
「あーもう、何度言ったら分かるのよっ! それはこっち、そっちはあそこにって言ったでしょう!?」
「えー。似たようなの、ここにもあんじゃん」
「似てるだけで違うのよ。何で分からないかなぁ」
「妖精だもの」
「どんな言い訳の仕方よ!」
ウミと俺と、ジャウネもいるけど、静かな夏休みが―――
「また私を忘れましたね、ローグ」
「わ、忘れた訳じゃないんですの、ただちょっと……その……」
「その言い訳も聞き飽きました」
「……ごめんなさいですの」
「謝る前に、忘れないようにしていただけると嬉しいわね」
ブルゥもローグも、ウネもフォンもいるけれど、静かな夏休みが―――
「ちょっと、ジャウネ! サボらないでよ!」
「サボってねぇよ、休憩してるだけじゃん」
「なぜあなたはいつもいつも、私だけを忘れるんだか」
「い、いつもじゃありませんの」
「いつもです。妖精界で言っていた事、全てまた話さなければいけませんか?」
静かな夏休みではなく、賑やかな夏休みを送る事になりそうです。
「……なんで、こんなに賑やかになっちゃったんだろ」
「それは青年、主のせいじゃろうな」
「え?」
「迷子を拾って、仲間を探せという願いを聞き入れたのは、青年であろう?」
「あー、そいえばそうだったね」
「無視しておれば、平和な変わらぬ日常であっただろうな」
ズズズーッと茶を啜るウネ。ちなみに俺の頭の上。ウネの隣にはフォンもいる。
「だが、ちとうるさすぎるな」
「……うん」
ウミはウミで、洗い物をし、それを拭いて片付けるジャウネは決まった場所に、確実に戻さない。お椀の場所に茶碗を、箸の所にスプーンとフォークを、大きさの違う平たい皿も、全て同じ場所にまとめられた。食器を洗いながら、ウミの怒りの声が飛ぶけれど、右から左に聞き流していくジャウネのせいで、怒りゲージがどんどんとたまっていく。
悲観的になったブルゥに、許しを半泣きでこうローグはローグで精一杯なようで、寝癖が直りきっていない髪が揺れる。
平和なのは、俺とウネとフォンだけ。
「まあ、楽しそーだからいいんじゃない?」
「これが楽しそうに見えるのか?」
「見えない」
フォンに即答されると、妙に傷付くのはなんでだろうか。
「ローグとブルゥはいつもの事だがな」
「ウミとジャウネも最近あんな感じだし」
「……平和なのね」
ウネとフォンが同時に茶を啜る。
「平和だねぇ。暑いけど」
そう、今の季節は夏なんだ。夏休み中なんだ。昼間なんだ。エアコンは壊れてるんだ。扇風機はどこにしまったのか覚えてないんだ……。
「平和なのに、気分はブルーだよ」
「ブルゥ?」
「違うよ、ブルー……って、ほぼ一緒か」
「呼びましたか?」
ローグのお説教を終えて、ふよふよと飛んできたブルゥは、俺の肩にとまった。その隣へと、さりげなフォンが移動した。
「いや、呼んでないけど」
「そうでしたか。そうだ、フォン。今日はどこまで散歩へ行きましょうか」
「……昨日見た、綺麗な公園」
「そうねぇ、あそこのあたりまで行ってみましょうか」
と、ほんわかのんびりな会話が俺の左側で行われる。聞いてるだけで、なんだか心が和む。
「ソラ様ぁ、ソラ様ぁ」
ん、亡霊のような声が……。
「呼んでおるようじゃぞ、青年」
「君達が乗ってると立ちにくいんだけど」
「気にしなければよいじゃろう」
「お茶はこぼしませんのでお構いなく」
「そう、じゃあ遠慮なく……」
よいしょっと今の今まで座っていたリビングの椅子から立つやいなや、赤い弾丸が目の前に!
「のわっ!」
眼球タックルは避けましたが、代わりにお茶をこぼされました……。
「ローグ、どうしたの?」
「どうせまた虫が出たのなんじゃろう。すまんなぁ、青年」
「もう、ローグったら……」
仲間達の冷たい言葉を浴びながら、涙目のローグが俺の頬に張り付いた。
「うえっぐ、うえっぐ……うぅー」
「泣いてるけど……」
「虫と間違えられたとか、虫に追いかけられたとかじゃろうな」
「ローグ、泣いてないで話しなさい」
「うぅー、みんな冷たいですのー」
ひぐひぐとまだ泣きながら、そういうローグ。俺もそー思うよ。
「で、どうしたのさ」
「あのですわね、お風呂掃除をしていたらですね」
「うんうん」
人の話はちゃんと聞く仲間達。フォンはこぼれたお茶を小さなハンカチで拭いているだけだけど。
「そしたら、出たんですのよぉ!」
「何が?」
フォン意外は見事に重なった。お茶をふき取り終えたフォンは、ただ静かにブルゥの隣に座っているだけ。とことんしゃべる気配がありません。
「あれですわよ! あ、あれがでたんですの!」
「あれとは、またあれの事か?」
「え、最近多くない?」
この間もジャウネが見たって言ってた気がするけどなぁ。
「あれとは、何のことです?」
「あれはあれですの! あれなんですの!」
「あれでは分かりませんね」
「あれってのはね、ゴキ」
「いやぁぁぁぁっ」
叫び声が俺の言葉を遮る。ちなみに、叫んだのはローグじゃなくて、ウミでありんす。
「ソラにぃ! さい、さいしゅーけーき!」
さ、最終ケーキ!? どんなケーキだよ!
