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アルカンシエル  作者: 下弦 鴉
第三章 秘められしモノ
39/80

39、ソラの不幸と赤の言い訳

 「はぁぁ……」

 ため息で始まってしまってすみません。もうご存知のとおり、有澄です。

 「ソラ、何回目のため息?」

 「んー、多分3回くらいかなぁ……」

 「そっかぁ」

 俺の部屋で、波月と二人並んでベッドに腰掛けながら、そろってため息をついた。

 「そんなに連続してため息つかれたら、こっちも不幸になりそうなんだけど?」

 苛立たしげに、勉強机の寄りかかっていた矢吹がやっぱりため息をつきながら言う。人の事言えないじゃん。

 「でも、仲間が見つかって私達は幸せですよ?」

 「まあ、そうじゃな」

 「そうですわねぇ」

 「見つかったっつーかさ、探してなかったよなぁ」

 「……」

 無言のフォン(そう呼んでと、青い子が言った)がジャウネを睨んで、彼はその視線から逃れるようにそっぽを向いた。ちなみにローグ達は机の上に座っていて、右からブルゥ、ウネ、ローグ、ジャウネ、フォンです。

 そんな事より今の状況ですよねー。少し感じてましたよ、読者様の冷たぁい視線……。

 とりあえず、こういうときは便利なあれいってみよー!



                       **



 「……」

 「う、ウミ?」

 無言で、無表情で、感情のない瞳で睨まれる哀れな俺。その前の青と水色。頭の上のウネに、左肩に乗ったローグとジャウネ。波月と矢吹は、俺の部屋へ早々に避難していた。

 静かな夜の部屋で、時計の秒針が立てる音がやけに響き、時たま出る咳さえもうるさく聞こえてくる。

 「いいよもう」

 なにがいいのさ。

 「疲れた」

 「え?」

 すくっと立ち上がったウミの冷えた目に見下されて、気付いた。

 あぁ、怒ってる。

 兄として、もう少し早く気付くべきだったなぁ。なんて思ってたら、思いっきりため息をついて、ウミが部屋を出て行こうとするではありませんか。

 「ウミ?」

 「寝る。おやすみ」

 ドアノブに手をかけて、振り返ってそう言い残し、勢いよくドアを閉めて出て行った。



                      **



 「やっぱり怒ってるんだろうね、しかもかなり」

 ふぅ……。あぁ、もうため息が止まらない。

 「私達が気分を害するようなことをしてしまったのでしょうか?」

 「大丈夫、君らじゃないよ」

 「……そうですか」

 しゅんとするブルゥ。そしてふと、気付いてしまった。

 「あれ、ローグ」

 「は、ははは、はいぃ!」

 「何でそんなに慌ててるのかは知らないけど、おかしくない?」

 「おかしい?」

 ローグを除く妖精達と人の見事なコラボレーション。うん、久しぶりにハモって俺はとっても嬉しいぜ!

 「ニヤけてないで話しなさい」

 「ニヤけてないし。言われなくても話すし」

 矢吹と俺の間で火花が散る。こんのあまぁ……いつか絶対シバいたる!

 「で、何がおかしいの?」

 「俺らが始めてローグ達と会った時に、いろいろ教えてもらったじゃんか」

 うんうんと頷く一同。

 「色によって役割が違う事とか。あとはぁ……」

 「仲間の人数とかだよね」

 「そうそう! そこで思い出してほしいのでありますぜ!」

 「何をよ」

 「確か、多分、ローグは『橙』のウネビガラブ。『黄』のジャウネ。『緑』のベート。『藍』のブルゥプロフォンド。『紫』のヴィオロシィ。って言ってたよね?」

 「うんう……ん?」

 どうやら、異変に波月は気付いたようで。さすが王子様、カッコいいです。大好きです!

 「ローグ、どういう事ですか?」

 「え、あのぉ……えっとぉ」

 さりげなぁくブルゥの冷たい視線をかわして、ローグは視線を泳がせる。

 「で、何よ。どこがどうおかしいのよ」

 苛立たしげに言うな矢吹。気付かないお前が悪いんだ。

 「有澄、その目は何?」

 「いえ、別に!」

 こ、こやつ、絶対ウネみたいに読心術持ってる! 絶対持ってるよ!

 「つまりな、青年が言いたい事は、一番最初のローグの紹介の中に、足りない色がいるという事だ」

 青と赤にはさまれるのが嫌になったのか、フワフワと飛んで俺の頭に着陸してウネは言う。まさにそのとーり!