と、心の中で叫ぶしかなかった。だって、首を絞められてそれどころじゃ……。
「ウミさん、そろそろお兄様を放してさしあげないと、死んでしまいますよ?」
「あ、うあ、ご、ごめんねソラにぃ」
「ん、へーき」
死にかけたけど。今回は本当に死にかけたけど。
「なんでゴキブリだめかなぁ」
「ゴキブリ? それはなんですか?」
「忘れたのか。黒くてテカテカした人界で最強最悪の生命力を誇る昆虫の事だ」
「あー、あれですか。確かに気持ち悪いですね」
顔をしかめるブルゥに賛成するかのように、うんうんと頷くフォン。一応きちんと会話を聞いていたようですな。
「はや、早くソラにぃ!」
「早くったって……」
背中を押されてさらに早くとは、どうしろという事かな? というか、武器を装備すらしてないよ?
「ほら、そこにさ、いるでしょ?」
「どこ?」
「その、おくーの方のゴミ箱付近にさ」
右肩あたりから顔を出して、指差すのはキッチンの隅。そこには燃えるゴミと燃えないゴミの箱がある。ビンとカンの袋もあって、ゴキブリには居心地良さそうだけど。
「ねぇ」
「なに?」
「押さないでくれるかな?」
「あ、ごめん」
ウミはパッと背中につけていた手を放して、後ろ手に組んだ。心配そうに覗き込む目は、女の子の目であります。
「とりあえず、最終ケー……最終兵器、新聞紙を」
「これですわね!」
うん、準備早すぎるね。あっという間だね。というかよく実体化もせずに持ってこれたね……。
最終兵器を片手に、そろりそろりとゴミ箱へ。俺からは敵は見えないが、奴からは俺の姿が見えているのかもしれない。カサカサという、あやつ特有の効果音がまだしない。
……こいつ、できるな。
ふふふ、面白い。久しぶりに侍の、否、陰陽師の血が騒ぐぜお!
「ソラにぃ、怪しい」
「え?」
「ニヤニヤしてる。ゴキブリがいるってのに」
「あぁ、ごめんね。楽しくって」
「楽しい!? あ、あれとの対面が楽しい訳がありませんわ!」
「ご、ごめんね」
だから、眼球アタックは勘弁ね。
カサ……
はっ! 奴の気配!
兵器を構える俺。さらに静かに奴の本拠地へ近づいていく。いる、ここに。絶対に、奴はいる。だってしたよね、聞きましたよね? 奴の登場を知らせる効果音を。
カサカサ……カサ……
「そこかぁ!」
バッシン!
ふ、ちょろいな。
「や、やったの?」
「たぶんね」
「つぶ、したんですの?」
「あ、潰したねぇ」
「……」
黙る女子軍。呆れるウネと、ありえないとでも言いたげなブルゥ。
「バカ」
そして、もっとも痛いタイミングで、もっとも辛いタイミングで言われたくなかった一言を言ってくれちゃうフォン。あぁ、なんだろう。この達成感と空しい感じ。
「後始末はちゃんと一人でやってね」
『一人で』をやけに強調しないで。悲しいじゃないか。
「まあ、よくやってくれましたわ」
最初の『まあ』は余計じゃない?
「青年、場合によってはな、空気を読む事も大切なんじゃ」
空気読めてませんでしたか、すみません。
「私は、フォンと散歩へ行ってきますね」
他人事ですか。私たちには関係ないって感じですか。
「ふぁぁぁ……。よく寝た」
食器棚の中で今の今までサボっていたと思われる、ジャウネが目を覚ましたようだ。
「ソラー、あれ、ソラ?」
「ん、なに?」
「いやぁ、なんで涙目なのかなぁと?」
「あぁ、……。平和を味わいすぎて、幸せだなって思ったんだ」
「そっか」
ぽふっと、肩に手を置いて頷いてくれるジャウネ君。あぁ、いつもは鬱陶しいだけなのに、こんなにも嬉しいのはなぜだろう。
「とりあえず、状況はわかんねぇけど」
さわやかな笑顔を俺に向けて、彼は言い放った。
「腹が減った」
「……おにぎりでも、作ろうか」
「おぉー! やった♪」
今日もやっぱり、有澄家は平和であります。
寒くなってきましたね。皆様いかがお過ごしでしょうか? 体には気をつけてください。
さて、そんな前書きの後なのに、話題は夏休み。いい加減、夏休みを終わらせてやらねば……。
ということで、次回から第二長編『豪華ホテルで夏休み!』が始まりますです。
季節外れ? 気にしません。
更新遅い? すみません。
ネタが切れてる? 否定しません。
そんな調子で更新していこうと思うので、文句等はメッセージや感想欄でお願いします……。
それでは、久しぶりにあとがきで独り言(?)、失礼しましたー。