 「足りない色、ねぇ……」

 「まだ分からんのか」

 「まだ分からねぇのかよ」

 「何か、言った?」

 「何も言ってはおらぬ!」

 「何も言ってない!」

 聞こえるとは思わなかった呟きに反応されて、俺もウネも縮み上がった。読心術だけじゃなくて、地獄耳とか、どんだけ最悪な女なんだよ……。

 「確かめてみれば早いだろ」

 「おぉー、なーるほど」

 単純な事に気付かない矢吹に、助け舟をだす優しき王子。……あぁ、素敵です。

 「えっと、『赤』はローグちゃん。『橙』はウネでしょ」

 右手で妖精達を指でさして、左手で人数を数えて、矢吹は虹の妖精(今いる仲間達だけだけど)を確認した。そして、間抜けな声を上げる。うるさいな、近所迷惑だ。

 「『青』のブルゥが足りないわ」

 「今更って感じ」

 「うるさい、バカ澄」

 「バカ澄ってなんだよ! 有澄だ!」

 何かにつけてバカバカ言うんじゃねぇよ。そこまで俺だってバカじゃない!

 「よーするに、ローグにブルゥは忘れられてたっつー事だな」

 「……酷い」

 黄色と藍色(水色じゃなかったね……)が仲良く並びながら、赤色に冷たい視線を投げかける。それをうけて、ローグは目を潤ませて俺を見る。え゛、俺を見てる!?

 「私だって、私だって、悪気があって忘れてた訳ではないんですのよ」

 「なぜいつもあなたは私を忘れるんですか?」

 「い、いつも忘れている訳ではありませんわ!」

 「いつもでしょう。この前遠出のときも、私だけ知りませんでした。その前のお仕事があるはずの日に私だけ呼ばれなかった。その前の前は―――」

 「ごめんなさい! 私がいけなかったんですのぉ」

 ネガティブな発言の連続に、俺らが唖然としていると、ローグがついに泣き出してしまった。

 「泣く事でもなかろうに」

 ウネが呆れたように言う。そうかもしれないけれど、これはちょっと可哀相だ。

 「泣かないで、ローグ。大丈夫、ちゃんと謝ってたんでしょ?」

 「えぇ、忘れてしまった度に、それはもう、一生懸命に」

 「ならさ、ブルゥも許してあげてね?」

 「もう慣れました。許すも何も、呆れていますがとっくに許しています」

 「ブルゥー」

 ブルゥに泣きつくローグ。なんと微笑ましい光景か。うーん、それにしても可愛いなぁ……。



 『おかぁさぁん!』

 『あらあら、ソラ。どうしたの?』

 『また、いじめられたぁ』

 『まあ、ソラ。何かしたの?』

 『僕、お友達と話してただけだよ』

 『また、見えないお友達と?』

 『うん』

 『みんなには見えないから、ソラが怖かったのかもしれないね』

 『うわーーん』

 『大丈夫、大丈夫よ。お母さんはソラも、ソラのお友達も怖くないわ。大好きよ』



 柔らかい感触。温かな掌。優しい言葉。大好きだった香り。その、全てを覚えている。学校でいじめられても、母に抱かれたら安心して、嫌な事なんて忘れられた。けれどもう、涙を拭ってくれる、あの白い指先はない。もう二度と……。

 「―――ラ? ソラ?」

 「ふえ?」

 いっけねぇ、ボーっとしてた。

 「大丈夫? また熱でてきたんじゃないの?」

 「いや、へーき。うん、だいじょーぶ」

 全て背負って生きると決めたから。ウミの悲しみも全部、俺が背負って歩くと決めたから。だから俺は、もう泣かない。もう、一人で歩いていくようにしなくては。

 「私、ウミちゃんの様子を見てくる。頼りない兄より、頼りになる友達よ」

 「悪かったな、頼りなくて」

 「そうそう、認めなさい。あんたは頼りない。だから支えてあげる。ウミちゃんもね」

 そう言って、矢吹はよっと弾みをつけて机を離れ、ウインクしてから出て行った。

 「……矢吹のウインクって、気味が悪いな」

 「そういう事言ってると、後が怖いぞ」

 半笑いで波月が言う。はらはらしているのは妖精達だけなようで、でも矢吹の怖さを知らないブルゥとフォンは頭の上に、はてなが浮かぶ。くだらない事だけど、今笑えているこの時間が愛しい。

 「そういえば、ブルゥ。なぜ我らの居場所が分かった。なぜあの小娘と来たのだ?」

 小娘は汐見の事だろうけど、それを汐見が聞いてたら怒りそうな呼び方だ。

 「それは簡単です。あれだけ魔術・呪術を使えば、どんな状況にあったとしても仲間のものだと分かります」

 偉そうに言うけど、人間の俺らには分からない。だから今度は、俺らの頭の上に、はてなが舞う。

 「俺らの、俺は使えねぇけど、魔術は自然の力を借りて発動するものなんだ。だから、使ったら使った分だけ、その場所に自然の力が集まってくる。すぐに薄まっていくけど、しばらくは魔力に満ちた場所になるな」

 ジャウネの心遣いは嬉しいけど、いまいち分からない。けど、波月は分かったようで……。

 「つまり、そこに魔法を使った跡が残るって事だよな?」

 「まー、簡単に言えばそうじゃねぇの」

 ふあぁぁとあくびをしながら言う。確かに、眠くなってきたなぁ。

 「確かに強力な魔術を使いましたけど、近くにいなければ感じ取れないはずだと思っていましたわ」

 「近くにいましたから、感じ取れて当然ね」

 「ほう、いたのか。……いたのか!?」

 「そ、そんなに驚く事?」

 「ジャウネ、お主……」

 「気付いてたけど、あとでいいかなぁって思ってたら、今になってた」

 「きぃさぁまぁ……」

 まあまあとウネをたしなめて、意外と身近にいた妖精に少し驚いた。

 「まあ、偶然通りかかっただけなんですけど、見に行ってみたら、あのお嬢様しか残っておられなかったので」

 「それで汐見様に連れて来ていただいたのですわね」

 「ついででしたけどね」

 「……」

 無言でうんうんと頷くフォン。否定する事は何一つないようだ。

 「ま、楽に見つかって良かったんじゃねぇの?」

 またあくび混じりに言うジャウネ。眠いなら寝なさい。

 「あとはベート、か」

 頭の上で、あからさまにため息をつくウネ。

 「ベートだけじゃないだろ? ヴィオロシィは?」

 「……そうだな」

 再びため息。俺らのため息が妖精にうつってしまったみたい。

 「まあ、それはまたいずれ。今日は寝ようか」

 「そだね、俺も眠い」

 「俺もー」

 「私とフォンは少し散歩に行きます」

 「迷子になるなよ。どこかの誰かさんみたいにな」

 「それは私の事ですの?」

 「誰もお前とは言っておらぬだろう」

 机と俺の頭の上の間で、火花が散る。仲良くしようよ、仲間でしょ?

 「布団布団っと」

 立ち上がった波月は、慣れた手つきでしまわれた布団を広げて、寝床の準備を始める。まだ3日しかいないのに。

 「あ、ウミはどうしよう……」

 「ウミちゃんは矢吹がどうにかしてくれるだろ。病み上がりは大人しく寝な」

 「……矢吹みたいな事言わないでくれ」

 「ごめんね」

 「私達は、いってきます」

 「気をつけてね」

 窓から出て行ったブルゥ達を見送って、縮こまった背筋を伸ばす。心地よい夜風が前髪を揺らして、まだ足りない記憶の欠片を呼び出そうとしているようだった。

 「さあ、寝よう。電気消すよ?」

 「おっけー」



 暗くなった部屋の中。眠気が去って、眠れなくなった俺の頭の中に、風のように駆け巡る思いがある。

 あの子は誰?

 ―――知っている。知っているはずなんだ。

 途切れた言葉の意味は何?

 ―――俺が望んだ、幸せと永遠。『一人になったら、一緒に妖精界コミュナット・フェリップへ行く』。紫が残した言葉であって、俺が覚えていた言葉ではない。

 「はず、なんだけどなぁ……」

 俺は『俺』が分からない。本当の俺は、どこにいるんだろう。本当の気持ちは、どこに隠されているんだろう。

 あぁもう、最近俺らしくない事続きすぎじゃない? 小難しい事を俺じゃない別の誰かが考えてるみたいじゃない? 俺は、本当に『俺』なのか?

 しかし、俺の頭はそういつでもフル回転できる訳じゃない。疲れた、いろいろと。分からない事は分からない。きっといつか、分かるはず。だからその時まで、ゆっくり眠る事にしよう。

 ……羊の数でも数えながら。

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